2007年米国農業法案 補助金政策は微調整 マンデルソンの笛には誰も踊らず

農業情報研究所(WAPIC)

07.2.1

   ジョハンズ米国農務長官が31日、今年末で期限切れとなる2002年農業法に代わり、今後5年間の農業政策支出の大枠を定める2007年農業法案を提案した。

 Johanns Unveils 2007 Farm Bill Proposals
 Fact Sheet: USDA's 2007 Farm Bill Proposals
 TRANSCRIPT: Agriculture Secretary Mike Johanns Unveils Provisions of the 2007 Farm Bill

 ここでは、取りあえず、WTO・ドーハ・ラウンドの行方に大きく関係する特定商品補助政策に触れておくが、これに関する国際的批判への一定の配慮は見られるものの、従来の政策の基本的枠組みは少しも変わらない。

 先ず、2002年農業法で導入された景況対抗支払(CCP、Counter-cyclical Program)。これは現在の価格をベースとする支払を所得をベースとする支払に切り替えて存続させる。

 現在のこの支払は、市場価格が支払発動レベル以下に下がると、固定された収量と面積を基準に支払われる。しかし、これは価格変動に連動していることから、明らかに市場を歪曲するー価格低下→生産減少→価格回復という正常な市場の働きを阻害、世界市場価格の慢性的低迷を生み出すーとして、とりわけ農産物輸出国からの強い批判を浴びてきた。今後は、単位面積あたり所得が目標所得を下回った場合にこの支払を発動することにする。

 その理由は、既存のCCPが真のセーフティー・ネットとして機能していないということだ。CCPは実際の収量を度外視しているから、大豊作で価格が下がると生産者補償は過剰にさえなるが、減収で高価格のときに 起きる所得減少は補償されない。価格が高くても、干ばつや洪水で作物を失えば満足な収入は得られないのだから、これではセーフティー・ネットとして機能していないことになる 。しかし、所得ベースの支払にすれば、このような形で起きる所得減少も補償されることになるということだ。

 ただ、これにより、支払と価格との関係が完全に絶たれるわけではないから、この支払の市場歪曲効果にどんな影響が出るのかは不透明だ。また、このような変更に賛成しているのは エタノール燃料製造原料としての需要増大で価格が急騰しており、しばらくは価格低迷の心配がないトウモロコシの生産者団体・コーン生産者協会(NCGA)だけだ。大豆、小麦、米、綿花など他の生産者団体はすべて従来通りのCCPを望んでおり、この提案自体が実現しない可能性も強い。

 第二に、コーン、小麦、綿花、米、大豆など主要作物それぞれの固定価格(ローンレート)と市場価格の差額を支払うローン不足払いについても、ローンレートを多少引き下げるだけで継続する。従来のローンレートは高すぎて生産を刺激、結果として市場価格を引き下げてきたから、今後、ローンレートは過去5年の平均価格(最低年と最高年は計算から除外)の85%に定める。これで市場歪曲は最小限となり、生産者は補助金のレベルではなく、市場価格に基づいて作物を選択することになるという 。

 ただ、これによっても、将来のローンレートが現在のレートに比べて大して下がるわけではなさそうだ。ドル/ブッシェルで示されたローンレートは、例えば小麦で2.75→2.58、コーン・ソルガムで1.95→1.89、大豆で5.00→4.92に変わるだけで、米に関しはまったく変わらないと計算されている。これで市場歪曲効果がどれほど減るというのだろうか。 現在のような高価格が続けばともかく、価格低下が続けば支持レベルは簡単に今以上に高まる恐れがある。 その上、貿易歪曲効果が非常に高いとされる酪農製品と砂糖の価格支持制度はまったく手付かずで維持される。

 最後に、個別農家が受け取る補助金の上限は36万ドルとする従来の規程は変えないが、経営を分割してこの上限の何倍もの補助金をせしめる抜け穴は封じる。また、調整粗収入(AGI)が250万ドルを超える者は補助金を受け取れないとされてきたが、今後はこの基準額を大幅に引き下げ、20万ドルとする。ただし、2004年のデータでは、97.7%の納税者のAGIは20万ドル以下というから、新規則で補助金を受けられなくなる者はごく少数だ。

 ともあれ、このような従来の補助金政策の微調整では、ドーハ・ラウンドに対するいかなる影響も考えられない。徹底した自由主義路線を貫く英国の片田舎の議員からEU通商担当委員にのし上った若造が、EUは農産物関税を平均54%引き下げるというG20 の提案を受け入れる用意がある、米国も農業補助金を150億ドルにまで引き下げることができよう、などと一人で笛を吹き、踊っている。

 だが、54%引き下げを言うなど、彼の独断的越権行為にすぎない。29日に開かれたEU農相理事会で、フィッシャー・ボエル農業担当委員は、「先週のダボスでの世界経済フォーラムの際の折衝も含む最近の交渉相手との非公式な折衝にもかかわらず、2006年7月以来、実質的には何も変わっていない。ダボスでも、委員会は交渉 にかかわるいかなる数字も提案しなかった」と述べた。27ヵ国中、少なくとも15ヵ国の農相が、マンデルソン委員の行動を越権行為と見做している。

 2777th Agriculture and Fisheries Council meeting - Brussels, 29.01.2007 (provisional version),1.30
 
Mandelson faces EU ministers' ire,FT.com,1.30

 とりわけフランスのビュスロー農相は、マンデルソンの行為を”狂躁的”と呼び、ドーハ・ラウンド再開のための彼のやり方は”受け入れられない”、27ヵ国との相談なしで農業分野における交渉を打開するための提案をしたとカンカンだ。

 Peter Mandelson traité d'"agité" par le ministre de l'agriculture français,Le Monde,1.30

 フランスにはこんな提案は絶対に受け入れられないわけがある。今月初め、フランス国立統計経済研究所(INSEE)は、フランス農業者の生活レベルが、相次ぐEU拡大、CAP改革、ウルグアイ・ラウンドによる市場開放などで、1997年以来低下を続け、2003年には全世帯平均を10%か ら15%下回るところまで落ち込んだという研究報告を発表した。

 L'agriculture, nouveaux défis - Édition 2007

 戦後の農業近代化のお陰で、この50年に農業就業人口の80%、農業経営の4分の3が消えた。1955年には80%の経営が20ha以下だったが、2000年には100haを超える12%の経営が46%の農地を経営する。機械化と平均経営面積の増加で、労働生産性は年平均4.4%の速度で上昇した。しかし、もはや生産性上昇は限界に達した。農家は農外兼業収入を急増させているが、競争激化による農産物価格低下による農業所得の減少がそれ以上に激しく、相対的貧困化が進んでいる。改革派・ボエル委員は、将来はCAPの援助は期待できないから、農家は農外兼業も含む経営多角化で十分な所得を確保せねばならないと言う。だが、フランスの現実は、今でもそんなことは不可能だということを示している。

 そんななか、今年は大統領選挙だ。そこでさらなる自由化など言えば、政治的自殺行為であることは明らかだ。そのうえ、このような米国補助金改革案。マンデルソンがいくら笛を吹いても、誰も踊らない。