12・かごめかごめ
かぁごめ、かごめ。
目隠しの手ははずしちゃダメ。
かぁごめ、かごめ。
うしろにいるのは、さぁ、だあれ?
「申し訳ありません、折角議長のご好意で、特別に入国させていただいたのに…」
「いいえ。姫は…いえ、アスハ代表は傷を負っていらしたのでしょう。気が動転されても仕方がない」
気遣わしげに返された言葉が、かえってアスランの胸を刺した。
その怪我は、自分の不注意が招いた結果だったから。SPが警護すべき主賓に傷を負わせるなど、あってはならないことなのに。
判断を誤ったとは思っていない。あのまま三機に囲まれていた別の新型―――インパルスという名があることはさっき知った―――
が倒されてしまったら、当然次の目標はこちらということになっていただろう。
しかし、本来一人乗りであるコクピットに押し込まれた状態のカガリのことを、もっとちゃんと考えてやらなければならなかった。
彼女は、ナチュラルなのだから。骨や内臓に異常がなかったのは幸運のほかに、彼女が戦後も体力トレーニングを欠かさず行っていた
おかげでもあるだろう。
停戦後、ディアッカはザフトに復隊したが、アスランはそのままオーブへ亡命した。それは父の戦争責任を被るのを嫌ったからでは
勿論ない。むしろ逆に、自分は責任を取るべきだと覚悟していた。けれど、それでも亡命を選んだのは。
カガリを守ると、そう決めたからだ。
オーブ復権と世界平和のために奔走する彼女を、守ると。
彼女の双子の兄である、キラの代わりに。
亡命した祖国へは、本来戻ることはできない。ただ亡命した者でも拘束され裁かれるというのに、今や非難の声が高まっている前議長
パトリック・ザラの息子にして離反者であるアスランは、身元がばれた途端に射殺されてしまう可能性も充分考えられる。
それでもカガリの随員としてアーモリーワンへの入国が認められたのは、明らかに捏造された『アレックス・ディノ』のIDを、しかし
そのまま通すようデュランダル議長が働きかけてくれたからだ。
そうまでしてもらって同行したというのに、怪我をさせてしまうなんて。
キラに顔向けできないではないか。
「………すまない。キラ」
「何か?」
「…いえ」
振り払うように首を左右に振る。
「ご友人ですか」
カガリと自分を、オーブ本国またはオーブの擁するコロニーやプラントへ送り届けて貰いたい、という交渉を始めるつもりだったのだが、
デュランダルに先手を打たれてしまった。
しかもあの独り言をそこまで聞きつけていたとは、油断ならない。
「ええ…まあ」
「キラ。美しい響きの名ですね。女性の方ですか?」
「いえ」
反射的に思い出されるのは、最後に見たキラの姿。
儚げに佇む姿は、確かに女性のように美しかったけれど。
あまりにも脆く見えて、怖かった。
このまま消えてしまいそうで。
そしてその感覚はある意味正しかったのだ。
…自分の心象風景に一瞬没頭してしまったアスランは、探るような光を宿したデュランダルの表情に気付けなかった。
「では、先の戦争中の盟友」
「そんなところです。それより、ミネルバの今後の進路についてお伺いしたい」
曖昧に笑って誤魔化し、それから真顔に戻って本題に入る。
キラ。
お前は今どこにいるんだ。ラクスが一緒じゃないのか?
そして、何を思っている?
何故………何も言わずに消えてしまったんだ。
かぁごめ。かごめ。
目隠しをはずしちゃダメ。
うしろの正面、だぁれ?
