不法移民なしでは立ち行かない米国農業・アグリビジネス 不法移民取締り論争で露呈

農業情報研究所(WAPIC)

06.4.27

 豊かな土地、大規模化と高度の機械化と専門化、最先端の技術の適用、”工業化”により最高の生産性・競争力を獲得したはずの米国農業者とアグリビジネスが、低賃金と劣悪な労働条件で働く不法移民労働者なしではやって行けないと大騒ぎ している。

 米国議会下院は昨年末、不法移民を重罪に処し、メキシコから砂漠を越えて死に物狂いでやってくる不法移民の流れを止めようと、国境に高いフェンスをめぐらすことを決めた。農業者とアグリビジネスは、それではやって行けないと、不法移民を”ゲストワーカー”として国内に引き止める妥協案の採択を議会に迫っている。そのなかで、図らずも、自ら彼らの競争力[の基本的部分]がこのような労働者に依存するものであることを露呈したわけだ。

 これは今分かったことではない。しかし、農民を減らし、大規模化を進め、技術革新で競争力を強化しなければ日本農業は生き残れないと主張する”構造改革”論者は、そんなことには一言も触れていない。そこで、改めて、これら米国農業者・アグリビジネスや関係者の明かす事実を列挙しておこう。

 「米国の食品が安いのは、我々が事を効率的に運んでいるからだ。もし不要な労働力不足を作りだすことで効率性を一掃してしまえば、消費者に高い食品価格を強制することになる」(アメリカン・ミート・インスティチュートのスポークスマン)。

 もしメキシコ移民が入って来られなくなれば、食肉加工産業の一部がメキシコなど他の国に移動しなければならないのは確実だ(パーデュー大学農業経済学者)。

 食肉産業だけが問題なのではない。米国のすべての移民の40%が農業で働いている、米国農場労働者の25%から75%が不法移民と推定される(農業コンサルタント企業・World Perspectives)。

 アメリカン・ファーム・ビューローの最近の研究では、不法移民の弾圧による米国農業の損失は、最初の1-3年で50億ドル、4年目以降は120億ドルになる。

 果実・野菜部門は直ぐに影響が出るが、至るところ、特に中西部の作物・家畜飼育部門も影響を受ける。米国最大の作物であるコーン、大豆、小麦を植え付け、収穫するための機械の利用にもかかわらず、中西部農業者は、かつて家族が行った仕事を埋めるために、しばしば安価な移民労働者に頼る。大変な数の牛を扱う酪農事業の搾乳も移民労働者が行い、給餌、養豚・養鶏工場での苛酷で、不衛生で、危険な条件での労働も、ほぼ100%移民労働者が行っている(ファームビューロー)。

 数年前、移民帰化局がネブラスカで手入れ[不法移民取り締まり]をしたとき、ミートパッカーが十分な労働力を得られなかったために、生きた牛の価格が大きく下落した(World Perspectivesのアナリスト)。

 (以上、US agriculture and immigration tied in a knot,Reuters via Yahoo!news,4.26

  ほとんどが不法移民であるリンゴ園の摘み取り労働者は、時間ではなく収穫量に応じて賃金を支払われる。ワシントン州の統計によると、2004年、農業労働者は、年に810時間働いて平均8600ドルを受け取った。これは時給で10ドル40セントの相当する。

 (Farmers Say They've Got Fruit but No Labor,latimes.com,4.17;http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-yakima17apr17,1,7186260.story?coll=la-headlines-nation

 ミートパッカーの労働者は、100年前にシンクレアがこれほど恐ろしいところはどこにもないと「ザ・ジャングル」で書いたと変わらない惨状にある。

 この仕事を30年続けたきたマーチン・コルテスは「長いナイフと巨大な鋸、血と骨、北極のような冷気と蒸すような暑さの世界で働く。これがミートパッカーのラインの上での生活だ。とりすましている暇はない。ある者は流血シーンに耐えられない。来る日も来る日も数百の牛の肉と骨を切り刻む。・・・それは危険でもある。ある者は深い傷を負い、やけどをし、あるいは傷跡を残す。彼は怪我をしたことはないが、この仕事は勧めない」。アメリカのディナーの食卓の上のステーキやハンバーガーはこうして生まれる。

 100年前と変わったのは、東欧からの移民がメキシコや中米からの移民と交替したことだけだ。議会検査院(GAO)の2005年の報告によれば、フルタイム労働者の傷病率は1992年の29.5%から2001年には14.7%に減ったが、それでも他のどんな産業よりも高い。その上、移民は報復や失業を恐れて報告をためらうから、怪我と病気がすべて報告されているわけではない。GAOは、ナイフを振るう労働者は暗く、騒々しく、滑りやすく、耐え難く暑いか寒い高速のラインと工場で長時間たち続けており、産業は今でもひどく危険だと言う。

 手に大怪我を負い、指の感覚を完全に失った一労働者は、家族のためを思って何も言わない、英語もうまくしゃべれないし、教育がもいと言う。それでも、移民は、100年前と同じく、アメリカン・ドリームを夢見て、次から次へとやって来る。ある者はソマリア、スーダン、ベトナムからの難民だが、多くはメキシコ国境を超えてネブラスカ、カンザス、その他の州を目指して旅して来た者たちだ。ここでは、巨大な食肉工場が無尽蔵の労働を必要としている。55歳のコルテスは仕事を変えるつもりはない。しかし、新参者には教育を受けて、何か別のことをせよと諭す。

 (Meatpacking still a dangerous job,Chicago Sun-Times,4.25;http://www.suntimes.com/output/business/cst-nws-meat23.html

 最先端の農場や食肉工場も、このような労働者なしではストップしてしまう。いかに効率的な農場・工場も、「アメリカ人が望まない仕事」(ブッシュ大統領)を引き受ける移民労働者なしでは立ち行かない。それでも、消費者は、「”なぜ農家が必要なんでしょう?肉は店で売っています”だとよ。まったく、食い物は空から降ってくるとでも思っているのか?」(ピーター・ローベンハイム『私の牛がハンバーガーになるまで』日本教文社、272頁)。多分、牛丼狂いの日本の消費者もそうなのだろう。

 この労働実態は、牛の特定危険部位(SRM)除去能力についも疑念を生む。米国産牛肉輸入再開のための米国食肉工場の再点検項目にSRM除去マニュアルの確認と労働者等が日本向け輸出条件をどれだけ理解しているかのインタビューによる確認を含めることが決まったという(朝日新聞、4.26)。

 しかし、こんな工場でマニュアル通りの仕事ができるのか。労働者が輸出条件を理解していたとしても、それを満たす作業が実際にできるのか。点検項目の詳細は極秘のようだから、その他何が点検されるのか不明だ。しかし、こんな表面的点検項目を決めることさえ難航したとすれば、再点検でも実態把握は不可能だろう。輸入を再開したとたん、脊髄付き牛肉が発見されるかもしれない(しっかり検査すればの話だが。背骨は簡単に見つかっても、脊髄付着の発見はそう簡単ではない)。