中国、鳥インフルエンザ抑制のために抗ウィルス剤を大量利用、人間治療用薬剤が無効に

 農業情報研究所

05.6.21

 18日付のワシントン・ポスト紙が、中国農民は、政府官僚の承認と奨励の下、人間の治療に使われる抗ウィルス薬で鶏の鳥インフルエンザ勃発を抑制しようとしてきたことを暴露、国際的研究者は、これが鳥インフルエンザの世界的蔓延に際してこの薬剤では人々を護れない理由だと結論したと報じている(Bird Flu Drug Rendered Useless,The Washington Post,6.18)。

 アマンタジンと呼ばれるこの抗ウィルス薬は、アジアを震撼させているH5N1ウイルスに効くとされているが、ウィルスがこの薬剤への耐性を容易に獲得することも立証されており、その利用には慎重であるべきことが要請されている。ところが、アジアにおいては、2003年までにH5N1ウィルスがアマンタジン耐性を獲得しており、6月2日付のnewscinetist.comの記事は、米国の専門家が「中国人はアマンタジンを鶏の飼料に加えており、もうこの薬は治療に使えない」と述べていることを報じている(http://www.newscientist.com/channel/health/mg18625023.100)。しかし、中国におけるこの薬剤の使用の実態は、なお十分には分かっていない。

 ワシントン・ポスト紙の報道は、中国の製薬企業・Northeast General Pharmaceutical Factory”の獣医薬部門部長のZhang Libin氏とのインタビュー等を通じて、その実態を確認したものだ。同氏によると、この薬剤は、鳥インフルエンザに罹った鶏の治療や健康な鶏の病気予防のために、1990年代後半から国全体で広く使われている。同氏は、「中国中の多くの製薬工場がアマンタジンを製造ししており、農民は獣医薬品店で簡単に購入できる」、価格も禁止的なヨーロッパや米国に比べてはるかに安く、1ポンド当たり10ドルで購入できると言う。

 同紙の記事は、別のソースからもこれを裏づける。 匿名を希望する獣医は、中国人は鶏の飲み水に薬剤を入れることで鳥インフルエンザ勃発に対応したと述べたという。また、中国で普及している「動物・鶏用薬剤パンフレット」と題するハンドブックには、農民と家畜担当官に鶏を治療するためのアマンタジンの特別の処方を提供しており、人民解放軍農業・畜産大学の教授が書き・軍所有の出版社が出したマニュアルは、鶏の体重1kg当たり0.025gのアマンタジンを処方しているという。さらに、獣医専門家の話として、農民は鳥インフルエンザ予防のためにも薬剤を使用、月に1回、あるいはそれ以上の回数、鶏に与えている、抗ウィルス剤は、しばしば中国のハーブ、ビタミン剤、その他の薬品にも混ぜられているといったことも伝えている。

  そうであれば、ウィルスが何故アマンタジン耐性を獲得したのか、容易に説明がつく。記事は、ミネソタ大学の感染症研究・政策センターの所長・Michael T. Osterholmが、「これがこれほど高いレベルの耐性が見られる理由だ」、「これは、人間の健康に重大な影響を与える、畜産のために使用された抗ウィルス剤の最初の例だ」と語ったと伝える。中国におけるこのような薬剤濫用が世界中の人々の健康を重大な危機に陥れるということだ。中国のこのやり方には、倫理面での憤りを覚えるどころか、開いた口が塞がらない。

 国連食糧農業機関(FAO)は、長い間、感染した鳥のと殺処分や養鶏施設の安全措置の強化で鳥インフルエンザの根絶に努めるように勧告してきた昨年は、アジアにおける鳥インフルエンザの制御不能な蔓延を抑えるために、病気が発現しないままにウィルスが長期にわたり潜伏、人から人に感染する能力を獲得することを恐れて利用に慎重であった鶏へのワクチン接種を許容する姿勢も示した。しかし、それは病気の潜伏を見逃さない厳重な監視・管理体制の下で行われねばならない。ところが、中国は、鳥インフルエンザ勃発を抑えるために早くからワクチン接種戦略に訴え、厳重な管理など考えられないほどに大量のワクチン接種を行ってきた。そのために潜伏、変異を続けた中国国内のウィルスがアジアの最近の鳥インフルエンザの蔓延を引き起こしたと疑われている。最近の野鳥の鳥インフルエンザ勃発に際しても、大量のワクチン接種戦略を展開している(中国、インドガンがH5N1ウィルスで大量死 全国でワクチン接種を含む拡散防止措置,05.5.23)。

 その上に、このような抗ウィルス薬を大量に使ってきたとすれば、言語道断というほかない。ウィルスに耐性を生むことが証明されているアマンタジンのような抗ウィルス剤の鶏への利用は、FAOも決して認めていない。本日付のワシントン・ポスト紙によると(U.N. Presses China on Bird Flu Drug,The Washington Post,6.21)、世界保健機関(WHO)の北京主席代表のHenk Bekedam氏が昨日、国際ガイドラインを侵犯する人間用のインフルエンザ薬の鶏の治療への利用について、中国政府に懸念を表明、WHOの専門家が近日中に中国当局者と一層の論議を計画したことを明らかにしたという。また、FAOの北京代表も、詳細な説明を求めて中国農業部に接触した。ローマのFAO本部の動物保健局上官のJuan Lubroth氏は、中国当局がアマンタジンを獣医の治療目的で許可したのかどうか、適切な診断の後に使用されたのかどうかを知りたがっており、中国農民が薬剤耐性につながる不適切な処方を行ってきたかどうかを特に心配していると言う。

 しかし、中国政府は今日、アマンタジンの誤用を防ぐために全国規模の監視チーム派遣を計画しており、ワシントン・ポスト紙の報道するように政府が農民にその利用を奨励していることを否定したという。今日付のチャイナ・デーリー紙によると、農業部獣医局は、鳥インフルエンザ治療のためにアマンタジンを使うことを許したことはなと言い、誤用がどこで起きたは明らかにしなかった。だが、すぐにこれを抑制する措置を講じるという。同時に、ワシントン・ポストの報道はこのこの根拠がないと語ったそうだが、そういう根拠については何の言及もない。政府は、一部農民による抗ウィルス剤利用の代わりに、より安価で有効なワクチンを供給するという('Misuse of antiviral on poultry must stop',china daily,6.21;http://www.chinadaily.com.cn/english/doc/2005-06/21/content_453023.htm)。ワシントン・ポスト紙の報道は否定しているが、誤用・濫用の事実自体は認めたと受け取らざるをえない。

 だとすれば、FAOやWHOの実情解明が進み、中国のやり方が改められたとしても、既に手遅れに見える。既に耐性ウィルスが広範に広がり、取り返しがつかななくなっていると考えられる。病気蔓延を遅らせるとして唯一希望を託されいる抗ウィルス剤・タミフルもあるが、これに対して耐性をもつH5N1ウィルスもベトナムの一患者に見つかっている。H5N1ウィルスが人から人に感染する能力を獲得、新たな鳥インフルエンザが世界中の人々の間に蔓延する日も近いと言われる今、このウィルスに対して有効なワクチンの開発と大量生産を実現するのが喫緊の課題だが、これも絶望的に困難な状況にある。