末梢神経組織に異常プリオン検出 SRMではない、感染牛排除こそ重要

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.3

 厚生労働省と農林水産省は1日、仙台市で開かれている「プリオン病国際シンポジウム」において、農業・生物系特定産業技術研究機構動物衛生研究所プリオン病研究センターが、今年3月にBSE感染が確認された農場死亡牛(当時94ヵ月齢、11例目)の坐骨神経、脛骨神経等の末梢神経組織(PNS)、副腎に僅かな量の異常プリオン蛋白質が検出されたと発表したことを明らかにした(死亡牛BSE検査で感染が確認された牛における異常プリオンたん白質の蓄積に関する調査研究結果についてhttp://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/h1101-3.html)。末梢神経組織や副腎からの異常プリオン蛋白質の検出は初めてのことで、今後、これら組織の感染性の研究も行われる予定という。

 これは決して予想されなかったことではない。牛の体内に取り込まれた異常プリオン蛋白質が増殖しつつ、どんな経路で脳などの中枢神経組織(CNS)に到達、発病に至るのかは解明されていない。しかし、羊や実験動物モデルの研究により、異常プリオン蛋白質がPNS、特に消化管の自律神経組織に存在する可能性が示されてきた。実験的に感染させたマウスやハムスターや自然状態の羊のスクレイピーの病因論研究では、経口で取り込まれたのち、腸のリンパ組織や神経組織で増殖、自律神経組織の管を通って脳や脊髄(CNS)に接近することが示されている。さらに、CNSに到達したのち、感染はCNSの入り口から拡散、PNSに広がっていく可能性も示唆されている。

 今までの限られた研究では、感染牛のPNSに異常プリオン蛋白質の存在が確認されなかったとはいえ、またその感染性は確認されなかったとはいえ、このように強い疑いを持つに十分な根拠はあった。EUが回腸遠位部だけでなく、腸全体を特定危険部位(SRM)に指定したのは、日本で強調されるように、ヨーロッパでは腸の利用価値が低い、回腸遠位部が的確に除去される保証がないといった理由からではなく、このような理由による。英国で現在進行中の未完の研究が進めば、これら組織の感染性も確認されることになるかもしれない。従って、今回の発見は「衝撃的」出来事とは言えない。

 それにもかかわらず、感染性がはっきり確認されるまでは決してSRMに指定しようとしないリスク管理者に対しては、今回の発見は一定のインパクトを与えたようだ。厚労・農水両省は、「今回、末梢神経組織の一部や副腎で確認された異常プリオンたん白質の量は、現在、SRMに指定されている三叉神経節よりも相当少なく、今後行われる感染性の試験結果や国内外での知見や議論を踏まえ、食品安全委員会のリスク評価に基づき対応することとなります」と言う。しかし、いかに微量とはいえ、末梢神経組織に異常プリオン蛋白質の存在が確認されたことは、筋肉も含めた感染牛のあらゆる組織の汚染の可能性も示唆する。それは、SRMの範囲にとどまらない、BSE対策全体の見直しも迫っている。

 1日付の朝日新聞によると、”BSEに詳しい小野寺節・東京大学教授は「筋肉中の神経で異常プリオンがみつかったのは初めて。BSEの末期に脳から末梢神経に飛んでいったと思われる。今回は高齢牛特有の現象と考えられ、ごく微量なため現状の検査態勢なら食の安全に影響するものではない”と語ったという。しかし、いかに微量とはいえ存在し、牛を利用するかぎり排除できないとすれば、リスクの大きさは感染を見逃されて食物・飼料連鎖に入る感染牛の数や、その利用状況に依存する。牛肉や微量の異常プリオン蛋白質を含むその他の組織を食べる量だけではなく、牛由来の原材料を使用して製造・加工される食品、医薬品、化粧品等からくるリスクも考慮せねばならない。これらにおいては、現在はSRM、あるいは危険部位とされていない部位の微量の異常プリオン蛋白質が濃縮されて含まれる場合もあり得よう。

