タイ米農家団体 湾岸諸国の米生産進出の試みに猛反対 リスクの高い海外農業投資

農業情報研究所(WAPIC)

09.6.23

  タイでの作物・家畜生産に強い関心を示しているという伝えられる湾岸諸国の動きに、タイ米農民や輸出業者が強く反発している。

 タイ主要紙の一つをなすNation紙の22日付の報道によると、彼らは、[湾岸諸国からの]投資が進めば農業部門の4000万以上のタイ人が職を失うばかりか、タイは伝統的知識と知恵を失う、政府がこの重要部門への外国投資家の参入を許せば、国の安全保障も破綻を見ることになると主張する。

 タイ米農家協会会長は、「政府は外国投資家のわが農業部門への参入を許してはならない。国の経済は農業部門に基礎を置いているのだから、これは国を外国人に切り売りするに等しい」と言う。

 昨年5月、もとはといえばタクシシ元首相に招かれてタイを訪れたサウジアラビア代表団はタイでの米生産に強い関心を示したが、当時のソムサック農相に、タイには外国人が農業に投資するとか、農業目的で国の土地を利用するとかを許す政策はないと追い返された(サウジアラビア投資家 タイとの連携でタイ・アフリカ稲作への進出を探る(08.5.17))。しかし、以来、湾岸諸国(バーレーン、クェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、UAE)は、外国人への農業部門開放の可能性に関するタイ政府の政策の詳細な説明を求めたきたのだという。

 しかし、タイ米農家協会会長によれば、農業部門、特に稲作部門はタイ人が独占せねばならない。元タクシン政府が外国小売業者の参入を許したことで損害を蒙った伝統的小売業者の例を上げ、農業部門、特に稲作部門は外国人から守らねばならないと言う。

 米輸出業界も、農業部門への外国投資家の参入に反対を表明している。タイは強力なノウ・ハウを持ち、稲作部門は高度に発展しているから、中東からの技術移転は必要としないと言っているということだ。

 Farm Secter:Reject mideast overtures',Nation,09.6.22
 http://www.nationmultimedia.com/2009/06/22/business/business_30105738.php

 (関連ニュース)
 Bahrain's Al Salam, Charoen to invest in agcltr,Reuters,6.21
 http://www.reuters.com/article/rbssFishingFarming/idUSLL45444220090621
 Gulf states show interest in Thai farms,Guardian,09.6.8
 http://www.guardian.co.uk/business/feedarticle/8547030 
 Thai, UAE talks to set up livestock farms,Emirates Business 24-7,09.6.4

 http://www.business24-7.ae/Articles/2009/6/Pages/03062009/06042009_83b2f6ee73064f0e8b351a3c546f563a.aspx

 他方、バンコク・ポスト紙によると、タイ商務省も、外国ディベロッパーが国の農業部門に投資できないのは法律からして明白だと言っている。省のビジネス開発局長は、1999年の”Alien Business Act B.E. 2542”は、外国人が農業と家畜飼育に関連するビジネスを所有することを禁じている、外務省はこの法律を理解するべきだ言う。そして、ビジネス開発局は外国人が農業部門への投資を試みていることも知らなかったという。

 局長によると、外国人は農業企業の株も49%までしか持つことができない。国には6万の[外国企業との]合弁企業があり、1500は土地取引と関係しているが、農業に関係するものは一つもないという。

 Govt: Foreigners can't farm here,Bangkok Post,09.6.22
 http://www.bangkokpost.com/news/local/146809/govt-no-farm-businesses-for-foreigners

 自国の食料安全保障の確保を目的とする”世界農地争奪”が始まっている、日本も乗り遅れるなと一部マスコミや識者がはやし立てている。日本政府も、企業にまかしておいては外国に負ける恐れがあると、国のバックアップによる外国農地・農業投資を模索し始めた。

 しかし、国の食料安全保障にかかわるような巨大規模の農地・農業投資は簡単には進まない。現地社会・環境への影響は巨大であり、現地コミュニティと相談もなく政府と企業が勝手に決めた協定・約定は、必然的に強い反発を招く。タイだけではない。

 韓国大宇と前マダガスカル大統領の間に結ばれた130万fの99年無償リース契約は、政変で生まれた大統領代理の手で葬られた(もっとも、大宇は諦めない。名前を変えて居残り、21万8000ヘクタールを保有し続けているいうNGO情報がある-http://news.mongabay.com/2009/0619-daewoo_madagascar.html)。

 フィリピンの土地・124万ヘクタールを中国企業にリースするという07年の中比政府間協定も、国の食料安全保障を危うくする、150万の農民が追い出される、1000ヘクタール以上の土地を企業に貸すことを禁じる国内法に反するなどのフィリピン国内の反対で、未だに棚上げされたままだ。

 1000万ヘクタールもの土地を南ア農民に99年無償で貸すというコンゴ共和国と南ア農民団体の協定も、実施延期を余儀なくされている。

 相手国住民の反発だけではない。既に58万5000ヘクタールが切り払われたといわれるインドネシア・メラウケ米生産団地の開発に大規模投資を約束していたサウジアラビアのビン・ラディングループは、金融危機のなか、こんな大金はとても払えないと、投資を凍結してしまった。

 こんな大規模投資は、政治的にも、経済的にもリスクが大きすぎる。

 投資者は、どこそこに何万、何十万、何百万ヘクタールもの土地を手に入れると大風呂敷を広げ、受入国政府も巨大な土地の売込み合戦に走っている。しかし、話がどこまで進んでいるのか、事業に手がついているのかどうか、確かなところはさっぱり分からない。

 国の食料安全保障のためと、小麦・トウモロコシ・大豆の大規模海外生産に乗り出そうとする日本の行き先は、先ずはブラジルのセラードだろうが、やはり、ルラ政府には歓迎されされても、大豆やサトウキビのプランテーションの拡大で 既に土地を追われた人々(土地なし労働者)やNGOの強い反発は免れない。

 直接はアマゾン森林を破壊しないとしても、大豆栽培、とくに牛放牧のためのアマゾン侵略を加速する間接影響は十分に確認されている。セラード自体の耕地化も、大量の炭素放出につながることが分かっている。

 こんなリスクを犯してまで、何故海外大規模生産に走らねばならないのか。ちなみに、現在輸入しているトウモロコシ、小麦、大豆をすべて海外生産で自給すれば、食料自給率(カロリーベース)は、多分70%近くまで上がる。しかし、そのためには、世界最高クラスの土地生産性を前提にしても、600万ヘクタール以上の土地が必要になる。

 10分の1の60万ヘクタールでは、自給率はせいぜい45%ほどに上がるだけだ。その60万ヘクタールでさえ、”新植民地主義”という現地社会の巨大な反発と環境破壊なしでは手に入れられないだろう。