プリオン専門調査会 米加産牛肉輸入再開問題で実質審議へ 

ー消費者を煙に巻く定量リスク評価は有害無益ー

農業情報研究所(WAPIC)

05.7.8

 食品安全委員会プリオン専門調査会が14日、米国及びカナダの「牛肉と牛の内臓」の輸入再開問題に関する実質審議を開始した。

 米国については、「現在の米国の国内規制及び日本向け輸出プログラムにより管理された米国から輸入される牛肉及び内臓を食品として摂取する場合と、我が国でと殺解体して流通している牛肉及び内臓を食品として摂取する場合の牛海綿状脳症(BSE)に関するリスクの同等性」、

 カナダに関しては、「現在の米国の国内規制及び日本向け輸出基準により管理されたカナダから輸入される牛肉及び内臓を食品として摂取する場合と、我が国でと殺解体して流通している牛肉及び内臓を食品として摂取する場合の牛海綿状脳症(BSE)に関するリスクの同等性」

という厚生労働大臣及び農林水産大臣からの「食品健康影響評価」に関する諮問に答えようとするものだ。

 もしここでリスクが同等以下であるとの答申が得られれば、日本政府は、基本的には特定危険部位(SRM)が除去されており、またSRMによる交叉汚染がないこと、それが由来する牛が20ヵ月以下であることを米・加当局がそれぞれの定める手続きに従って証明する牛肉及び内臓の輸入を再開することになる。

 プリオン専門調査会は、この諮問に答えるために、肉骨粉など感染源の侵入状況や飼料規制やサーベイランスの有効性を精査することで米国とカナダのBSE「汚染状況」、あるいは「汚染度」を確認、さらにSRMが完全に除去されているかどうか、SRMによる交叉汚染が排除されているかなどを知るために、と畜場対策の実態についても審議するという。

 これは当然のことだ。そうでなければ、リスクが同等かどうか判断できるはずがない。しかし、これには、大変な不確実性が伴う。確実に「同等」というためには、最大限に見積もっても人間の感染リスクは比較が無意味なほどに「微小」とするほかない。消費者もその場合にのみ納得する。筆者は、プリオン専門調査会の作業がこれを確認するためのものとなることを恐れる。

 7月7日の日本農業新聞は、「米国農務省の委託でハーバード大学が実施した汚染度のリスク評価によると、最悪のシナリオで感染牛発生頭数は600頭。日本との飼育頭数の違いなどを踏まえ、どう評価するのかが鍵となる。試算による数字が独り歩きする懸念はある。しかし、数字で示すことで消費者の理解を促すメリットもある」という吉川プリオン専門調査会座長の談話記事を掲載した。難しい計算で消費者を煙に巻いてしまおうとする意図が感じられる。実際、貿易促進を優先して安全確保に関しては緩みに緩んだ国際獣疫事務局(OIE)の新基準が定める条件さえ下回る輸入条件を正当化するには、それ以外に方法がない。調査会は、こんな計算に血道をあげるより、最低限、OIEの基準を満たすような新たな輸入条件の決定に資するべきと考える。

 OIEの新基準では、脱骨骨筋肉とその他の牛肉や内臓では輸入条件は異なる。脱骨骨格筋肉(機械的分離肉は除く)にかぎっては、スタンニングとピッシングを受けておらず、それが生前・死後検分を受け、BSEを疑われるかBSEと確認されなかった30ヵ月齢以下の牛からのもので、かつ特定危険部位(SRM)による汚染を回避するような方法で調整されたものならば、輸出国のBSEステータス(汚染状況)にかかわりなく輸入できる。

 しかし、諮問に言う「牛肉と牛の内臓」の中身は詳しく定義されていない。米国の輸出プログラムの対象も「牛肉及び牛の内臓」というだけである。カナダの基準の対象は「生鮮/冷凍の筋肉、切り落とし、内臓及びバラエティミート」ともう少し具体的だが、脱骨骨格筋肉を明示する規定はない。まず何よりも、諮問にいう「牛肉」の定義を明確にする必要がある。そして、脱骨骨格筋肉の輸入に限っても、現在のこれら「プログラム」や「基準」によって脱骨骨格筋肉自体について定められた条件が有効に満たされるかどうかが検証されねばならない。 その上に、日本政府も認めてしまったこのような新基準自体が安全確保のために妥当かどうかも改めて問われるべきだろう。

 脱骨骨格筋肉以外の牛肉・牛肉製品や内臓については、明らかにOIEの基準も満たさない。この場合には、輸出国のBSEステータスに無関係の貿易条件は許されない。リスクが無視できる国からの輸入は無条件で可能だが、米国もカナダも、今や発生国であり、リスクが無視できる国でないことははっきりした。「管理されたリスク」国か「決定されないリスク」の国かのどちらかだ。

 「管理されたリスク」国ならば、生鮮肉や牛肉製品は脱骨骨格筋肉とほぼ同様な条件で輸入できる。しかし、米国やカナダが「管理されたリスク」国であることを証明するためには、まず何よりも、

 @「反芻動物由来の肉骨粉と獣脂かすが反芻動物に給餌されなかったことを適切な統制と監査を通して立証」した上に、

 AOIEサーベイランス基準が定める「標的集団(BSEに合致する症候を示す牛、へたり牛、死亡牛、通常のと殺牛)内のBSEと合致する症候を示すすべての牛の報告を奨励する獣医、農業者、牛の輸送・販売・と殺に関係する労働者の実施中の啓蒙計画、BSEと合致する症候を示すすべての牛の義務的通報と調査、サーベイランスとモニタリングのシステムの枠内で収集された脳またはその他の組織の承認された試験所での検査」が実施されており、かつ

 B「BSEのすべてのケース、及び病気と診断される前後2年以内に生まれた雌のケースのすべての子、生後1年の間、BSEのケースと一緒に飼育されたすべての牛と、この期間に同一の汚染された可能性のある飼料を食べたことを調査が示すすべての牛、またはこの調査の結果が確定的でない場合にはBSEのケースと同一牛群において、このケースの出生から12ヵ月以内に生まれたすべての牛が、もし国・地域・これら内部の区域で生きていれば永久的に識別され、監督される、と殺されるか死んだときには完全に廃棄される、という条件が満たされる」

ことを立証せねばならない。

 この有効な実施が確認されなければ、米国とカナダは「決定されないリスク」の国に分類するしかない。そうなれば、日本向けの脱骨骨格筋以外の肉・肉製品は、@BSEと疑われなかったか確認されなかった、A肉骨粉と獣脂かすを与えられず、B生前・死後検分を受け、Cスタンニングとピッシングを受けなかった牛からのもので、SRMや、脱骨の過程で汚染された神経・リンパ組織、12ヵ月齢以下の牛の頭蓋と脊柱からの機械的分離肉を含まないことを立証せねばならない。緩和されたOIE基準に従ってさえ、現在の条件をはるかに越える輸入条件が要求されるのだ。

 プリオン専門調査会の審議は、怪しげな数字をはじき出すためにはなく、BSEステータス決定のためにこそ、米加両国のBSE対策の有効性の徹底的な検証を目指すべきだ。最低限必要な輸入条件の決定のためには「定量」評価など無用、このような「定性」評価だけで十分だ。現在の輸入条件は、せいぜいこれらの輸入条件の一部を満たすにすぎず、あまりに不完全なものであることは明白だ。 誤解のないように言っておけば、筆者はOIE基準が満たされればよいと言っているのではない。現在の輸入条件がこの最低限基準さえ満たさないことを問題にしているのである。