日本政府 商社等の海外農地投資を後押し 新植民地主義の足音が聞こえる

農業情報研究所(WAPIC)

09.8.21

  日本政府が「国民への食料の安定供給」のために、商社等民間企業の海外食料生産を、国をあげてバックアップする。当面は大豆やトウモロコシ等に焦点を絞り、中南米、中央アジア、東欧などで、「投資環境の整備とともに、農業投資関連情報の収集・提供を重点的に実施する」という。8月20日に開かれた「外務省、農林水産省、財務省、経済産業省、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、日本貿易振興機構(JETRO)、日本貿易保険(NEXI)関係者が出席」し、農業・食料・環境・労働社会問題など専門家は不在の「食料安全保障のための海外投資促進に関する会議」の第5回非公開会合で決めた。

 「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」の公表 外務省 09.8.20
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/21/8/1195004_1104.html
 「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」について 農林水産省 09.8.20
 http://www.maff.go.jp/j/press/kokusai/kokkyo/090821.html

 食料の安定確保や将来の食料安全保障に不安を抱く国々が海外農地の取得に走る動きについては、被取得国の一握りの有力者に利益をもたらすだけで、農民・農村住民から土地・水・その他の自然資源を”収奪”する”新植民地主義”的な臭いがすると、国際的な批判の声が日に日に高まっている。このような声に対しては、「我が国は、投資側と被投資側のwin-win 関係を実現する、責任ある国際農業投資を促進し、世界における農業の持続可能性を確保するための行動原則及びベスト・プラクティスをとりまとめることを提案し、各国の賛同を得ている」と弁明する。

 しかし、植民地支配は被支配国の”近代化”に不可欠な経済的・政治的基盤の建設を通して被植民者にも利益を与えると主張することは、資源や労働力の支配を通じて”国家主権”を他国の領土に拡張する”植民地主義”が自らを正当化する常套手段だった。お互いの利益を強調しない植民地主義など、そもそも存在しなかった。「投資側と被投資側のwin-win 関係を実現する」と言うだけでは、”新植民地主義”の批判を逃れることはできない。問題は、「行動原則」の中身と、その具現にかかっている。それが適切さを欠き、また実現できなければ、日本も”新植民地主義”の道を辿ることになるだろう。

 この行動原則は次のようなものだ。
 
 @ 被投資国の農業の持続可能性の確保
   (例:投資側は、被投資国において、持続可能な農業生産を行う)

 A 透明性の確保
  (例:投資側は、投資内容について、契約締結時等において、プレスリリース等により、開示する)

 B 被投資国における法令の遵守
   (例:投資側は、土地取引、契約等被投資国における投資活動において、被投資国の法令を遵守する)

 C 被投資国の農業者や地域住民への適正な配慮
   (例:(イ)投資側は、投資対象の農地の農民及び所有者に対し、その農地の取得及びリースに関し、適切な対価を提供する。(ロ)投資側は、現地における雇用について、適切な労働条件の下、農民等従業員の雇用を行う)

 D 被投資国の環境への適切な配慮
   (例:投資側は、投資に当たって、土壌荒廃、水源の枯渇等、被投資国の環境に著しい悪影響を与えてはならない)

 E 被投資国における食料事情への配慮
   (例:(イ)投資側は、被投資国における食料事情に悪影響を与えないように配慮する。(ロ)投資側は、被投資国の主食作物を栽培している農地を他の作物に転換することにより主食作物の生産量を著しく減少させるような投資は行ってはならない)

 頭のいい役人によるそつのない作文のつもりだろう。しかし、中身は粗雑、実現可能性もゼロに近い。

 持続可能な農業生産とは何なのか。また誰がそうと認めるのか。ただ言ってみただけだ(農業の専門家は誰も会議に参画していないのだから、当たり前だ)。

 「透明性」は、計画・交渉段階から保証されねばならない。契約が決まってからでは遅い。とりわけ、現地関係者には、すべてが開示され、協議・交渉への参加も保証される必要がある。しかし、そんなことをすれば、交渉はすべて壊れるだろう。

