-+itc VS 『劣化』、或いは『烈火』の正体+-

『劣化』、或いは『烈火』の正体








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「聞きたいことがある」
「おやおや。単刀直入というか、問答無用というか」

 三年もの間行方知れずだった新帝国の長子アッシュが突如ルークの前に現れ、遅れて駆け付けたジェイドが真実を曝露し、ルークが失意 と混乱を抱えて一人去って、そして、体の不調を押してティアがルークを追った、少し後。
 完全にルーク達と別行動になったジェイド達の前に、アッシュが再び現れた。

「…てめぇは外せ」
 アニスを一瞥し、冷たい声。びくっと小さく肩を震わせたアニスが伺うようにジェイドを上目に見ると、小さな頷きを返される。
「…あの、じゃあ私…買い出し、行って来ますね」
 そそそ、と街へ向かうアニス。ジェイドは目だけで「こちらへ」とアッシュを促して、並ぶ建物の裏手へと少し歩いた。そこは未開発で 芝生や木立ちの点在する、小さな空白地帯。要するに、空き地だ。
 常ならば子供たちの遊び場にでもなっているのだろうが、ユグドラシルバトルの開催中はこういった場所は得てしてシグルス同士の バトルに使われるため、今は人気がない。
 そこまでやってきて、木立ちの影に入ったところで立ち止まり振り返るジェイド。二歩後ろをついてくるアッシュもまた足を止めた。

「さて。ご用件は」
「あれは俺のレプリカのはずだろう。…なんであんなに劣化してやがる」
「レプリカはオリジナルよりも劣化する。ご存知なのでは」
「チッ! 忌々しい。俺のレプリカは他にもいやがるんだよ。さっきあれを襲撃してたのとは別口のがな」
「…なんですって?」
「だが、そいつらの外見は俺そのものだ。あそこまで髪や目の色が劣化した奴はいねえ」
「………」
 考え込むようにやや顔の角度を斜め下へ向けるジェイド。僅かな角度だが、たったそれだけで彼の表情は窺い知れなくなってしまう。
 気の短いアッシュにしては辛抱強く、ジェイドの答えを待つ。やがて、彼は眼鏡のブリッジを指で軽く押した。
「…こちらからもお尋ねしたいことができてしまいましたが、まずあなたの質問にお答えしないことには、こちらの問いにも答えて頂け ないのでしょうね」
「当然だ」
「彼が『生まれた』時は、確かにあなたとまったく同じ容姿でしたよ。当時は執行部の一部から『弟』としてではなく、いっそ本人という ことにしてしまってはどうかという案も出たくらいには」
「だから! それがなんであそこまで劣化するんだって聞いてんだよ」
 苛立って語気を荒げると、ジェイドはまっすぐにアッシュを見返した。その表情から、何を考えているのかは全く読み取れない。
「彼は試作品(プロトタイプ)です。…同時に、試用品(テストタイプ)でもある。これで察して頂けませんか」
「………おい…まさか」
 アッシュの眉間の皺が、一際深く刻まれた。
 どうしても私の口から言わせるつもりですか、と、ほんの一瞬だけ赤い眼が揺れる。
「レプリカがどの程度『保つ』ものなのかを調査するため、彼は耐用実験を受けています。その過程での変化ですよ。耐用だけではない。 人間とどの程度近いのか、徹底的に調べ上げ、実験し尽くされました。それに耐え抜いたからこそ、彼が表舞台に出るレプリカとして 選ばれたのです。…勿論実験については、厳密に記憶操作を施しましたので、彼が覚えているはずはありません。実験中に負った傷も再生 済みです。それこそ腹や頭を開いてでもみないことには、実験の痕跡は現れないでしょう」
「………」
 思わず言葉を失ってしまう。
 レプリカ如きとその存在を憎んでいた筈なのに、それでも実際にレプリカに対して非道な行ないがあったと肯定されれば、沸き上がるのは 紛れもない怒り。
 自分たちが生み出した命―――たとえそれが紛い物、仮初の物であったとしても、命は命だ。それを、それがレプリカだから、本物では ないから、同じ物は幾らでも作れるからという理由で、好きに扱っていたというのか。
「もし万が一、彼が実験のことを思い出してしまったら、恐らく発狂するでしょう。実験中も何度も精神崩壊の危険が」
「てめえっ! てめえも立ち会っていやがったのか、その実験に!!」
 皆まで言わせず、その胸倉を捻り上げる。
「私が責任者でなければ、精神に異常をきたし、使用済みの烙印を押され、今頃サンプルとして部位ごとに分けられて瓶の中だったでしょう」
「っ…!! この後に及んで自己弁護か!!」
「弁護? 違いますね。当時の状況をそのままお伝えしただけです。そもそも、新帝国(ニーズホッグ)を捨てて出奔したあなたには、 今更新帝国(ニーズホッグ)の行ないを批判する権利も資格もありませんよ」
「資格だと!? そんなもの! あれのオリジナルは俺だ!! 俺の遺伝子情報を勝手に使われて抗議するのは、当然の権利だろうが!!」
「では何故国を捨てたのですか。新帝国(ニーズホッグ)の政治を健全にすることができると内外から評価されたあなたなら、いずれ国を 内部から変えることができたはずですよ。それをせずに、国の暗部に怒るだけで目を逸らして逃げ出したのは誰です!」
「逃げ出しただと…!? 貴様ッ…!!」
「外側から壊す決意ができたのなら、内側から壊す覚悟もできたはずです。『大いなる実り』を得られなかったばかりか皇位継承者までも 失った帝国がどれだけ混乱したか、知らないとは言わせません。その皺寄せはすべて、国民に向かったのですよ。かつてあなたが、暮らし を改善し、物質的にも精神的にも豊かな暮らしをさせてやるのだと誓った国民達に」
「…っ!!」
「………もっとも、私にもあなたを責める資格は、ないのかもしれませんが」
「…ジェイド…てめぇ………」
 レプリカを生み出すフォミクリー技術は、ジェイドが確立したものだ。
 研究それ自体は百年近くも前から続いていたらしいが、やっと彼がそれを完成へとこぎ付けた。
 だが、それが吉であったのか凶であったのか――――――。

