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EU食品品質政策の危機、米国が地理的表示をWTO提訴

農業情報研究所(WAPIC)

03.5.17

 EU農業政策の重点は、次第に食糧の「量的」確保から食品と農村地域の「質」の確保に移ってきた。今や、それは農業政策の核心にさえなりつつある。しかし、それは、次第に国際的攻撃の的にもなってきた。WTO農業交渉がこのような農業政策の貫徹の障害となる恐れがあるだけではない。米国が遂に踏み切ったEUの遺伝子組み換え食品・作物(GMO)規制に対するWTOでの挑戦は、「質」を重視するEUの食料農業政策への直接的攻撃である。しかし、このような直接攻撃をもっと直裁に表現するのは、米国がEUの「地理的表示」をWTOに提訴したことである。

 米国は、EUがアイダホ・ポテトやフロリダ・オレンジのような米国産品に対してEU地理的表示産品と同等な保護(内国民待遇)を与えず、ウルグアイ・ラウンドで合意された知的所有権の貿易関連側面(TRIPs)協定に含まれる「商標」の適切な保護を与えていないとして、1999年以来、二国間協議を行なってきた。しかし、EUに改善の意志はないとして、4月4日、WTOの紛争処理に訴えたのである(USTR:U.S. Announces Further Consultations in WTO Dispute with EU over Geographic Indications,02.4.4)。EUは、逆に、評判の高いEUの地理的表示産品と誤認されかねない表示が世界中に広まっていることから、現在のWTO貿易交渉ラウンドで、ウルグアイ・ラウンドで合意されたワイン・スピリッツ並みの保護をチーズ等の他の産品にも拡張するように提案している。米国の提訴は、これに対する反撃であり、先制攻撃でもある。

 米国は「地理的表示」を「商標」とみなし、これを「保護主義的」に運用するEUは国際ルールに違反していると言う。しかし、EUにして見れば、これは単なる「商標」ではない。これに関する国際ルールは存在せず、他の国が堂々とEU表示に便乗してEU産品に損害を与えているのだから、EUが米国産品にEU産品並みの保護を与える義務はないということになる。

 実際、EUの地理的表示は、米国やカナダが主張するように、「マクドナルド」や「ペプシ」などの商標などと同様なものと考えることはできないであろう。EUの品質表示は、

1.特定の地域で承認されたノウハウを使用して生産・加工・調整された産品(保護原産地呼称産品:PDO)、

2.生産・加工・調整の少なくとも一つの段階で地理的関連が認められねばならず、世評の高さが認められる産品(保護地理的表示産品:PGI)、

3.地理的拘束はないが、組成または生産方法で伝統的性格が際立つ産品(特別伝統保証産品:TSG)

に許されるものである。地理的表示に関係するのは前の二つであるが、下の表に示すように、現在、チーズ、ハム・ソーセージを始め、650品目がこうした産品として承認されている。

EUにおけるPDO/PGI産品数(欧州委員会:Protected Designation of Origin (PDO) / Protected Geographical Indication (PGI)による)

  チーズ 肉製品(ハム・ソーセージ等) 生鮮肉(内臓含む) 魚介及びその派生品 卵・初蜜・バター除く乳製品 油・脂肪/オリーブ油 生食オリーブ 果実・野菜・穀物 パン・ペーストリー・ケーキ・ビスケット等 ビール その他飲料 非食料品等

ベルギー

2

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 

4

デンマーク

2

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

3

ドイツ

4

3

2

 

1

 

2

4

12

31

 

63

ギリシャ

20

 

 

1

1

23

10

21

1

 

 

4

87

スペイン

16

9

7

 

1

9

 

21

3

 

 

1

68

フランス

41

4

48

1

4

6

3

18

1

 

4

2

132

アイルランド

1

1

 

1

 

 

 

 

 

 

 

 

3

イタリア

30

26

2

 

 

25

2

33

2

 

 

3

123

ルクセンブルグ

 

1

1

 

1

1

 

 

 

 

 

 

4

オランダ

4

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

5

オーストリア

6

2

 

 

 

1

 

3

 

 

 

 

12

ポルトガル

13

14

25

 

9

5

1

19

 

 

 

 

86

フィンランド

 

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

1

スウェーデン

 

 

 

 

 

 

 

1

 

 

 

2

イギリス

11

 

6

1

1

 

 

1

 

3

3

 

26

150

63

92

6

17

78

16

121

 

15

38

9

620

 これら産品は、地域の独特の風土と結びつき、それを生かすための伝統的技法に支えられて名品の名を確立してきたものである(例えば、フランスの著名な羊乳チーズ・ロックフォールは、アベロン県・ミヨー近くにそびえる石灰岩山地の洞窟の中に自生するカビ・ロックフォールを生かしたものである)。その多くは、地中海沿岸地域や山岳地域など、農業条件に恵まれない地域の農村住民に重要な生活の糧を提供している。これが「マクドナルド」や「ペプシ」の商標とは異質のものであることは明白であろう。その認証は、農業生産の多様化を奨励し、製品の特別の性質に関する消費者情報を与えるものとして、EU食料農業政策の「品質政策」の重要な一貫をなしている。

