イネ・バイオ燃料の産業化東大プロジェクト 耕作放棄地の食料生産利用に思い及ばず 

農業情報研究所(WAPIC)

07.6.5

  イネを原料とする国産バイオ燃料利用の産業化を目指す「イネイネ・日本」プロジェクト(代表=森田茂紀東大大学院教授)が5月30日に発足、東大農学部で記念シンポジウムを開いた。

 日本農業新聞(5月31日)の報道によると、

 森田代表は「日本が持続的社会を構築するには稲の米粒、もみ、わらをエタノール化する“日本モデル”を作るべきだ」と述べた。

 また、東大生産技術研究所の迫田章義教授は、「これまで稲を燃料にすることは、食料生産と競合するとタブー視されていた。しかし、今は耕作放棄地が増えている。その農地でエタノールを作っても競合しないと考えてよい」と講演、

 豊田中央研究所の高橋治雄氏は、「分解酵素や微生物の開発が進められ、高い能力のものが完成すれば、コストは最大で現状の4分の1まで抑えられる」との見通しを示したという。

 稲を燃料とすることは「タブー視されていた」というのは明らかに言いすぎだ。躊躇う気分はあったかもしれないが、誰が「禁忌」(「ふれたり口に出したりしてはならないとされているもの」−岩波国語辞典)視していたのだろうか(農相の自殺を受けて首相が「慙愧に耐えない」などと意味不明の言葉を発したと同様な、言葉の本来の意味をわきまえない軽はずみな発言にすぎないのだろうか。それとも、このプロジェクトは「禁忌」を打ち破るほどの革新的意欲に燃えたものであると誇示したかったのだろうか)。

 しかし、この点を除くと、このプロジェクトの母体は「東大大学院の研究グループ」と言われるだけあって、さすがに最近とみに高まるバイオ燃料への疑念に配慮してソツがないように見える。とはいえ、彼らは(あるいは彼らだからこそ)、 大学入試問題への対応同様、問題に対する手っ取り早い技術的解答には長けていても、問題の根源に迫ることは苦手のようだ。

 このプロジェクトを正当化、合理化する根拠の核心は、「耕作放棄地が増えている」、従って、「その農地でエタノールを作っても[食料生産と]競合しない」ということにある。耕作放棄地が増えることを追認、それを前提にエタノール生産を合理化しただけだ。本来は食料を生産していた耕作地が放棄されていくこと、それがわが国の食料自給率を著しく低下させてきたこと、これに対する問題意識はまったくないようだ。

 耕作放棄地は、何よりも、現在の40%に張り付いたわが国の食料自給率改善のためにこそ、耕作に戻し、活用すべきものである。今後の気候変動がもたらす世界の農業・食料生産への悪影響を考えれば、この食料自給率は将来の食料安全保障を間違いなく危うくしている。

 イネからのエタノール生産は、恐らく国の助成なしには軌道に乗らないだろう。このような助成は、まず耕作放棄地での食料作物生産にこそ向けられるべきではないのか。世界的バイオ燃料ブームは、既に食料価格の世界的高騰を招いている。今は、貿易自由化と食の洋風化で後退する一方であった日本の農業生産と食料安全保障を立て直す機会であり、また立て直すことを最優先すべきときではなかろうか。

 イネからのバイオエタノール生産を「禁忌」とすべきと言うつもりはない。しかし、第一に認識すべきは、日本の農地には、日本の食料と燃料の両方の需要を満たすほどの余裕はないということだ。

 これは、恐らく世界的に見ても同様だろう。オーストラリアの独立シンクタンクであるオーストラリア農業研究所(Australian Farm Institute)は、その”Farm Policy Journal ”誌最新号(2007年5月号)で世界のバイオ燃料に関する経験を精査、農業生産には世界の食料と燃料の両方を賄う余裕はないと分析している。広大な国土を持つオーストラリアについてさえ、北部の熱帯地域に農業を拡張するのでないかぎり、バイオ燃料産業振興は経済的にも、環境的にもほとんど意味をなさない、それが温室効果ガス排出を減らすどうか疑問であるだけでなく、産出されるすべての小麦と砂糖をエタノールの生産に使ったとしても、現在利用されている輸送用燃料の20%を供給できるにすぎないと言う。

 なお、イネイネ・日本プロジェクトについては、「イネイネ・日本」プロジェクト森田茂紀代表に聞く 日本農業新聞 07年6月5日 2面、も参照のこと。