「…もう一つお答えしていませんでしたね」
 ジェイドはそっとアッシュの手を退かせ、服を整える。
「ルークを襲ってきた、ルークと同じ容姿のレプリカ達は、髪と虹彩の色が変化した後のルークの遺伝子情報から作られたレプリカです。 つまり、レプリカのレプリカ。だから、彼らはあなたのレプリカでありながら、容姿はルークと同じというわけです」
「レプリカのレプリカだと? ふざけやがって…」
「それだけルーク…試作品(プロトタイプ)の実験結果が目覚ましいものだったのですよ。数値上では確かにオリジナルよりも少々下回り ますが、実生活及び実戦においてはほぼ同じに感じる程度の差異に過ぎません。唯一違うといえば、彼の精神、いや、心というべきものが、 生まれた時には空っぽだったことくらいでしょう」
「心? あれだけコロコロ表情の変わる奴に、心がなかったっていうのか」
「ええ。レプリカが唯一オリジナルからコピーできないもの、それが心です。人格、性格、そういったものはすべて無のまま生まれます。 赤ん坊が無垢で生まれるのと同じに。記憶を操作することはできますが、今のところ人格の形成までは…。せいぜいその素地となりそうな データを、記憶の中に紛れ込ませることしかできません。そういった技術は、おそらく騎士国家(フレスヴェルグ)のほうが先を行って いるのでしょう。とはいえ、あちらでも人格を投射できる対象は、まだ特定の鉱物に限定されているようですが」
「……」
「あなたの質問に答えるには、このくらいでいいでしょう。…それで、それを知って、あなたはどうするんです。…結局は殺すつもりなの でしょう。ルークのことを」
「………当たり前だ」
「いずれ手にかける相手のことなど、知らないほうがいい。あなたのほうがよくご存知かと思いましたが」
「ハッ。今日は珍しくよく喋るじゃねぇか」
「三年ぶりの再会ですからね」
「気色悪ぃ」
 眉間のしわをより深く刻んで、目元を歪ませるアッシュ。

 浮かぶのは、さっきのルークの顔。
『嘘だ! 嘘だ嘘だっっ!!!』
 信じていたすべてから、世界から、見捨てられた絶望。いずれ見捨てられる可能性のある「モノ」だと、近しい人々が知っていた失望。
 あの、哀しみとも苦しみともいえない顔を、アッシュは知っている。
『なんだこれは…こんなもの、嘘だあぁぁっ!!!』
―――優秀な皇族直系なら、その予備を。
―――量産ができるのなら、よりできの良い兵隊を。
 元として利用されたアッシュでさえ、世界がひっくり返る程の…今まで信じてきたものが総て覆されてしまう程の衝撃だったのだ。お前は 偽物だと、要らなくなったから処分だと言われたルークのショックは、どれ程のものだったか。

