米国大統領、農業補助金支払い削減を提案へ 支持基盤の南部農村が敵に?

農業情報研究所

05.2.7

 米国・ブッシュ大統領が今日7日、教育・環境保護・ビジネス振興などのための支出を大きく削り、軍事(イラク関連)・国際関連支出を大きく増加させる06年度予算案を発表する。全米ファームビューロー連盟が100以上の組織とともに農業予算削減への懸念を表明しているが(⇒AFBF, Broad Coalition Unite Against Farm Bill Cuts,2.3)、ニューヨーク・タイムズ紙によると、関係官僚が5日、ブッシュ大統領は、新予算と大きな政策変更で農場及び商品プログラム予算の大幅削減を求め、農業者に支払われる補助金の上限を提案すると語ったという(⇒Bush Is Said to Seek Sharp Cuts in Subsidy Payments to Farmers,The New York Times,2.6)。ただし、これは、アラバマ、アーカンソー、ジョージア、ルイジアナ、ミシシッピのワタ作・稲作農民を含む南部農村地帯の最も熱心な大統領支持者を敵に回すことになりかねない。簡単には実現しないだろう。

 現行の02年農業法の審議に際し、上院は一農業者が受け取ることのできる補助金を27万5000ドルまでとする案を採択しながら、下院との交渉で、36万ドルを上限とするところまで譲歩せざるえなかった経緯がある。その上、この上限を回避する様々な方略があり、その数倍を受け取る農場もある。議会会計検査院(GAO)は昨年、農業にまともに従事していない者が多額の補助金を受け取り、数人の連携で一人当たり上限の数倍の補助金を得ている例もあることを明らかにした(⇒米国:大規模農業事業者が作物補助金獲得に狂奔、違法行為も―GAO報告,04.6.19)。それは、政府支払いが農場と販売の規模をとめどもなく拡大させ、支払いが一握りの大規模農場に集中するという農務省(USDA)も認めざるを得ない現実を生み出してきた。

 新たな提案は、現在は100万ドルを超えるケースもある補助金受け取り総額に25万ドルの上限を設けるという。USDAは、この提案により、来年度の農業者への連邦支払いは5億8700万ドル、来るべき10年では57億ドル節約できると言う。これは、長年にわたり「リーズナブルな支払い上限」を主張してきたアイオワ選出のグラスリー上院議員(共和党)の意に添う政策転換を意味する。自らを上院おける「家族農民」と言うグラスリー議員は、「国の農民の10%が支払いの60%をせしめるときには、連邦農場プログラムへの国民の信頼が蝕まれる。無制限な農場支払いは地価の上昇圧力となり、過剰生産と商品価格低下をもたらし、多くの家族農民を農場から追い立ててきた」と言う。環境団体もこの提案は大歓迎だ。

 だが、上院歳出委員会のミシシッピ選出コーチャン新委員長と100を超える農業団体が政府提案に闘いを挑もうとしている。コーチャン委員長は今週、綿花団体の会合で、支払いは農村コミュニティーにとって経済的に重要、「支払い上限の変更のリスクは便益をはるかにしのぐ」と語ったという。また、ファームビューロー連盟と100以上の組織の連合は、ジョハンズ新農務長官に、「主要商品価格は昨年来急低下しているから、農場プログラム削減は、これら支援がアメリカ農村で最も必要なときにやってくる」と反対の書簡を送った。

 これが実現すると国際貿易交渉にも大きく影響が及ぶ。だが、シドニー・モーニング・ポスト紙によると、ヨーロッパの政治家も冷静に受け止めている。英国からのネイル・パリッシュ欧州議会議員は、方向は結構だが、影響力絶大の米国農業団体が共和党に圧力をかけるから、計画は後退するだろう、それに、農場を分割することで上限をかいくぐる道もあると語っている。オーストラリアにも大した利益はなかろうというわけだ(EU politician warns on farm subsidies,smh.com,2.7)。これが本当のところかもしれない。南部農村部の支持を失えば、最も重視されるイラク戦争関連予算は確保しても、それを支える兵士の給源が断たれることになりかねない。最も、兵士を志願する以外の食べる道を絶つという恐ろしい目論見もあり得ないわけではないが。