 消費者は、食品の質への関心をかつてなく高め、ますます原産地や生産方法(鶏の放し飼いや有機的生産等)などで示される特別の品質をもつ産品を求めるようになっている。しかし、そのために生産者は高い費用を払ったり、収量の低下を甘受せねばならない。市場は必ずしもこれを適切に補償しない。これに対する公的補償がなければ、生産者の競争力は深刻な影響を受けることになる。地理的表示は、一定の品質ルールを遵守する生産者にのみこの補償を与えるための重要な仕組みの一つである。

 現在論議が進行中の共通農業政策(CAP)改革案は、このような品質政策を一層強化しようとしている。それが農村開発政策に導入する新たな手段は、農民が新たな・厳格な基準を導入するのを助け、動物福祉を促進し、品質認証を受けるためのコストを補償し、品質表示産品を販売する生産者の販売促進活動を援助しようとしている。それは、世界市場における安売り競争が激化し、貿易自由化・グローバリゼーションが驀進する現在、価格競争では到底生き残れない多くのヨーロッパ農村地域が生き残るための最後の手段でもある。

 しかし、貿易自由化の潮流は、このような「品質競争」への潮流をも飲み込もうとしている。 

 関連情報
 フランス:渇望される原産地呼称(03.4)

 (追記:5月19日)南西部のフォワ・グラ、バヨンヌのハム、ポーリヤックの子羊、ぺリゴールのクルミ、エスペレットのトウガラシ・・・・・・、グローバリゼーションの影響で不安定化したフランス南西部のこれら産品の生産者が、5月26日から28日まで、フランス統制原産地呼称機関(INAO)の後援の下、伝統的なボルドー農業サロンに際して、パルマハムなど、ヨーロッパの様々な原産地呼称産品の生産者や関係者の初めての国際集会を開くという(http://www.aquitainagri.org/exporigine/)。

 報道(Les agriculteurs du Sud-Ouest font la promotion de leurs AOC )によれば、主催者の一つである地域協同組合カーブ連盟の会長は、「地理的表示は、私的な利益のために役立つ商標とは反対に、その高い評価が多数の人々に利益をもたらす共同財産である。生産者が多国籍企業と同等の権利をもって組織されることが何故許されないのか」と言っている。9月、メキシコのカンクンで開かれるWTO閣僚会合で、原産地表示の擁護者と、これを隠れた形態の保護主義とみる米国・カナダ・チリ・オーストラリアなどの批判者が対峙するが、INAO所長は、「保護は保護主義ではない。地方独自の産品の呼称は消費者が20%から30%も高く支払う楽しみ・グルメ・幸福の価値を担っており、模造や偽造があってはならない」と語ったという。

 地域協同組合カーブ連盟会長によれば、原産地呼称は経済的利益をもたらすだけでなく、フランス農村の活性を維持し、過疎化を防ぐべきものでもある。南西部の「バザス牛」(注1)の飼養者は、赤ラベル(ラベル・ルージュ)とEUのIGP(GPI)ロゴのお陰で、狂牛病(BSE)危機の影響も免れたという。ジロンド、ランド、ロット・エ・ガロンヌ、ジェールの4県の300の養牛農家を結集する組織は、平均30頭の牛群をもつ我々生産者の生活は、販路や価格の季節変動の影響を免れているために、ラベルをもたない人に比べてずっと良いと言う。非常に地方的なニッチな市場が自主的に制限された生産のすべての吸収を可能にしている。2002年、専ら地域内の肉屋やレストランで500頭が捌かれた。アキテーヌ州では、3万3千の農業経営が「赤ラベル」、統制原産地呼称(AOC、EUレベルではPDO)、GPIの下で生産している(注2)。

 (注1)アキテーヌ・リムーザン・バザス地方の褐色種で、1997年に赤ラベルとGPIの呼称を与えられ、国家機関の品質統制に服する。その枝肉はジロンドとランド、ロット・エ・ガロンヌ、ジェールの一部地域で生まれ・育てられ・肥育された牛からのものに限られる。最低限、放牧は9ヵ月は、肥育は4ヵ月で、経営内で生産された穀物と承認された補助製品による。その牛肉の価格は、スーパー等の大規模流通のものの倍になる。

 (注2)2000年農業センサスによれば、アキテーヌの農業経営総数は56,221、そのうち有機農業経営(転換中含む)が714、地理的表示も含む品質表示認証経営が22,429となっている。全経営の4割以上が、特別の生産方法(有機)か品質を認証された経営ということになる。フランス本土全体の農業経営数は663,807、うち有機農業経営が8,754、品質表示認証経営が182,468で、これら経営の比率は約29%であった。アキテーヌがボルドー・ワインの産地であることからすれば、この比率の群を抜く高さも当然であるが、原産地呼称ワインのためのブドウ経営は12,000ほどであるから、他の分野でのこのような経営も少なくない。その他、この比率が高いのは、ラングドック・ルション(56%)、シャンパーニュ=アルデンヌ(49%)、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール(43%)、フランシュ・コンテ(40%)、アルザス(38%)、リムーザン(33%)、ローヌ・アルプ(31%)、ブルゴーニュ(30%)であり、ブドウ酒産地か地中海沿岸地域、山がちの地域である。こうした表示が、乾燥地域・山岳地域など、いわゆる条件不利地域の農業経営の大きな支えとなっていることがわかる。