 被投資国では法令が不備で、執行も確保されていないことが多い。国内法だけでなく、国際法(条約等)の遵守も不可欠だ。遵守すべき法令や条約には、大気、水源、土壌、保全地域、生物多様性、労働条件、農業慣行、土地に対する権利などに関するものが含まれねばならない。

 取得される土地の多くは既存の農地よりも、所有権が確立されておらず、現地農民や住民が共同で利用していることの多い森林・原野となるだろう。彼らが失うものは生活そのものである。恐らくは金銭による「適切な対価」で補償できるものではない。

 少なくとも、今は輸出農業・畜産の大規模開発で破壊が進んでいるとはいえ、なお世界にも稀有な動植物の宝庫であり・大量の炭素貯留源であり・南米主要河川(サンパウロ川、トカンティンス川、アラグアイア川、シングー川、パラグアイ川)の源流域であり・自給的牛飼いが生活の糧を得ているブラジル・セラードを、大量の肥料・農薬を投入する見渡す限りの大豆モノカルチャー・プランテーションに変えることの環境・社会影響の大きさは測り知れない。

 広大で肥沃な黒土の大部分が一握りの大地主の支配下に置かれているウクライナの土地を日本企業が取得、大地主の仲間入りをすれば、現地社会の排斥運動を誘発するだろう。今や、ウクライナでは、貧しい小農民や国民が、何故この貴重な財産の恩恵に与れないのかという”ナショナリズム”的感情も高揚し始めている。地域住民どころか、国民全体の反発を招く恐れもある。

 Ukraine's most undervalued resource, rich black soil, becomes focus of growing battle over land,Kyiy Psot,09.8.13
 http://www.kyivpost.com/opinion/op_ed/46921
 Ukrainian black earth: global battle for strategic resource:Why are Ukrainians not going to reap benefits from the food crisis?,The Day,09.7.21
 http://day.kiev.ua/277196/

 ほとんどすべての食料生産を灌漑に頼る中央アジアは、水不足が深刻だ。今後、ますます深刻になるだろう。増加する国民をどうやって養うのか、重大な問題に直面している。

 CENTRAL ASIA: Poorly maintained irrigation systems threaten agriculture,IRIN,8.19
 http://www.irinnews.org/Report.aspx?ReportId=85771

 そこへ日本企業の大規模モノカルチャー生産が進出、大量の水を日本の食料生産のために使うとなれば、現地農民の集中攻撃に直面することになるだろう。中国はカザフスタンに7000ヘクタールの入植地を確保しているが、現地農民の反乱を恐れるカザフスタン政府は、この事実自体を隠している。

 Apres un offensive discrete au Kazakhstan, la Chine lorgne les terres russes inexploitees,Le Monde,09.4.20
 http://www.lemonde.fr/planete/article/2009/04/20/apres-un-offensive-discrete-au-kazakhstan-la-chine-lorgne-les-terres-russes-inexploitees_1182891_3244.html#ens_id=1178742

 それでも、一度決めたからには後戻りできない。農業生産・経営など経験がない商社等が負う政治的・経営的・気象的リスクは大きい。しかし、それはすべて、政府が国民の血税で尻拭いする。政府の後押しで、強引な土地取得に動くことになるのだろう。そして、一度獲得した海外”領土”(権益)は、何があろうと手放すことはないだろう。さすがに武力行使はないだろうが、だからこそ”新”植民地主義なのだ。

 実際には肉食(洋食)を減らし・廃棄食品を減らすだけで十分なのに(海外農地など無用なのに)、日本は海外農地争奪で出遅れた、食料自給率40%では飢え死にする恐れもあるなどとこれを煽った一部”識者”やマスコミも、日本にもと来た道を辿らせた責任を問われる日が来るかもしれない。彼らは、本当に歴史に学ばない。

 日本が今緊急に必要としているのは、海外農地投資ではない。日本の食料自給率の引き上げのみならず、輸出国に広がる”持続不能な輸出農業”の拡大の必要性をも抑える肉食・食品廃棄減らしである 。
 

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