農業情報研究所農業・農村・食料食糧問題ニュース:2012年10月9日

シルバFAO事務局長 伝統食品回帰が有効な国際食料品価格高騰対策

 FAO(国連食糧農業機関)のジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ事務局長が9月28日、国連総会の合間に開かれた栄養に関するハイレベル会合で、「キャッサバ、キノア*、豆、その他の非商品作物のような伝統食品を生き返らせることが、く・不安定な国際食料価格に立ち向かうひとつの有効な戦略である。これは、小規模農業と地方的生産を促進する非常に重要な機会を提供する」と述べた。

 現在は三つの主要商品作物―トウモロコシ、小麦、米―が植物期限の食物エネルギーの60%を提供しており、途上国における所得の向上とともに、巨大な数の人々が、肉、乳製品、脂肪、砂糖に富む食事を選好、伝統的な植物ベースの食品を棄てつつある。

 「食料・栄養教育は、途上国・先進国問わず挑戦すべき難題である」と言う。

 Traditional foods, nutrition education key to fighting hunger and malnutrition,FAO News,12.9.28

 農業・食料にかかわる有力国際機関の長として、よくぞいったものである。こんな非商品作物をいくら奨励したとて、少数の商品作物大規模生産(モノカルチャー)を最優先する農産物輸出先進国・新興国の利益にも、世界食料市場を支配する多国籍アグリビジネスやバイテク企業の利益には決してならない。事務局長の出身国であるブラジルの農業の商業的利益にも結びついかないだろう。

 国際食料価格が高騰、世界食料危機が予想されるとき、いつも貧しい国の農民的農業の強化の必要性が強調されてきた。しかし、これはついぞ実現したことがない。国際会議で論議されるのは、決まって小麦、トウモロコシなどの主要商品作物の生産増強策や、及び腰の投機抑制策でしかなかった。輸出大国とアグリビジネスの利益は、それによってしか引き出せない。

 ロシアの干ばつを契機とする世界穀物価格の高騰がもたらす世界食料不安を受けて開かれた2011年G20農相会合は、「市場の情報と透明性の改善」のためと称して「農産物市場情報システム」(AMIS)」の立ち上げを決めたが、これも基本的には国際主要商品4品目―麦、トウモロコシ、コメ、大豆―にかかわるシステムにすぎなかった。

 国際的政策協調の名で最も強調されたのは貿易の自由化農業生産増加と生産性の向上を最優先目標とする「行動計画」で発足を決めたのも、植物遺伝資源を最大限に利用するための「小麦における我々の研究の取り組みを調整するための国際小麦改良研究イニシアティブ(IRIWI)」だけであった。どれもこれも、主要国際商品作物の輸出国とアグリビジネスを偏重する施策にすぎない。(北林寿信 「食料価格高騰下の食料価格高騰で何が合意されたのか」農業と経済 2011年11月号参照

  こんな施策の無効性は、今年のアメリカやロシアの干ばつが引き起した世界穀物市場の大混乱が、図らずも実証している。2007-08年のような世界的食料危機、2010年のロシア等に干ばつが引き金となった北アフリカ・中東の政変のような危機を辛うじて免れているのは、多くのアフリカ・アジア・中米諸国は米への依存度が比較的高いけれどもその米の価格が安定しており、かつ輸入小麦や輸入飼料穀物への依存度も比較的低い(食料向けトウモロコシや雑穀への依存度が比較的高い)からである。アメリカやロシアが風邪をひいても、簡単にはくしゃみをしないのである。まさに伝統食品利用の強みが示されている。

 対照的なのが北アフリカと中東である。ここでは輸入小麦と輸入飼料穀物(トウモロコシ、大麦)への依存度が極度に高い。大輸出国が風邪をひけば、くしゃみどころか国をひっくり返すような大騒動になる。現在の穀物価格 の記録的高騰(米を除く)の折、大騒動を免れているのは、2010年以来の大騒動に懲りた諸政府が、大量の補助金で国内食料価格高騰を抑えているからにほかならない(FAO:Global Food Price Monitor, September 2012)。こんなことがいつまで続くか。しかし、ここでは回帰すべき伝統食品にも事欠くようだ。ここでは、シルバ事務局長の処方も効きそうにない。ランドグラブ (土地収奪)で自国輸出用海外生産を促すにしても、そこで生産されるのは大規模モノカルチャーによる国際主要商品に限られる。問題解決にはならないだろう。(以上は下表参照のこと)

