米国産牛肉輸入再開の決定が迫る 懲りない人間たちにつける薬は?

農業情報研究所(WAPIC)

04.9.13

 米国産牛肉輸入再開の決定の日が迫っている。ブッシュ大統領再選の障害の一つを大統領選挙の前に取り除く、これが日本政府の至上命題だ。政府の関心は、もともとそこにしかない。しかし、国民の関心が高いこの問題の決着には、もっともらしい根拠が必要だ。とりわけ、よってたかって「焦点」に仕立て上げられた「全頭検査」の問題で食品安全委員会が20ヵ月以下の牛の検査除外にゴーサインを出したことで、お膳立ては整った。あとは16日の「意見交換会」の儀式を残すだけ、それが終われば日米協議の決着をめざすだけだ。

 米国牛肉の安全性を疑わせる事実は既に出尽くしている。だが、当局はこれを「証拠」として取り上げようとはしなかった。意見交換会で政府方針を覆すような新証拠が出る見込みはない。

 食品安全委員会の結論が出ると、大手マスコミは、申し合わせたように、米国牛肉再開の決定は慎重にという社説を掲げた。その理由も申し合わせたように、現在の米国のシステムでは個々の牛の月齢が正確に確定できない、特定危険部位が適切に除去できない可能性があるというものだ()。

 だが、これらの問題はすべて官僚の狡智ですり抜けられるだろう。それこそ官僚の本領だ。読売新聞は、米国が検査対象から除外する牛を20ヵ月以下ではなく、24ヵ月以下とするように強く求めてきたことで、「事態の早期決着は難しい状況になってきた」と報じた(11日)。だが、翌日の日経新聞は、日本政府は民間が20ヵ月以下であることを調査で示せば「こうした農家から出荷される牛肉は輸入を認める方針」を固め、米政府内にも大統領選前の早期再開への思惑からこの提案を受け入れる可能性があると報じている。政治的至上命題に応える狡智はいくらでもある。

 不幸なことに、このような狡智ですり抜けることが最も難しい問題、現在の科学的知見からすれば人間の感染リスクを最も確実に減らすと考えられる牛の感染防止策―牛を健康に育てる飼育方法の促進、有効な肉骨粉禁止、最も優先されるべき措置については、ほとんどの人々が重大な関心を寄せていない。高いコストを要するこれが中心問題となれば、早期輸入再開などとても見込めない。だから、両国政府は、意図的にこの問題を焦点から逸らしてきた。人間感染の直接的リスクに気を取られるあまり、多くの国民も牛の感染リスクの軽減こそが最優先課題であることを忘れがちになっている。ちなみにEUは、BSEのリスクがある国(米国もそのような国の一つ)からの牛肉輸入は、特定危険部位の完全な除去(交差汚染もあってはならない)と有効な肉骨粉禁止が公的に証明されたものに限って認めている。

 この問題を取り上げたのは、知るかぎりでは、読者層が非常に限られた日本農業新聞だけだ。9月10日のその「論説」(社説に相当)は、この問題について、米国では、「BSEの感染源と強く疑われる肉骨粉の給与禁止措置の実効性が上がっていない点や、牛の肉骨粉を豚、鶏などに与えることができるため飼料工場での「交差汚染」が依然として心配だ。対策の不徹底は、消費者の不安を増幅させる。こうした問題が解決されない以上、輸入再開はできないのだ。それは、BSE検査対象牛を何歳にするかという、線引き以前の問題であることを指摘したい」と論じている。まさに正論だ。

 だが、この点について触れた唯一の大手新聞・毎日は驚くべき見解を披瀝する。その8日付の社説は、米国では「放牧が多いため肉骨粉など飼料の問題は小さい、比較的若い段階で解体されるなど、BSE発生が確認されにくい条件もある」と言う。いつからオーストラリアの話になったのだろうか。

