フランス研究機関 農薬使用量削減のために農業方法変更を 統合農業を推奨

農業情報研究所(WAPIC)

05.12.19

 フランスの国立農学研究所(INRA)と農業・環境工学研究所(Cemagref)が1215日、パリで、ヨーロッパで第一位、世界で第三位のフランスの農薬消費量と農薬使用に伴う環境・人間の健康への悪影響をいかにして減らすかをテーマとするシンポジウムを開いた。ここに集まった農業者、産業代表者や農業普及員、政策決定者、国と地方自治体の諸機関、環境保護団体、消費者代表に、両研究所による“農薬、農業、環境”と題する共同研究報告書が提出された(Communiqué de presse)。

この研究は、環境省と農業省の要請に基づくものだ。EU80年代初め以来、飲料水と食品の最大限農薬含有量の基準制定、共通農業政策(CAP)における農業環境政策の導入と強化、農薬承認に際しての毒性・環境毒性基準の強化などで、農薬の環境影響と人間の健康にもたらすリスクを軽減するために、農薬利用規制を漸次強化してきた。2000年には、すべての河川・湖沼・沿岸水域・地下水を生態的・化学的に“良好な状態”にするという目標を2015年までに達成することを各国に義務付ける“水枠組指令”も採択された。現在、農薬に関連するリスクを減らすための農薬枠組指令も策定の途上にある。しかし、大量に使われる農薬の総量削減をしないかぎり、このようなEU立法の要請を満たすことはできないだろう。両省の要請の背景事情はこのようなものだ。

INRACemagrefは、農学、作物保護、土壌、水文、生物気候、環境毒性、経済、社会など、様々な分野の専門家30人を動員、フランスにおける農薬利用状況はどうなっているのか、農薬汚染を減らすために製品利用方法をどう改め、国土をどう整備したらよいのか、農薬依存を減らすために農業者の慣行をどう改め、生産システムをどう変えたらよいのかなどを研究した。結果は、農薬消費を減らすためには、戦後フランス農業を一貫して支配してきた“生産性至上主義”を背景とする集約農業からの農業方法の転換が必要というものだった。報告(要約版)の要点は次のようなものだ。

・農薬利用の実態を明らかにする十分なデータは得られない。利用可能なデータは農薬販売量だが、それは2001年から2004年までの間に24%減った(99.635トンから76,105トン)。しかし、これは、必ずしも農業者が農薬利用を削減する方向に生産方法を変えた結果ではない。実際、2002年の販売量は90年代半ばと変わっていない。この間の減少は、面積当たりの施用量がより少ない新たな農薬の出現や、全体の消費重量の30%ほどを占める硫黄と銅を含む製品の利用の減少(除草剤で41%、全体で16%)によるところが大きい。

「農薬を販売し、資材の販売増加と最大限の収穫物集荷、すなわち集約的システムを維持することで利益を得る協同組合により大部分が販売ルートに乗せられる」農薬の処方において、様々な種類の活性物質が混合されている。

・現状における環境汚染は“まぎれもない”事実である。フランス環境研究所(IFEN)は、地下水、表流水の農薬汚染が一般化していることを確認している。汚染は大気と土壌にもかかわるが、データの収集手段が欠如しており、それをどう解釈するかは微妙な問題だ。環境中におけるこれらの物質の挙動も十分に解明されていない。

・集約農業が植物衛生上のリスクを増やしている。新たな農薬の効き目は必ずしも持続していない。開発と新製品承認の費用(およそ2)のために革新の展望が狭まるなか、標的とする作物破壊者が抵抗性を発達させている。

・遺伝子組み換え(GM)作物については、1996年以来大々的に導入した米国の研究も、必ずしも農薬利用削減を実証していない。これは、ケース・バイ・ケースで評価されねばならない。

・フランスの技術研究機関や大多数の農業者組合は、環境に優しい “合理的農業”(AR)を称揚、政府も2008年までに経営の30%までをARと認証する目標を掲げている。それは農薬利用に関する98の基準を満たすとされているが、出荷承認を受けた製品のみを、承認された使用量を尊重して使うといった類の国と地方の既存の規制を超えるものではなく、農薬使用削減の観点からの効用は限定されている。

・農薬使用を減らすためには、集約的システムに代わる別の農業システムを採用することが必要だ。有機農業はもちろん有効だが、経済性と普及にかかわる問題が未解決で、農薬利用は認めないが化学肥料の使用は認めるような別の代替システムも考えられる。特に地方の条件への適応、輪作、生物多様性尊重などで“生物的総合防除”を目指す“統合農業”が推奨できる。INRAは、その一例として、収量は低いが農薬使用が少なくて済む丈夫な小麦の利用を挙げる。それは、より生産的であるけれども脆弱な品種の小麦と同等の収益性をもち得る。

フランスの統合生産普及は他のEU諸国に大きく遅れ、耕地面積の0.4%で実施されているにすぎない。有機農地面積の1.4%にすぎない。今後の拡大の余地は大きく、それが実現すれば農薬使用量が大きく減少するだろう。

・デンマークはこの20年来、農薬使用への課税などの政策で農薬減らしに成功してきた[フランスは前左翼政権時代、ヴォワネ環境相が同様な課税を導入しようとして農業者の猛反対に会い、結局は挫折した]。しかし、このような規制強化、利用禁止などと共に、良好な慣行への補助金支払のような刺激策も取り組み得る。

問題は、圧倒的影響力をもつ全国農業経営者連盟(FNSEA)が唱導する“生産性至上主義”の伝統に深く染まったフランス農業界が、このような農業システムの転換をどこまで受け入れるかである。ル・モンド紙によると、有機農業者、消費者、環境活動家は報告の結論を支持したが、“伝統的”農業者、協同組合、農芸化学者は、農薬税増強は「[農薬使用削減のための]作業の基本的柱をなさない」とする農業省とともに、消極的な反応を示したという。

Changer l'agriculture pour réduire les pesticides,Le Monde,12.16
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3228,36-722042@51-706328,0.html

 とはいえ、このようなことが問題とされること自体、フランス農業が大きな曲がり角に来ていることを示す。正確なデータはないが単位面積当たり農薬使用量が群を抜いて世界一とされる日本では(フランスの単位面積当たり農薬使用量はha当たり5.4kgで、ベルギー、オタンダ、ポルトガルに次いでヨーロッパで4番目)、農業に農薬は付き物、適正な使用法さえ守れば何の問題もないという風潮が支配している。

  それは、食品残留のみに関心を集中する消費者の態度の反映かもしれない。フランス中央山塊の旅では、耕作地からはるか遠くの辺鄙な山奥は別として、教会の広場の鳩以外、小鳥の姿はほとんど見かけなかったが、日本でも、田舎道を歩けば次々と飛び出したバッタや水路に飛び込んだ蛙、水路に泳ぐメダカや小魚、今はほとんど姿を見かけない。それどころか、除草剤で赤茶けた路傍や耕作放棄地の無残な姿が次々と目に飛び込んでくる。しかし、消費者はそんなことは気にかけない。かつてそんな姿があったことさえ忘れてしまうだろう。