米国下院農業委 新農業法案採択 貿易歪曲的国内補助金は削減せず

農業情報研究所(WAPIC)

07.7.23

  7月17日、WTOドーハ・ラウンド農業交渉のファルコナー議長がトウモロコシ、小麦、米、大豆、綿花などの生産者に支払われる米国の貿易歪曲的(イエローボックス)国内農業補助金を米国が主張しているレベルを下回る130億ドル、または164億ドル以下に削減すべきと提案した。これを受け、交渉妥結には何よりも米国農業補助金の削減が必要としてきたインド・ナート商工相は交渉再開に向けた”良い基盤(good basis)”になると評価している。

 7月19日夜、米国議会下院農業委員会は、年間所得100万ドル以上の農業者への補助金 支払を停止し、事業単位の分割により一農場が受け取ることのできる上限を越える補助金をせしめる抜け穴を塞ぐための新たな規程を導入しただけで、これら補助金は従来通りに支払い続けるという新農業法案を採択した。

 参照http://agriculture.house.gov/inside/2007FarmBill.html

 もちろん、これが今後5年間の米国農業政策の基本的枠組みを定める新農業法の最終版ではない。しかし、ファルコナー議長が要請するような米国の農業補助金削減の実現がほとんど不可能に近いことを予告する。

 従来の様々な通商交渉と同様、ドーハ・ラウンド交渉の妥結を困難にしている最大の要因は、最大の交渉力を持つ米国が、普遍的利益ではなく、票田である個々の産業界や地元の利害に基づいてしか交渉に参加できないことにある。憲法が議会にのみ通商交渉権限を与え、政府はそれが許すかぎりでしか通商交渉をなしえないからだ。交渉の行方に強い関心を向ける政府や人々は、とりわけ米国の農業界、その利益を代表する議員の動きにこそ最大の注意を向けねばならない。

 議長や米国、EU、ブラジル、インドなど有力国政府の動きに一喜一憂するのはいい加減にやめにしたらどうだろうか。

 なお、下院農業委員会がとりわけ強調する現行農業法からのその他の改善(?)点は次の諸点だ。

 @従来支援が薄かった果実・野菜部門の強化と支援(16億ドルをを投入)。新たに設けられる「園芸及び有機農業」の章には、栄養、研究、病害虫防除、貿易促進プログラムが含まれる。

 A商品間のローンレートや目標価格を均等化、地域的不平等を改める。

 B作物価格上昇で記録的利潤を上げている作物保険会社への連邦支払レートを削減する。

 C土壌保全プログラム(浸食防止のために農地の草地・林地への転換を促す)、湿地保全プログラム(洪水常襲地などで耕作をやめ、草木を植えたり、本来の湿地を回復させる)、環境改善奨励プログラムなどの保全プログラムへの投資を拡充する。

 D農村地域における更新可能なエネルギー(基本的には輸送用バイオ燃料)の研究・開発・生産への投資を大幅に増やす。

 特に、Dによる原料作物の栽培面積拡大や作物・エネルギー収量増加のための(遺伝子組み換え品種導入・拡大も含む)品種変更・モノカルチャー拡大・窒素肥料増投は、Cの保全プログラム投資の環境改善効果を上回る環境破壊・汚染効果を生み出す恐れがある。これは”改善”ではなく”改悪”の可能性が高い。

 既にエタノール生産拡大のための大豆ートウモロコシ輪作の放棄ートウモロコシ単作・連作化は、失われたマメ科植物による空中窒素固定能力を埋め合わせるための窒素肥料増投が窒素の水系流出を増やし、河川が藻で埋め尽くされ、いかなる生物も住めない”デッド・ゾーン”も生まれるといった生態系破壊を促している(イリノイ大学のモデル研究では、輪作→連作で窒素の河川流出量は29%増える)。

 食料作物、あるいは食用部分の燃料生産への利用が食料価格を高騰させているという批判に応え、例えばトウモロコシの茎などを燃料生産に利用しようとする動きもあるが、それは本来は土壌に還元されるべき有機物を奪い取ることで土壌流亡を加速、土壌中の有機物の大気中の二酸化炭素吸収・固定能力を減らし、土壌をその排出源に変えることで地球温暖化も加速するという批判もある。

 関連情報
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