 要するに、日本ではともすると忘れられがちの、すべての感染牛を食物・飼料連鎖から排除するというBSE対策の基本に立ち返らねばならないということだ。しかし、高精度の生体検査が実用化されればともかく、すべての感染牛を発見・排除することは、現状では不可能だ。従って、このために手探りで開発されてきた新たなBSE発生防止策を含むあらゆる手段が動員されねばならない。

 不幸にして、日本では、限界のあるBSE検査が万全のリスク軽減策であるかのような単純化が幅を効かしてきた。それが否定された今、今度はSRMの除去がそれにとって代わろうとしている。だが、SRMの除去は一つ一つでは限界のある数あるリスク軽減策の一つにすぎない。それは、もともと、牛肉産業の存続のために考案された妥協的リスク軽減策にすぎす、その限界は今回の発見で誰もが感得したであろう。単一の万全なBSE対策はないことを肝に銘じるべきである。この発見は、BSE対策の基本に立ち返る機会として生かされねばならない。

 とはいえ、そもそもの起原、病原体、感染経路、発病のメカニズムなど、未だに未解明なBSEについては、いかにしても万全と言える対策はないであろう。それを承知で、考えられるかぎりの最善の努力を続けるほかはない。そのために、EUがこれまでに手探りで考案してきた様々な対策を、改めてまとめておこう。

 ・獣医検査:BSEを疑われる牛が食料・飼料連鎖に入らないように保証するための、屠畜に出された牛の獣医による検査の義務づけ(90年4月)。

 ・牛・羊・山羊に哺動物肉骨粉(MBM)を与えることの禁止(94年7月)。

 ・反芻動物廃物処理の高度の加工基準(95年1月)とその強化:MBM生産のため使用されるすべての哺乳動物廃物の加圧過熱処理(113℃-3気圧-20分)の一律義務化(97年4月)。

 ・BSEの発見・統制・根絶のためのサーベイランス措置(98年5月):獣医による能動的監視と検査を通じての受動的監視。

 ・淘汰:感染牛と同一の飼料を与えられた可能性の高い牛の屠殺・廃棄。加えて感染雌牛の最近の子の淘汰(母子感染の可能性)。

 ・牛・羊・山羊からのSRM除去(EU全体では00年10月から):SRMの牛の腸全体と脊柱への拡大(01年3月)。BSEが高度にありそうもない国・地域からのものを除く輸入肉・肉製品にも適用。

 ・高リスク牛に標的を絞ったBSE検査の導入(01年1月)。

 ・食料生産のための農用家畜の飼料への加工動物蛋白質の利用のEU全体での停止(01年1月)。これは交差汚染防止のためのMBMとそれを含む飼料の回収、飼料の加工・貯蔵・輸送基準の専用化と顕微鏡検査の継続で再強化。ただし、魚粉は厳格な条件下で使用可能。反芻動物脂肪の処理基準強化。

 ・動物飼料の厳格な統制:人間の消費のための動物副産物の保健ルール(0210月採択、035月発効)。(1)獣医の検査で人間の消費に適しているとされた動物からの物質のみが飼料連鎖に入ることができる、(2)飼料は最高度のレンダリング基準(加圧加熱)で加工されねばならない、(3)飼料を生産するレンダリング施設は交差汚染回避のために専用化されねばならない、(4)94年以来の反芻動物に関する同一種リサイクル(共食い)禁止の他の動物種への拡張。

 これらも厳格な実施が確保されなければ意味がない。欧州委員会の食料・獣医局(FVO)が加盟国当局によるEU規則の正確な実施・執行・監督を検証するための検査を実行、違反が確認された場合には欧州委員会が加盟国に対して手続を取ることとされている。

 消費者は、検査やSRM除去で「安心」、「楽天」を買おうとする甘言に騙されないことが肝要だ。