イラストレーターおおばひろしの世界  
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逗子徒然草(逗子の歴史散歩道)1/5       2/5へ

 明治から昭和初期の逗子はとてもドラマティックな時代でした。そんな逗子の歴史を毎月連載で
 紹介していきます。逗子を訪れたときにこれらを参考に散策してくださればうれしいです。

1 亀井児童公園
  
逗子郵便局の近くに亀井児童公園があります。若いお母さんたちが近くの幼稚園からの帰りに寄っ
  て、子供とお弁当を食べたり、お母さん達のコミュニケーションをはかる場所として利用されてい
  ます。 実はこの辺りは昔から「逗子の大墓」といって村の共同墓地でした。昭和になって行幸道
  路(逗子〜葉山ご用邸への道路)を作るため、お墓を延命寺や久木の妙光寺へ移してしまいした。
  公園整備のため平成13年に発掘調査が行われ、古墳時代の土器が大量に出土したのでその頃人々
  が逗子で活動していたと思われます。ただし、その後の出土品はなく、人々が定住していた様子は
  ありません。 ちなみにこの辺りが陸地になったのは縄文時代だったようです。
  発掘調査では江戸時代から明治時代にかけての埋葬人骨が約百体発見され、江戸時代の銭や生活用
  品などの副葬品などとともに洋服のボタンなども出土しているので昭和の初期までは墓地として使  われていたのでしょう。
  現在、亀井児童公園の片隅に供養の地蔵尊がまつられ、子供達の遊ぶ姿を御先祖様達にかわり優し
  く見守っておられます。時々お年寄りが立ち寄リてを合わせるすがたを見かけます。
   徳富蘆花の小説「不如帰」の石碑と波子不動

2 海軍道路
  横須賀の軍港に飲料水を供給するため、水道管を埋設した道路を水道路と呼んでいます。
  昔は自転車も人も水道管が壊れるからと通行禁止でした。この内、逗子駅から東逗子へにかけては
  海軍道路と呼ばれ、名残の「海」の道標が所々に見られます。JR逗子駅から東逗子に向かって5分  ほど歩いた下田橋では横須賀への水道管が見えまます。  
  昭和20年代には桜並木があって舗装などしていませんでしたし、桜山二丁目の旧家には楠木が 
  あって夜になるとフクロウの鳴き声とともに暗闇の中にたくさんの目が見られたことを覚えていま
  す。昭和30年代になると木は倒されてマンションが建ち、沿道沿いに見られた田畑は住宅地に変
  わ ってしまいました。
  近くに小さな鎮守稲荷と大きな銀杏の木の境内があって、こどもたちの遊び場でしたが駐車場に変
  わり、銀杏の木は頭を切られて、わずかに小さな社があるだけです。
  まだ東逗子駅がない頃、沼間の人たちは夜も明けぬ暗いうちから逗子駅まで歩いていたのを思い出
  します。
  海軍道路、水道路を路を示す道標や戦前から使われている郵便ポスト、などを散策しながら歩くの
  も楽しいものです。
  途中で田越川沿いに出るとわずかに薮の生い茂った土手が残っていて、クサガメ、鯉、五位鷺、 
  鴨、青鷺、小鷺、カワセミ、などが観察できます。道路沿いの魚友寿司店は、東京からお客さんが
  来るという評判のお店、その向かいの市川青果店は地元産(葉山)の野菜を揃えているのでわざ 
  ざ遠くから買いに来る人がいます。
  海軍の波形道標は駅の近くに残っていますがほとんど見かけなくなりました、わざわざ壊さなくて  もと思うのは筆者のノスタルジックでしょうか?
  横須賀水道局の道標、わずかに残っている郵便ポストもカメラに納めてみては?
  わずか30分で東逗子駅ですがここは大楠山、鷹取山ハイキングコースの出発点ですので足をのば
  すことも出来ます。

   
     海軍道路の道標             倒された道標 

3 池田通り
  池田通り商店街の人に「池田通り」の由来を聞いてみましたが知らないと言われました。
  昔も本通り(銀座通り)にはいろいろなお店が並んでいたそうですが、その裏は田んぼや野原だ 
  たそうです。本通りから池田通りのほうへ抜ける道は歩くと足がぬかるみに取られるほどの湿地だ
  ったので、田畑に適さず、蓮を植えたそうです。まるで池のような田だったので人々は池田と呼ぶ
  ようになり、そこを通る人から「池田通り」と呼ばれるようになったそうです。
  現在の池田通り商店街は銀座通りとなぎさ通りを結ぶ商店街で、直接逗子海岸やJR逗子駅へのアク  セス路ではないので人通りは限られています。
  そこで花とアートを飾ったスタンドが点々と置かれ通る人の目を楽しませるイベントなど活性化へ  の取り組みには熱心で、将来は電線の地中化計画もあり、街並も魅力あるものに変わって行くと期  待されています。
  商店街は個性のあるお店が多く、また目的買いの人が多いのが特徴です。ちょっと回り道して銀座  通り、またはなぎさ通りから池田通りを通って逗子海岸へ散策するとよいでしょう。思わぬ発見が
  あるかもしれません。
  今はマハロ通りと併称しているが「池田通り」は地域に住む人、通る人が名付けた名前ですから大
  切にしてもらいたいと願っています。
                                    年寄りのはなし参照
  
 池田通り商店街           次のページ


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