欧州委員会 気候変動抑制のための市民啓発運動を立ち上げ

農業情報研究所(WAPIC)

06.5.30

 EUの欧州委員会が29日、個人の日常の行動の僅かな変更で温室効果ガスの排出量を大きく減らそうとする”あなたが気候変動を抑制する”(You control climate change)と題する啓発運動の立ち上げを発表した。

   Commission launches awareness raising campaign: You control climate change,5.29
   Climate change campaign "You control climate change",5.29   

 この運動の主な目的は、@市民の気候変動に関する知識と理解を深め、A個人の日常的行動の僅かな変更が集まれば大きな変化が可能であり、個人が気候変動との闘いに貢献できることを実証し、B市民が日常的行動のこれらの僅かな変更を実行する動機を与えることだという。

 運動の主要なメッセージは、例えばエアコンや照明のスウィッチを入れるかかどうかのようなごく簡単な日常的選択が気候変動に直接的影響を及ぼすということだ。このメッセージは”あなたが気候変動を抑制する”というスローガンに翻案される。このメインスローガンを掲げるポスターには“暖房温度を下げよう、スウィッチを切ろう、リサイクルをしよう、歩こう.” の言葉が添えられ、二酸化炭素排出を簡単に減らすことができる多くのことがあると知らせる。このメッセージは人々に自覚と責任感覚を与えると期待されるという。

 運動立ち上げにあたり、EUの大都市の公共建物にはこのような巨大なメッセージが書かれた垂れ幕が吊り下げられ、彫像にも同様なメッセージが書かれたTシャツが着せられる。ブリュッセルでは小便小僧、ウィーンではヨハン・シュトラウスの銅像にこのようなTシャツを着せるといった具合だ。

 運動は、注意を引くために、テレビ、野外、新聞の広告やe-mailのような広範な電子的手段も使う。5月29日には、包括的情報を提供するウエブサイト(www.climatechange.eu.com)も立ち上がる。これは、気候変動とその影響を説明するとともに、暖房温度の1℃の引き下げ(暖房に使われるエネルギーの最大10%の節約)から、テレビ・ステレオ・コンピュータのスタンドバイ解除(10%のエネルギー節約)、両面印刷(紙の50%節約)にまで至る50の排出削減方法を教える。それぞれの行動で削減される二酸化炭素排出量が炭素計算機で計算され、ビジターは自分のコンピュータのための電力節約スクリーンセーバーもダウンロードできる。

 中学の生徒に向けた運動もある。毎年の始業時に配布される110万の”ヨーロッパ日記”のコピーには、今年9月から気候変動の章が組み込まれる。これは、生徒が二酸化炭素排出削減を誓約することを奨励、彼らに自分の努力を追跡する様式を提供する。これはウエブサイトでも利用できる。

 多くの場合、国々の政府が様々な活動を通して運動を支援する。運動は、立ち上げのイベントでパフォーマンスを行い、Tシャツを着るポップスター、バンドのような有名人によってもバックアップされる。

 この運動には470万€(約6億5000万円)の予算がつけられた。ウエブサイトは恒久的に利用可能だが、運動は6月、9月、11月に集中的に展開される。

 このような運動を立ち上げた背景には、家庭が直接排出する温室効果ガスは、EUの温室効果ガス排出量の16%になり、EU市民は二酸化炭素を主体とする温室効果ガス毎年、1人当たり11トン排出しているという現実がある。

 EUの温室効果ガス排出の大部分はエネルギーの生産と利用から生じ(61%)、輸送から生じる排出も21%になる。家庭はEUで消費されるエネルギーの26%を消費しており、その70%が家庭暖房、14%が湯沸し、12%が照明と電気器具のために消費される。従って、これらに関して省エネの大きな余地がある。また、マイカーからの温室効果ガス排出量はEUにおける温室効果ガス排出量の10%(輸送による温室効果ガス排出量の半分)ほどを占める。従って、車の利用を減らすことによる温室効果ガス排出削減の効果も期待される。

 このような直接的効果だけではない。欧州委員会は、個人は廃棄物の削減やリサイクルあるいはコンポストへの協力により、工業など他の部門からの排出削減にも寄与できると言う。例えば、アルミのリサイクルに必要なエネルギーは、新たに生産するのに必要なエネルギーの10分の1になるという。従って、それですべての問題が片付くわけではないが、市民は低炭素社会の実現に必要な構造的変化を推進することができるのだと言う。

 ただ、問題は、運動が実際に市民の行動の変化をもたらすかどうかだ。欧州委員会によれば、この運動のメッセージとデザインはすべての加盟国で検証されてきたが、ポーランド、イタリア、アイルランドの3ヵ国でさらに大掛かりな実験が行われた。これら3ヵ国を選んだのは、EUの異なる地域を代表しているとともに、最近に至るまで気候変動に関する国のキャンペーンがほとんど行われてこなかったからだと言う。

 実験は一つの国につき500のオンライン・インタビューを通して行われた。このインタビューで、メーっセージが明晰かどうか、人々が問題に関する一層の情報を受け取ることを望んでいるかどうか、彼らを気候変動に対する行動に駆り立てるかどうかを調査した。

 研究は、運動が意見に影響を与える可能性があることを示した。これらの国の人々の3人に2人が、気候変動防止のためにできることについてもっと知りたくなったと述べているという。

 このような運動は重要だし、一定の有効性をもつことも期待できるかもしれない。しかし、EUにおける温室効果ガスは、28%が発電部門、20%が工業部門、10%が農業部門から生じる。マイカーから排出が半分を占める輸送部門を考慮しても、産業部門の排出が70%近くを占める。産業部門における排出削減が進まなければ、気候変動と闘う力は大きく削がれる。産業部門における排出削減の努力はどうなっているのだろうか。

 欧州委員会は今月15日、2005年1月に始まった排出権取引制度でカバーされる9400余りの発電・工業施設の2005年の二酸化炭素排出実績に関するデータを発表した。これは各施設に割り当てられた排出量上限と実績排出量を比較したものだ。排出量上限を上回ったのは英国を始めとする6ヵ国のみで、ドイツ、フランスなどは大きく下回った。

 European Commission:EU emissions trading scheme delivers first verified emissions data for installations,06.5.15

 しかし、これはそもそも許容された上限が多すぎたためにすぎない。例えば最大の排出国ドイツは上限を2130万トン下回ったが、京都議定書で義務付けられた削減目標量は3270万トンだ。EU全体では4410万トン下回ったが、京都議定書では2億4030万トンの削減を義務付けられている(厳しい上限を設定した英国では、上限を3300万トンも越えてしまった)。企業の圧力に屈した多くの政府の余りに甘い上限設定のために、企業は排出権購入の必要性もなくなってしまった。京都議定書の目標を達成するために導入された取引制度そのものが機能不全の危機に曝されている。

 排出権取引市場は、京都議定書の目標に沿った上限が設定されるときにのみ機能し、排出削減に向けた誘因を作りだす。第二期(2008-11年)の排出上限設定交渉が始まっているが、ここでも甘い上限が設定されれば、京都議定書の目標を達成することはほとんど絶望になってしまう。取引制度に対する信頼の喪失は、京都議定書が起源切れとなる2012年以降の新たな目標を設定する交渉におけるEUへの信頼も失わせるだろう。

 一層の企業異努力が促されなければ、市民の努力も無駄になる。