英国の新仮説、vCJD既発症者の感染源は70年代のベビーフード vCJD禍は端緒にすぎない

農業情報研究所(WAPIC)

053.7

 英国・ガーディアン紙の報道によると、リチャード・W・レーシー博士などと共にBSEが人間に伝達する可能性について早くから警告してきた微生物学者・ステフェン・ディーラー博士(Stephen Dealler、Lancaster Royal infirmary)が、BSEの人間版とされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)で死んだ若者たちは70年代まで遡る汚染ベビー・フードで感染したという仮説を提唱している(BSE 'may have entered baby food in 70s',The Guardian,05.3.4;http://www.guardian.co.uk/bse/article/0,2763,1430267,00.html)。政府諮問機関である英国海綿状脳症委員会(SEAC)は3月3日、vCJDが血液を通して人から人に感染する可能性が高いことを証拠立てる最近の知見に鑑み、さらなるvCJD感染防止措置を取るべきかどうかを焦点とする会合を開いたが、この仮説はこの会合でも取り上げられたようだ(⇒http://www.seac.gov.uk/agenda/agen050305.htm)。

 この会合は、人間のBSE関連病は様々な発現型を持ち、必ずしもvCJDとは限らない、これまでのvCJD患者とは異なる遺伝子型の人にも多数の潜在感染者がいる可能性がある、これらの潜在患者の血液を通しての人から人への感染があり得るといったことを証拠立てる最近の知見に鑑み、とりわけ「二次感染」の問題に焦点を当てた。牛から人への感染に関しても、特定危険部位(SRM)以外の臓器でも、炎症を起こしていれば感染源となり得るという最近の知見も取り上げられ、人間の感染を防ぐためにはSRM除去で十分かどうかも論議されたようだ。

 その結果(未公表)次第では、vCJD発症者の減少傾向(04年の新たなvCJD死者は95年以来最小の9人に減った)からして、今後のvCJD発生はせいぜい数百人にとどまるだろうという最近有力な予測も根本的修正を迫られよう。しかし、この新たな仮説が立証されれば、現在(05年2月4日)までに154人(うち生存者6人)に達した英国のvCJD発症者は、主に牛特定臓器(脳、脊髄など)が人間食料から排除されるまでの80年代のハンバーガーなどを食べることで感染したという仮説が覆されることになる。そうなれば、このような想定に基づく従来のvCJD発生予測モデル自体が無意味になってしまう。日本のvCJDリスクはゼロに近いという英国モデルに基づくお馴染みのリスク評価への信頼も根底から揺らぐだろう。

 ディーラー博士は、現在までの英国のvCJDは、70年代のベビーフードを感染源とするその”第一波”にすぎない、ティーンエージャーその他の人々がハンバーガーを含む汚染肉を食べた80年代の半ばから末までに、さらなる感染があったはずだと言う。だとすると、今後、未だ現われていない”第二波”が到来することになる。

 彼によると、幼児の消化管壁は[異常プリオン蛋白質が]浸透しやすいから、成人よりも感染しやすい。しかし、それでも感染から発症までには25年ほどかかる。後に感染した人々は発症までに40年から50年かかり、一生発症しないかもしれない。しかし、この場合にも感染を広げる可能性はあり、供血を40歳代以下の者に依存する輸血血液サービスの悪夢になるかもしれないという。

 彼は、この仮説が類似の病気やパプア・ニューギニアのクールー病からの証拠にフィットすると主張する。「それは、新生動物がより年を取った動物よりも容易に、しかもより少ない感染性物質で感染することを示している。人間の真のBSEはスタートしたばかりだ。我々が今見ているのは弱齢児童での端緒である」と言う。ただ、このアイデアの立証は難しく、食品製造業者は70年代と80年代のデータを彼に渡すのを拒んできた。外国の感染者・15人に関するデータも英国にはなく、米国の感染者一人が英国滞在時にベビーだったことが分かっているにすぎないという[注:この米国の感染者は、英国で生まれ、米国に移住して12年後、昨年6月に25歳で亡くなったフロリダの女性である]。

 ガーディアン紙によると、SEACは彼のこのアイデアに懐疑的だが、それでもvCJD犠牲者の平均年齢が未だに20代後半であることを心配しているという。現在までの犠牲者が80年代に感染した当時のティーンージャーやその他の成人だとすれば、その平均年齢はもっと高くなっていいはずだからだ。動物と人間の潜伏期間に関する彼の仮定を疑問にする科学者もいるというが、CJDサーベイランス・ユニットのジェームズ・アイロンサイド教授は、慎重ながら、「ベビーフードへの暴露は確かに一つの可能性」と認めたという。

 他方、SEAC議長で、インペリアル・カレッジ・ロンドンの教授であるクリス・ヒギンズは、感染が起きやすい一定の年齢の範囲があることは認めるが、この仮説についてはデータの詳細を見るまでは納得できないと言う。いずれにせよ、BSEvCJDの感染源や感染・発病のメカニズムについては、未だに解らないことばかりだ。彼の仮説は立証されないかもしれない。しかし、他の仮説にも確証があるわけではない。この仮説を無視してよい理由はない。SEACの会合はどう議論したのだろうか。