「今度はこちらがお尋ねする番です」
 はっ、とジェイドの声で我に返る。
(俺は、今…一体何を)
 あれはレプリカだ。忌々しい、世界の理を乱し歪ませるもの。オリジナルである自分の責任でもって、この世界から排除するべきものだ。
 なのに、そのレプリカに、同情したというのか。例えそれが一瞬であったとしても?
「『ルークタイプ』の他にもあなたのレプリカが存在すると言いましたね。詳しい事を教えて頂きましょう」
「……俺にも詳しいことは分からん。ただ、そいつらはあの屑野郎のようにキャンキャン吠えることはねぇ。外見も俺とそっくりそのまま 同じだ。誰かの命令をただ遂行するための回路として、思考ルーチンを組まれているだけって様子で、虚ろな顔して襲ってきやがる」
「襲われたのですか」
「フン。どうやら俺をシグルスと勘違いしたらしい。間抜けな話だ」
「シグルスを狙っているというのですか…。その、レプリカに命令を下している誰かとは」
「それを調べているところだ。…これ以上のことは、まだ分からねぇ」
「ふむ…」
「とりあえず、そいつらを作ったのは貴様じゃないってことだけは、今はっきりしたがな」
「誤解が解けて何よりです、と言っておくべきでしょうか」
 食えない笑顔が戻って来た。そして、一歩踏み出す。足元で小石が鳴った。
「………」
 これで話は終わり。分かっている。今はこれ以上聞くことも言うこともない。この後は別行動。
 だが。だが、まだ。
 まだ。……………何が?
(…何を考えてるんだ、俺は…)
「……してしまった後悔よりも、しなかった後悔のほうが、悔いが深いそうです。…まだ聞いていないことがある、という顔をしていますよ」
 見透かしたようなタイミングで声を掛けられ、チッと舌打ちして顔を背ける。
「……………ルーク、と言ったな」
「ええ。あなたがアッシュ・フォン・ファブレなのですから、当然彼はルーク・フォン・ファブレという名です」
「何だってレプリカに『ルーク(光)』なんて名をつけやがった」
 アッシュ。それは『灰』。幾度焔に焼かれようと、その中から再び雄々しく蘇る力。
 では―――その『灰』のコピーである彼が、『光』である理由は?
「単純な話ですよ。あなたは怒るか笑うか、どちらかでしょうね」
「…」
「繰り返した実験の結果、彼の髪の色は劣化し薄まった。しかし、その薄まった朱とオレンジのグラデーションの髪は、眩しく光を反射して 輝かせる。それを綺麗だと言った研究員がいましてね。まるで髪自体が光っているようだと。それがそのまま名付けの由来になったんですよ」
「……」
 ざ、と雑草と砂と小石を踏む音が、街とは反対のほうへ向かっていく。
 眼鏡のブリッジを押した軍人は、逆に街へ向かって歩み始める。

「………馬鹿馬鹿しい」
 怒るか笑うか。少なくとも笑える話ではない。
 それを聞いて胸に生まれたのは、覚えのある炎。それも、激しい烈火。
 正体は怒りであり、そして同時に。
(散々痛めつけて苦しめ倒した結果薄まった色を、綺麗だと? 手前ぇのしたことを棚に上げて、何勝手なこと言ってやがる!)
 その研究員とやらを斬ってやりたい衝動に駆られ、アッシュはひたすらに歩いた。

(…あの色は…違う。あのコロコロ変わる表情と、激しい感情を映す眼と、焔みてぇな髪は、他のレプリカとは違う………くそっ)
 こんなことを思っているなんて認めたくない。だが、否定する端からルークの姿が脳裏に浮かんでしまう。
 ルーク『達』は三人固まっていたのだから、アッシュはあの時、三人とも斬ることができた。だが、彼だけは斬れなかった。咄嗟に剣が 避けた。口から出る言葉より、剣のほうがよほど素直だ。
 ルークは他の二人とは違った。全く同じ外見のはずなのに、彼だけは何故だか違ったのだ。少なくともアッシュの眼には違って見えた。
 どこか虚ろさを残す他のレプリカとは違う。激しく起伏する、焔のような心を持っているのだと、一目でわかった。それを顕現するかの ような、明るく輝く朱と橙の髪。
 自分よりも先に、あの色を光のように美しく感じた奴がいるなんて。
 それが、彼を実験台にした研究員だなどと、到底許せることではない。勝手な物言いにも程がある。

 烈火の正体は怒りであり、そして同時に、嫉妬でもある。
 嫉妬だということを、アッシュは認めざるをえなかった。

 何故嫉妬したのかというところまでは、蓋をして閉ざしてしまったけれど。




END



RETURN

UPの際の海原のツブヤキ…興味のある方は↓反転して下さい(大した事書いてません)

とりあえずルークがわらわら出て来た時の衝撃は忘れられません。
しかもアッシュのレプリカとティアのレプリカまで出て来た時にゃ「量産型か!! エ○゛ァか!!!(前の映画でわらわら出てきて 弐号機ズタボロにしやがった白いやつ)」と思わず声に出しておりましたよ…。
で。
…ん?
ちょっと待て、アッシュのレプリカってルークだろうがよ!!
なんでアッシュの外見そのまんまのレプリカがいるんだよ(笑)
というわけで、これなら納得いくわいと考えたらルークが更に酷い目に遭ったことになっちゃいました。
…これでも赤毛二人とも幸せにしたいと思ってるんですよ、これでも一応は…。