 米国肉牛は、一般的には、6ヵ月頃から肥育・仕上げの過程に入ったあと、15ヵ月前後で出荷体重に達するように、ただただトウモロコシ・穀類飼料とミネラル・ビタミンを含み・成長促進剤としての抗生剤を添加された配合飼料を与えられ続ける。こんなことをしていれば、牛は早晩病気になって死ぬ。その前に出荷しなければならない。この間に放牧などしようものなら、たちまち体重が落ち、出荷体重に達するまでには生後半年から2年はかかると言われる。ひたすらこうした飼料を与えられ、牧草地から隔離された糞尿泥まみれの飼育場に閉じ込められた牛たちが、のんびりと草を食む幸福このうえない健康な牛に変身するのは、挽肉にされたあと、マクドナルドの看板の中でだけだ。論説委員たるものがこれを知らないはずがないから、これは情報操作なのだろうか。

 このような状態であってみれば、16日の意見交換会も早期輸入再開決定に向けての通過儀礼にすぎないだろう。消費者がボイコットするのも一つの選択かもしれない。だが、政治的至上命令のもとでは、それでも事態が変わらないだろう。あとは「食肉生産装置」に変えられた牛たちの反乱を待つだけかもしれない。私の手元に英語で書かれ、全文にメロディーつけて吹き込んだCDを付録にする一冊の絵本がある。いずれハンバ―グになるという自分の運命を知った若い雄牛が、チェ・ゲバラに触発され、フィデル・カストロの手厚い支援を受けて、遂に人間に向かって蜂起する物語だ。狂っているのは人間の方だというBSEの警告にもかかわらず、米国牛肉輸入禁止で安くて美味い牛丼が食べられなくなったと不平を言う輩が後を断たない人間社会、人はこんな夢想は荒唐無稽と笑い飛ばすほどに想像力を失ってしまったのだろうか。

(注)

・「米国産の牛肉輸入再開では、検査対象を20カ月超に設定しても月齢管理のあいまいさが問題になる。米国では牛を1頭ごとに月齢管理しておらず、歯の生え具合から月齢を推定している。若牛の場合、出荷されるのは平均で月齢約18カ月とされるが、月齢があいまいなゆえに運用面で混乱が生じる心配がある。危険部位の扱いも基準があいまいだと、あらぬ不安を招く恐れがある。
 BSE対策の見直しには、米国産牛肉をめぐる日米交渉の影がちらつくが、交渉を意識して基準を決める必要はない。輸入再開では米政府に国内基準の順守と保証を求めればよい。安全委に求められているのは国民の食の安全・安心確保だ。専門家がBSE対策の基準をあいまいな形でしか提示できないと、安全への信頼がかえって揺らいでしまう。」(日経、9.8)。

・「全頭検査が見直されれば、米国産牛肉の解禁交渉が本格化する。日本は、国内の新基準に沿って譲歩する見通しだが、米国では生後二十か月以下で処理される牛が多く、交渉が進めば年内にも輸入が再開されそうだ。
 危険部位の除去は、欧州各国でもすべての牛について実施されるほど重要な対策だ。対日輸出分にも同じ措置を取るよう、米国に求めるべきだろう。
 日本と飼育方法が違うことなどで、米国では、牛の生年月日の正確な認定が難しいようだ。ただ、「生後二十か月」がまったく尻抜けでも困る。米国は、月齢管理の手法を工夫する必要がある。」(読売、同)。

・「全頭検査の見直しは、米国からの牛肉の輸入再開を急ぐ政府内の動きと連動するかたちで進んできた。今回の見直しを日米協議の打開につなげようとの思惑も見える。
 だが、輸入再開には解決しなければならない問題がいくつもある。
 日本では牛一頭一頭について産地や月齢がわかるが、米国では群れで管理していることも多い。20カ月以下の牛を除外する場合、正確な月齢をどう証明するかは大きな課題となるだろう。
 危険部位の除去も、日本ではすべての牛が対象だが、米国では30カ月以上だけだ。米国は検査頭数も増やしてきたというが、この春にはよろけていてBSEの疑いがある牛が検査からもれる事例もあった。
 全頭検査を見直しても、日本と米国の安全対策にはまだまだ大きな差がある。日本の消費者の不安は消えない。政府は日本の牛肉と同じような安全対策を米国に求めてほしい。それが輸入を再開するのに必要な条件だろう。 」(朝日、同)。