
![]()
| 翌日、聖都はしばらくぶりの喧噪に包まれていた。聖堂騎士団の敷地内で、大規模な炎上事故が発生したのだ。 施設のほとんどは消失し、負傷者の数は現在も未確認。その上、高名な騎士でもあった聖堂騎士団長までも、犯人の手にかかっていた。騎士団は事実上壊滅し、有史以来最大の被害とまで言われている。 教会はこの事件に対し、「主のご加護のもとにありながら、このような暴挙は許し難い」と発表、厳しい対処をもって望むことを明らかにした。 その事件の話題は、数日の間巷をにぎわせたが、誰一人として事の真相を言い当てる者は、なかった。 同時に…聖装束をまとった、とある一人の少女のことも。 ◆ 暗い、室内。 どことも知れぬその場所に、妙齢の女性がいた。 首もとからつま先まで、しわ一つない軍服に身を包んでおり、がらんとした部屋の中にたった一つだけ設えられた椅子に深く腰掛け、目を閉じている。腰ほどまでの艶のある紺色の髪は、絶妙な曲線美に追随するようにして体に密着していた。 そしてその横には、あの、黒服の男がいた。 「……お嬢ちゃんが、〈ラグナロク〉を手に入れた。いやはや、さすが〈穏健派〉の秘蔵っ子。強いの強くないのって…ありゃ、いい。いいものだ。楽しみだぜ、いろいろと」 まるで、新しい玩具を与えられた子供。心底楽しそうな声で、男は言った。対して女性は、身じろぎ一つせずに、ただ、かたくなに目を閉じていた。その代わりに、小さく口を開く。 「確かに…脅威だわ。この段階で〈ラグナロク〉を奪われる予定はなかったもの。〈穏健派〉も無能ではないようね。思わぬ切り札を用意していたわ」 「同感だ。勝てると思ったんだがなぁ…。土壇場での、ハートのエースってところか?いいねぇ、その古典的発想」 「そうね。あの聖堂騎士団を、たった一人で…。教会は混乱していない?この段階で足並みを乱されては、困るわ」 「あん?アレか?心配無用。代わりなんざいくらでもいる。問題は、あの嬢ちゃんだよ」 「ええ…でも、予定外であっても…予想外ではないわ。目が離せないのは認めるけど。 これ以降、彼女を〈ヴァルキリー〉と呼称します。監視を続けて。〈議会〉にも、人員の強化を要請するわ」 「へいへい。結構な入れ込みようで……」 音もなく立ち上がった女性に背を向け、男はわざと大きな足音を立てて窓際に歩み寄る。 見上げた視線の、はるか向こうには、二つの月があった。 ひとつは、昼間の太陽のように地上に光を注ぐ、白き月。 そしてもうひとつは、そのすぐ横にひっそりとたたずむ、黒き月であった。 夜闇に紛れてなお、その存在を目視できるのは、それが周囲の夜闇よりもはるかに、黒く暗いため。そこだけが、丸く切り取られたように、深く沈み込んだように……。 「ま、こっちもゆっくりと見せてもらうとするかね…」 男は、その黒き月を見やり、にやりと笑った。 「世界の終わりの、始まりってやつをな」 (第一話 終) |
