世界の食肉消費 1960年代初めと2005年の比較 FAO2009年食料農業白書の発表に寄せて
10.2.20(2月23日改訂)
2009年FAO食料農業白書(The State of Food and Agriculture 2009)が1982年以来初めて、途上国における畜産物需要の急増と畜産の急拡大の問題を取り上げた。サブサハラアフリカを除く途上国の乳消費は1960年代の2倍に増えた。食肉消費は3倍、卵の消費は4倍だ。これは、多くの貧しい人々の生計を支えるととも、人々の栄養の改善にも寄与している。
しかし、唯一の畜産物に専門化した大規模な企業的畜産が家族的複合経営の重要な要素をなす小規模畜産と農民の生計を脅かしている。その上、土地、大気、水に悪影響を及ぼし(畜産は世界の総消費量の8%の水を消費し、地球の農地の80%を使用 し、過放牧で土壌劣化を起こし、アマゾンに見られるように森林破壊も加速している)、温暖化促進の大きな要因ともなり(温室効果ガス総排出量の18%を占め、輸送部門からよりも多く排出している)、さらにSARS、インフルエンザ、BSEなど動物由来の感染症のリスクも高めている。報告は、政府による適切な規制を要請する。土地と水の乱用に対する金銭的 懲罰、家畜飼料の改良によるメタンガス排出の削減、一定カロリーの動物製品の生産のために比較的多くの植物カロリーを消費する牛よりも豚や鶏の推奨などだ。
しかし、畜産物消費が拡大を続けるかぎり、これらの規制の効果にも限界があるだろう。これを機に、1960年代以降の世界の食肉消費の動きを整理してみた。1960年代初めには肉など食べていなかったに等しい東アジア(中国、日本を含む)、東南アジアの食肉消費量が激増、かつての世界唯一の肉食文明地域であったヨーロッパのかつてのレベルを追い越し、現在のレベルにも近づいている。これが途上国食肉消費激増と畜産拡大の現実だ。
つまり、本来は極めて局地的であった食肉文明が、たった半世紀ほどの間にグローバル文明になってしまったということである。たった半世紀前、世界の大部分の地域・国では、肉のない食事が当たり前で (草育ちの家畜から乳はいただいても、命をいただくのは稀なことだった)、肉のある食事はせいぜい”ハレ”の日のごごちそうにすぎなかった。ところが、いまや新たに食肉文明を受け入れた国でも、肉のない食事は異常に貧しい食事とまで受け止められるようになった。
日本についていえば、トウモロコシの輸入が止まっても肉が今までのように食べられなくなるだけで、飢え死にするわけではないとでも言えば、お前は「貧乏人は麦を食べろ」というのかという反発がかえってくるだけの世の中に変わったのだ。たった半世紀で。食肉消費の拡大は永遠に止まらない。食料自給率も永遠に上がらない。ならば、食料自給率をあげよなどと叫ばないことだ。 肉も乳製品も卵もたらふく食べたい、食料自給率も上げたい、これは両立不能な要求だ。飼料自給率25〜26%という数字が示すように、飼料の大部分を輸入に頼っているからだ(注)。 今のところ(新たな畜産革命がないかぎり)、安価で大量の肉・卵・乳製品を供給するにはそうする以外方法がない。
注:2007年度で見れば、一人一日あたり供給熱量:2551kcalのうちの270kcalを 国産肉・卵・乳製品が供給している(重要ベースの品目別自給率と食料需給表から推算)。飼料自給率は25%だから国産畜産物からの供給熱量は68kcalと計算される。飼料自給率が100%となれば国産食料が供給する熱量は68kcalから270kcaへと200kcall増えて、 国産食料からの総供給熱量は1046kcalから1246kcalになる。これで、食料自給率は40%から48.8%に増えることになる。これに 、現在は国産品が45kcalを供給するにすぎない小麦の供給熱量(324kca)のせめて半分(162kcal))を米など他の国産食料からの供給に変えれば、国産食料が供給する熱量はさらに117(162-45)kcal増えて1363kcalとなり、食料自給率は53.4% になる。もうひとつ、原料のほんとんどすべてを輸入に頼る大豆・菜種油が供給する220kcalがすべて国産食料に切り替われば、国産食料が供給する熱量は1363+220=1583kcalとなり、食料自給率は62.1%に 跳ね上がる。
その他 、自給率が7%の豆類、81%の野菜、40%の果実、62%の食用魚介類、33%の砂糖類の自給率をすべて100%に高めても、国産食料が供給する熱量は合わせて340kcal(砂糖だけで139kcal)増えるだけで、食料自給率は54.4%に上がるだけである。砂糖を除けば、飼料自給率を100%に高めたほどの効果しかない。食料自給率を50、60%に高めるためには何が必要か明らかだ。