アイルランド 農業所得の98%が補助金 輸入増大で牛・羊農家は大赤字

農業情報研究所(WAPIC)

07.7.31

  アイルランド農業食料開発庁が7月30日、2006年ナショナル・ファーム・サーベイを発表した。それによると、アイルランド農民の農産物販売年平均収入はたったの334€(1€=150円で換算して5万円余り)、1日あたり1€にもならず、収入の98%までがEUからの直接支払だ。

 Farm Incomes Increase Dependency on Single Payment and REPS,TEAGASC,7.30

 EUのデカップリング農業改革ー生産と切り離された単一農場支払の導入ーの目的は、農民が補助金目当てに市場が求めもしない作物を大量に栽培するのをやめさせ、市場が求める作物の販売で十分な収入を稼ぐ企業的農業経営の創出を促すことにあった。現実は逆、農民所得における補助金の比重は改革前(2004年)の86%から100%近くにまで上昇してしまった。

 どうしてこんなことになったのか。生産物販売で十分な収入を得られるような市場は、貿易自由化ですっかり消滅しているからだ。歯止めのないグローバリゼーション、貿易自由化の下での”改革”=企業的農業経営の創出などあり得ない。

 実際、最も悲惨な状態にあるのは、価格競争力では逆立ちしても太刀打ちできないブラジルの牛肉やニュージーランドの羊肉の輸入増加の直撃を受けている牛・羊農家だ。牛農家は販売のために牛を育てても、生産コストが販売価格をはるかに上回り、年に4,056€の損失を蒙る。羊農家も同様、4,216€の損失だ。ということは、補助金だけを頼みに、辛うじて農業を継続しているということだ。

 全体としても、平均農業所得は、改革元年の補助金の一時的急増で増えた前年(2005年)のレベルを25.7%、5,779€も下回る16,680€(農外平均賃金の半分以下)に落ち込んだ。直接支払は前年よりも4,755€減った。それでも補助金依存度は上昇、98%にまでなった。

 ただ、これには農家間で大きな差異もある。主として酪・耕種農業・大規模牛飼育部門に属する3万7000余りのフルタイム(専業)農家の平均農業所得は34,486€だが、そのほぼ倍の数・7万5000余りのパートタイム(兼業)農家の平均農業所得はたったの7,899€で、2005年の11,372€からさらに大きく減っている。

 これらの農家は、当然ながら農外からの所得なしではやって行けない。58%の農家が農外所得を持つ。農業で40,000€(600万円)以上を稼ぐ農家は、12%、25,000€(380万円)以上を稼ぐ農家にしても5分の1にとどまる。農業所得はこの10年で、実質17%低下している。

 そんな中で、農外兼業所得とともに農業の維持に貢献しているのは農村環境保護計画(REPS)によるEU直接支払だ。調査対象農家の半分がREPSに参加、2006年にその支払を受けていた。これらの農家はREPS不参加農家平均よりも13%高い17.713€の平均農業所得を得ていた。REPS参加者の4分の3は、最も苦しい牛・羊農家だ。REPS参加酪農専門農家の所得も、同類のREPS不参加農家の所得よりも高かったという。

 フランスの大半の農家は、価格を引き下げ、その代わりに直接支払を導入することは、農家から経済的自立性を奪い、農家を農村空間保全の役割を担う”公務員”にするとものと、古くから反対してきた。アイルランドでは、この完全”公務員”化が完成したようだ。最近のフランス農業省の研究は、2006年のフランス農業者の所得も、77%が補助金に依存していることを明らかにした。

 Introduction des droits à paiement unique en 2006 - Les aides agricoles s’émancipent de la production,Agreste Primeur No. 197 (2007.7)
 http://agreste.agriculture.gouv.fr/IMG/pdf/primeur197.pdf

 もっとも、”公務員”化さえ”バラマキ”と非難される日本よりはまだマシか。 日本では、「歯止めのないグローバリゼーション、貿易自由化」により「生産物販売で十分な収入を得られるような市場はすっかり消滅している」にもかかわらず、補助対象を大規模経営に絞り込むことで「改革=企業的農業経営の創出」が可能だなどいう幻想がまかり通っているからだ。真の改革を望むのならば、まさに「市場が求める作物」に対して適切な販売価格を与えることだ。歯止めのない関税引き下げと自由化、デカップリング、このような世界が突き進んできた道、さらに突き進もうとする道、それ自体が地獄への道なのだ。