西アフリカ・東アフリカ・南アジア・東南アジア・中米地域・北アフリカ・西アジア(中東)の穀物バランス(2009年、FAOSTATによる)

(供給量・輸入量:1000トン、飼料向け比率・輸入比率:%、供給熱量:キロカロリー/日・人)

(西アフリカ)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 60,519 8,140 13.5 8,955 14.8 1,241
小麦 5,871 30 0.5 3,890 66.3 144
11,784 183 1.6 4,345 36.9 337
大麦 248 1 0.4 250 100.0 0
トウモロコシ 15,324 4,520 29.5 404 2.6 243
ミレット 13,979 1,799 12.9 5 0.0 267
ソルガム 12,801 1,569 12.3 29 0.2 244
熱量総計           2,669

(東アフリカ)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 48,115 2,621 5.4 11,981 24.9 1,026
小麦 9,388 4 0.0 6,411 68.3 188
5,724 500 8.7 1,211 21.2 143
大麦 1,775 4 0.0 239 13.5 29
トウモロコシ 20,572 1,913 9.3 3,151 15.3 465
ミレット 1,861 98 5.3 14 0.8 33
ソルガム 5,925 97 1.6 873 14.7 97
熱量総計           2,103

(南アジア)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 297,346 22,985 22.9 119,228 40.1 1,373
小麦 117,541 3,698 7.4 12,267 10.4 533
130,855 4,192 3.3 1,148 0.9 703
大麦 6,416 4,429 69.0 1,229 19.2 6
トウモロコシ 25,898 10,266 39.6 7,463 28.8 54
ミレット 9,250 295 3.2 30 0.3 0
ソルガム 7,349 95 1.3 26 10.0 42
熱量総計           2,386

(東南アジア)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 170,440 26,207 15.4 21,536 12.6 1,549
小麦 12,668 600 4.7 13,007 100.0 145
117,565 8,188 7.0 2,965 2.5 1,256
大麦 1,086 1 0.6 964 88.8 0
トウモロコシ 38,234 17,072 44.7 4,596 12.0 142
ミレット 204 75 36.8 127 62.2 2
ソルガム 87 63 72.4 55 63.2 0
熱量総計           2,657

中央アメリカ)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 54,432 21,501 39.5 19,441 35.7 1,549
小麦 6,816 91 1.3 4,688 68.8 145
1,727 0 0.0 1,050 60.8 1,256
大麦 1,347 282 20.9 647 48.0 0
トウモロコシ 34,909 12,304 35.2 9,999 28.6 142
ミレット 9 9 100.0 7 77.8 2
ソルガム 8,960 8,580 95.8 2,499 27.9 0
熱量総計           2,657

北アフリカ)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 67,271 154,521 22.9 28,791 42.8

1,791

小麦 35,187 2,601 7.4 16,920 48.0 1,100
3,905 130 3.3 183 4.7 170
大麦 4,392 307 7.0 672 15.3 54
トウモロコシ 18,169 9,667 53.2 10,537 58.0 294
ミレット 697   19.0 56 8.0  
ソルガム 4,577 750 16.4 376 8.2  
熱量総計           3,098

西アジア)

供給量:A 内飼料向け:B B/A 輸入量:C C/A 供給熱量
穀物計 73,241   22.9 38,246 52.2 1,541
小麦 38,300   7.4 17,883 46.7 1,190
3,481   3.3 3,525 100.0 169
大麦 17,125 14,441 84.3 8,498 49.6 2
トウモロコシ 12,180 8,550 53.2 7,463 61.3 113
ミレット 126 39 31.0 50 39.7 0
ソルガム 652 94 14.4 65 10.0 3