農業情報研究所農業・農村・食料アジア・太平洋地域ニュース 2017年10月10日

 

西オーストラリアで4万頭和牛飼育計画 5-7年で日本の和牛肉輸出市場を席捲?

  

 シンガポールのビジネスマンであるブルース・チャン(Bruce Cheung)氏がオーストラリア・西オーストラリア州のピルバラ地域(下図の赤いところ)で4万頭の和牛飼育を計画している。

 彼はピルバラの港湾都市・ポートヘッドランドの北東120㎞にある宿泊施設・Pardooステーションを運営している。2015年に灌漑農業と養牛規模の拡大を狙ってPardooを購入、今はアンガス種と和牛、併せて1万頭の牛を飼っているが、1年後には4万頭に増やす計画だ。

 

 

  和牛は1キロ500ドル(55000円)もする高価な肉を生む。ピルバラの農業開発は非常に遅れているが、放牧地での和牛肉生産は多くのステーション事業者にとっての儲かるベンチャービジネスになる可能性があり、900もの雇用を生み出すだろうという。州政府も、この“10憶ドル産業”プランを支援することになりそうだ。Pardoo はカニング盆地がインド洋に落ち込むすぐ前に位置し、大量の水も利用できる。

 彼は日本人の和牛育種の“レジェンド”である武田正吾等と緊密な協力関係にある。武田氏は、オーストラリアの和牛の遺伝形質の95%ほどが彼の農場起源と推定している。チャンの計画は“ワンダフル”、“かつて誰もやらなかったことをやろうとしている”、“増産による価格低下は産業全体の利益にもなる”と言っているそうである。

 彼の協力者の一人であり、西オーストラリアで和牛育種を最初にスタートさせたアルバニア人・ギルモア(Gilmour)氏も、この計画、10億ドル和牛産業は実現できるだろうと言う。ただし、時間がかかる。5年から7年はかかるだろうと。

 

  Singaporean businessman has big plans for wagyu beef production,ABC Rural News,17.10.9

 

和牛肉輸出は、安倍政権が目指す“攻めの農業”の有望株だ。今年1-8月の牛肉輸出量は、前年同期に比べて46700万トン(46%)も増えた(財務省貿易統計)。輸入が492億トン(15%)も増えているのだから、それがどうしたというところだが、もしもピルバラの和牛産業計画が実現すれば折角芽生えた輸出増の芽もたちまち摘み取られるだろう。日本産ではとても太刀打ちできない安価なオーストラリア産和牛肉が、米国(和牛の最大の輸出先)や香港、シンガポールをはじめとするアジアの和牛肉市場を席捲するに違いないからだ。安倍首相も、土地資源に恵まれない国の農業の「成長産業化」を輸出に賭けることがいかに無謀であるかを実感することになるだろう(注)。

 (注)TPP政府対策本部主席交渉官代理・大江博氏によると、「輸出については、1兆円を目指していますが、五年後、一〇年後にさらに五兆円、一〇兆円に拡大するのも夢ではありません」(『農業の成長産業化を問う 日本農業の動き 196』 農政ジャーナリストの会  2017年9月 26ページ)。つまり、5年後、10年後には、日本の農産物輸出額は輸入に追いつき、追い越す(下図参照)ことさえ夢ではないというのです。輸出による農業の成長産業化とは、こんな誇大妄想狂の夢の産物です。