ボクだよ、ボク。あててあてて。
「――――――――……………」
そっ、と細い指がモニターをなぞる。
そこにはぼろぼろに傷付いたプラントが映し出されていた。
もはや生命を内包できるしろものではない。
「…また…またこんな………」
重なる光景は、二年前の。
ピ、と突然画面が切り替わり、そこに黒髪の男が現れる。
『おや。歌姫殿はご不在か』
「…ええ」
『その様子では、アーモリーワンのことは既に聞き及んでいるようだね』
「……ええ」
『妹君と親友は、我がミネルバで身柄を保護している。心配する必要はない』
えっ、という形に口が動いたが、しかし声は出なかった。
『避難の際戦闘に巻き込まれ、アスランがやむなくザクウォーリアで応戦したそうだ。…妹君は怪我を負ってはいるが、ごく軽いものだよ。
安心してくれていい、キラ。すぐにとは言えないが、私が責任を持って二人ともオーブへ送り届けよう』
「戦闘………戦闘に…?」
『彼らもあの状況では、やむを得まい』
諭すように、または理解を求めるように穏やかに話すデュランダル。
「…でもミネルバは追撃に出るんでしょう。二人を乗せたまま」
『――――――』
男はポーカーフェイスのまま、無言を貫く。
数秒後、口を開いたのは男のほうだった。
『歌姫がご不在ならば、後日改めて。………キラ。私は君達の協力者であるということを忘れないでくれたまえ。私とて君達と刃を
交えたくはない。しかし、私にはプラントの民を守る責任がある。地球軍が剣を振り下ろすというのなら、こちらも剣を取らざるを得ない
のだ。いつまでも楯で受け流してばかりでは、いずれ楯は叩き割られてしまう。…解ってくれるね』
「……………」
では、と言い置いて、彼は通信を切った。記録を抹消しなければならない極秘通信なのだから、いたずらに長時間費やすわけには
いかないのだろう。
「……………戦わなければ守れないのか………どうしても」
す、と。
くたりと横たわるトリィを手に取る。
中の回路の一部がショートを起こし、電源が入らなくなってしまったのだ。
「……君も………僕も………………」
戦わずに済む世界ならいい。
そしてそれを、手に入れたはずだった。
最初はかりそめでもいい。いずれそれが厚みを増して、本物に変われる日が必ず来る。
そう信じていた自分は、愚かだったのか。それとも甘かったのか。
緑色の羽根に唇を寄せて。
枕元へ寝かせてから、部屋を出た。
かぁごめ、かごめ。
うしろにいるのはだぁれ?
アスラン、早く僕の名前を呼んで。
「………地球軍と、戦われるのですか」
静かに首を横に振る。
「では、ザフトと?」
もう一度、静かに首を振る。
「では、何と戦われるのですか」
「……………憎しみの連鎖を……故意に繋げようとするものと」
「………例えその先に、アスランがいたとしても、ですか」
す、と伏せられていた瞳が開く。
「守るためにと、あなたの前に立ちはだかったとしても?」
紫紺の瞳と、澄んだ空色の瞳が重なる。
「…うん」
今度は。
ラクスは微笑まなかった。
いや、微笑んでいたのかもしれない。だがキラには、哀しげに顔を歪めたようにしか見えなかった。
「ならば参りましょう。たとえ再び悪しき選択であったとしても、今一度…平和の声をあげるために…!」
「―――アークエンジェル、起動開始」
「了解。起動シークエンスを開始します」
手馴れた様子で、きびきびと操作していくクルー達。慣れているのは当然だ。二年前のあの激闘を、この艦と共に生き抜いたのだから。
「エンジン稼動、異常なし。コンジット接続解除。大気圏突破用ブースター、スタンバイ完了」
「CICはお願いします」
「ああ、任せてくれ。しかしまさか、この船で指揮を執ることになるとは思わなかったがね」
「砂漠の虎と大天使…。確かに、考えてみれば妙な組み合わせですわね」
苦笑するマリューに余裕の笑みを返すバルトフェルド。
「フリーダムは」
「異常ありません。こちらは大丈夫です」
「全システム、オンライン。アークエンジェル起動!」
キラの返答とサイの報告の声が重なる。
ラクスとマリューが頷き合い、そして。
「アークエンジェルはこれより大気圏を突破、宇宙へ出ます。到着目標、デブリベルト・ユニウスセブン跡。艦首上げ二十、機関全速。
ローエングリンスタンバイ。………撃てぇ――!!!」
かぁごめ、かごめ。
アスラン、早く僕の名前を呼んで。
僕はうしろにいるよ。
きみの後ろに。
うしろから、君を追い掛けるから。
お願いだから、振り向かないで。
はやく僕の名を呼んで、剣を捨てて。
君が先に僕を呼んで。
僕が追い付く前に気付いて。
僕の声に振り向いた君が、その手に剣を持っていたなら。
きっと僕は、君を討ってしまうから。
UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)
現在、DESTINYは第二話まで放映されています。
というわけで、最初から最後までが海原の想像による捏造でありもはや創造でもない日本語の羅列ってなしろものです。
そういえば第一話でカガリと会見してた議長にアスランが会釈してたなぁ、とか。
OPのマリュー&バルトフェルドの背景の戦艦はあれアークエンジェルだよなぁ、とか。
結局プラント最高評議会議長もオーブの元首も乗っけたまんま追撃に行くんだよなぁミネルバ、とか。
そのへんから妄想ふくらませました。
しかしマリューさんは虎さんのこと何て呼ぶんでしょうね? もうバルトフェルド「艦長」じゃないし…。