なお、この記事にかかわる米国の農業補助金・直接支払い国内助成には次のようなものがある。

 @直接支払(DP

 02年農業法で02年までの「生産柔軟性契約(PFC)支払」に置き換えたもの。PFCは、小麦、コーン、大麦、陸地綿、オート麦、米、ソルガムの7品目について、農場の保全と湿地保護の要件の遵守を確保しつつ、農業の安定と柔軟性を支援する目的で、過去の実績(面積と収量)を基準に生産者を助成するものであった。DPは対象品目を大豆とその他の採油用種子を加えた9品目に拡大するとともに、02年から07年の作物年度の基準単価を定めた。ただし、面積基準の更新(98-01年に実際に作付された面積)を認めた。

 米国は過去の収量と面積を基準に支払われ、支払額は現在の生産や価格により影響されないから、生産から「デカップル」されており、「グリーン・ボックス」措置だと主張している。しかし、米国の綿花補助金に関する紛争処理パネルは、PFCDFは、支払額が基準期間以後に生産者が採用した生産タイプに関連している、基準期間が更新できる、貿易・生産歪曲効果が最小限とは言えないなどとして、「グリーン・ボックス」助成には当たらないというブラジルの主張を認めた。これがWTO農業協定で削減対象となる助成総額(AMS)に含まれるとすれば、約束のAMS上限(年間191億ドル)を軽く突破していることになる。支払額は次のとおり(WTO)。

 99及び00年(PFC):50億ドル、01年(PFC):40億ドル、02年(PFCDP):38億ドル、03年(DP):52億ドル。

 Aローン・プログラム

 以前からあるもので、02年農業法も継続を決めた。指定作物(米、コーン、ソルガム、大麦、オート麦、超長繊維及び陸地綿、大豆、その他採油用種子、小麦、02年農業法でピーナツ、ウール、モヘア、蜂蜜、ドライ・ピー、レンティル、ヒヨコマメにも拡大)の生産者の生産単位量当たりの固定下限所得を提供するプログラムで、支払の様々なメカニズムがあるが、基本的には、市場価格が“ローン・レート”(政府決定価格)を下回るときに生産物を 市場から引き上げて(商品金融公社への引渡)価格を維持する、あるいはこの差額分を補助金として提供することで、価格下落により生産者が撤退すること防ぐ働きを持つ。

 大部分のローン・レートは、0207年を通し、01年より高く設定された(米は据え置き、大豆は切り下げ)。米国は、これらのプログラムの下での支払を「イエロー・ボックス」と通報している。輸出を条件とするものではないが、補助された生産物が世界市場で販売されるときには、国際貿易に影響を与えることは否定できない。

 Bカウンター・サイクル支払(CCP

 02年農業法が、所得支持のために新たに導入した。実勢価格が目標価格を下回る場合にはいつでも、価格と無関係な利益を提供する。支払額は、価格・(固定した)過去の面積・収量に応じて変わる。対象となる作物ごとの目標価格は02年農業法で定められた。ローン・レートか、シーズン平均価格+直接支払レートのどちらか高いほうが目標価格を下回る場合、差額に等しいレートで支払われる。対象作物は、小麦、コーン、ソルガム、大麦、オート麦、陸地綿、米、大豆、その他の採油用種子、ピーナツである。米国は、支払は、現在の生産から切り離され、支払を受けるために生産を要求されないから作物特定的でなく、生産と貿易に影響を与える可能性は小さい(「イエロー・ボックス」ではない)と主張している。

 しかし、これを認める国は少ない。例えばEUは、基準年に栽培された作物に応じて支払われるものだから、支払額は措置の対象となる各作物の価格の変動を反映し、明らかに作物特定的であると言う。支払は、生産者が当該年に何を作付けしようと、基準年に作付けた作物を基準に支払われる。しかし、農業者は、どんなに価格が下がっても、基準年に作付けたのと同じ作物を作り続けるだろう。そして、ますます価格を引き下げる。デカップリングがグリーン・ボックスの基準であるとすれば、価格に関係した支払をグリーン・ボックスに入れられるなどと言うのは、真面目に議論する気にもなれないと批判している。先の綿花補助金に関するWTO紛争処理委員会も、CCPを含む価格関連国内助成措置は、ブラジルの利益にかかわる世界市場価格の重大な抑圧要因となっていると結論している。

 以上のほか、環境保全プログラム(CRP and other)、酪農製品とピーナツに関する特別の価格支持プログラム(Daily,Peanut buyout)、緊急援助(emergency assistance)を含む直接支払額の推移と予測は次の通り。