「BSE:全頭検査の神話・・・」(毎日)が作る特定危険部位除去の若い牛は安全の「神話」

農業情報研究所(WAPIC)

05.4.22

 毎日新聞が「知らなかったBSE」と題する記事の連載を始めた。今日までの記事は「(上)全頭検査の神話 異常プリオン、高齢牛ほど蓄積」(21日)、「(中)ピッシング 安全部位、汚染の可能性」(22日)の二つである。国民の「啓蒙」を狙った記事と思われ、多くの人が手軽に読める新聞記事だけに影響は大きい。この種の記事を載せる場合には、ミスリードを避けるために細心の注意が必要だが、残念ながら、21日の記事にはミスリードの懸念が残る。

 この記事の核心は、

 「英国では100万頭前後のBSE感染牛が食卓に流れたといわれる。その結果、変異型クロイツフェルトヤコブ病の患者が153人[実際には、4月1日現在で155人である―引用者注]発生した。これに対し、日本の感染牛は現在までに17頭。英国に滞在経験のある男性1人に同ヤコブ病患者が出た。

 ところが不思議なことに、英国の食肉処理場では、全頭検査どころかBSEの検査を全くしていない。多額の検査料を費やして全頭検査をしている日本から見れば、英国人は愚かなのだろうか。

 実は、全頭検査といっても、BSEの原因となる異常プリオンが脳内にごくわずかしか蓄積していない場合や、脊髄、小腸の一部である回腸など脳以外に存在するときは、検出することができない。現在の検査は、脳内の延髄に蓄積した異常プリオンのみを測る方法で行われているからだ。

 このため、西欧では安全性の確保は危険部位の除去で対処し、検査は感染牛の発生状況を知るために実施するという体制ができあがった。英国では、異常プリオンが存在する脳、脊髄、回腸(正確には腸全体―引用者注)、扁桃(へんとう)などの危険部位を除去し、月齢30ヵ月以下の牛だけを食べている。」というところにある(下線は引用者)。

 狙いは、「検出限界」のために「検査」は「安全性の確保」(正確には「安全レベルの向上」または「リスクの軽減」と書くべきところだ)の手段とならないと諭し、検査なしでも危険部位(これも「特定危険部位」とすべきところだろう)を除いた若い(月齢30ヵ月以下の)牛を食べる分には危険はないと印象づけることにある。

 この話しの権威づけのために、「BSE問題の著書」があり、「BSEが猛威を振るった90年代に英国に留学し、英国の事情に詳しい」「医薬品医療機器総合機構(東京都)の池田正行・主任専門員(神経内科専門医)の、「検査済みの36ヵ月の牛の肉」よりも、「検査していない18ヵ月の牛肉を食べます。BSEの原因となる異常プリオンたんぱくの蓄積量は、高齢牛の方が多いからです」(だからといって、「この意味での「高齢牛」とは何ヵ月以上とは特定できないはずだが)という話しを引用する。さらに、「BSE対策の国際基準などに詳しい小澤義博・元国際獣疫事務局科学最高顧問」の、「日本では“検査”が強調され過ぎた。危険部位の除去の徹底の方が重要なのに、検査イコール安全の誤解が生じてしまった」という談話を載せる。

 検査=イコール安全でないことは明らかだ。しかし、西欧でも「検査は感染牛の発生状況を知るため」(つまりサーベイランスのため)だけのものではない。欧州委員会の公式見解は、「と殺に先立つ日常的な牛検査は、BSEの兆候が気づかれないかもしれないと殺に出された牛や未だ兆候を示さない病気を発見する可能性がある」(現に発見されている)から、検査は「追加的健康保護」措置であるというものだ(BSE検査に関する欧州委員会のQ & A(最新版),04.5.21)。EUでは、食用にと殺される30ヵ月以上の牛の全頭検査を義務づけている。検査が「安全性の確保」と無関係であるかのような言い方は、明らかに「ミスリード」につながる。

 「英国の食肉処理場では、全頭検査どころかBSEの検査を全くしていない」というのも不正確だ。基本的には30ヵ月以上の牛の食用と殺が禁じられているのだから、「安全性の確保」のための検査がないのは当然だ。それでも、人間消費用にと殺される42ヵ月齢までの「牛肉保証スキーム(BAS)」牛群からの少数の牛は検査している。BASの下で人間消費用のと殺が認められるのは、過去7年間、乳牛がいなかった肉用牛だけで構成され、BSEのケースかBSEが確認された牛群由来の動物がいなくて、過去7年間哺乳動物肉骨粉を含む飼料が与えられておらず、最低過去4年間、濃厚飼料が与えられていないなどの条件を満たす牛群からの牛である。このような牛でも、食用に供するには検査せねばならない。

 30ヵ月以下の牛については検査はない(自主的検査は英国でもある)が、これも特定危険部位を除去した若い牛ということだけが理由ではない。英国について言えば、特定危険部位の排除、30ヵ月以上の牛の食用利用禁止だけでなく、

 (1)BSEが疑われる牛を診断に送り、これらの牛のすべてを廃棄し・焼却するための1988年以来の義務的通報制度、

 (2)BSEが疑われる牛が人間消費用にと殺されないように保証するためのと殺に出されたすべての成牛(24ヵ月以上)の獣医による検分、

 (3)BSEを拡散させると考えられる哺乳動物蛋白質の含む飼料の禁止、

 (4)骨と骨を含む肉の人間食料からの排除(97年12月以来、BSEの減少により、小売販売禁止は99年末に解かれたが、加工利用はなお禁止)、

 (5)すべての管理の厳格な執行をチェックするための国家獣医局による農場監視と食肉衛生局によると殺場と切り分け工場の監視、

 (6)動物識別・トレースのシステム、

 (7)98年以来の牛肉表示の実施と、02年1月以来のEUで販売に供されるすべての牛肉の義務的原産地表示、

などを併せて「安全性の確保」と「安心の確保」が図られているのである。「危険部位を除去し、月齢30ヵ月以下の牛だけを食べている」からと安心しているのなら、まさに「英国人は愚か」である。しかし、現実はそうではない。

 新聞は分かりやすさを宗とするとはいえ、これらの措置に一切触れることなく、特定危険部位を除去した若い牛は安全という新たな「神話」につながるような書き方は許されてはならないと考える。