OIE・BSEコード改正案 農水省がコメント 議論の本筋から逸れる恐れ

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.18(2.20追補)

  マスコミ報道によると、農水省が7日、今年5月のOIE(国際獣疫事務局)総会に提出されるBSEコード改正案に対するコメントを発表したそうである。昨年9月に示された改正案が公表されたのは今月になってから、2月7日の専門家会合、14日のリスクコミュニケーションを経てあわただしくまとめられたであろうこのコメントの中身の詳細は未だ不明だ。相変わらずマスコミ報道が先行、公表されたというコメントの本体は一般国民には未だ見ることができないからだ(金曜日の発表だから、多分来週初めに公開されるのだろう)。従って、このコメントに対するコメントをするのは時期尚早だ。

 しかし、マスコミ報道が伝えるように、前年の改正でBSEリスクステータスと無関係に貿易できるとされた脱骨骨格筋肉(骨なし牛肉)が由来する牛の月齢要件(30ヵ月以下の牛にかぎる)と、「BSEのケースと疑われなかったか、確認されなかった」という要件の削除に反対していることだけは確かであろう。この問題については消費者の関心も高い。結構なことではあるが、反面、BSEに関する議論がますます本筋から逸れていくのではないかという危惧も感じる。

 問題は、そもそも骨なし牛肉をBSEリスクステータスと無関係に貿易できるとした昨年の改正にある。これが妥当かどうかが問題の本質であるのに、いまや月齢要件などの末梢的問題[結局は、何ヵ月以下の牛ならば、感染していても特定危険部位=SRMさえ除けばリスクは微小という不確実な根拠に基づく”定量評価”の問題に行き着く]に議論の焦点が移ってしまったのではないか。このことに危惧を感じるのである。

 科学的にはほとんど未解明なBSEに関するリスク管理の基本は、BSE感染牛を人間と動物によるあらゆる利用から排除することにある。BSEが存在するかぎり、完全な排除は難しいから、現実的目標は、利用に供される感染牛の数の可能な限りの削減となる。

 骨なし牛肉をリスクステータスと無関係に貿易できるとした昨年の決定の一つの根拠は、それが由来する牛が「生前及び死後の検視に服し、かつBSEのケースと疑われなかったか、確認されなかった」牛だから、感染牛が食用に供されることは排除できるということだった(少なくとも、わが国農水省はそう断言した)。しかし、生前及び死後の検視やBSE検査ですべての感染牛を発見することはできないのから、これが欺瞞であることは明らかだ。検視や検査は、利用に供される感染牛の数の可能な限りの削減のための限界ある一手段にすぎない。そのための最も重要で、基本的な手段は、感染牛の数そのものを減らすことにほかならない。

 だからこそ、OIEはあり得る感染牛の数に応じたBSEリスクステータスを定め、それに応じた貿易条件を定めてきたわけだ。”無視できるリスク”ステータスに分類される国・地域には感染牛はほとんどいないと推定できるから、ほとんどの物品は無条件で貿易できる、”管理されたリスク”ステータス、”決定できないリスク”ステータスの国・地域では感染牛が存在する可能性が高いから、それなりの貿易条件が課されるということだ。骨なし牛肉がリスクステータスと無関係に貿易できるとするためには、SRMによる汚染がないことはもちろん、それ自体にも病原体や感染性がまったくないことが保証されねばならない。そうでなければ、”管理されたリスク”ステータス、”決定できないリスク”ステータスの国・地域に存在するであろう感染牛から生じ得るリスクを回避できないからだ。

 ところが、骨なし牛肉をリスクステータスと無関係に貿易できるとした昨年の改正案に対するコメントで、農水省も、

 「コード委員会は、当該組織の感染性を証明する試験報告はないという認識に基づき、骨なし筋肉及び血液・血液製品を無条件物品に追加することを提案している。しかしながら、我々が承知する限りでは、この点に関して実施された試験は極めて限られており、リスク管理措置の変更につながるような新たな知見は最近報告されていない」とした上に、

 「最近我が国において、と畜場における緊急とさつ牛及び農場における死亡牛のBSE感染牛から、SRM以外の組織(腰神経等の抹消神経)に微量の異常プリオンたん白質の蓄積が確認されたことに留意願いたい。動物衛生研究所がこれら組織の感染性を確認するための試験を現在継続しているところである。この試験は2年以内に終了する見込みである。極く限られた科学的根拠が利用可能な状況においては、人と動物の安全を確保するため、より慎重なアプローチが採用されるべきである」と述べている。

 この事情は現在もまったく変わっていない。それどころか、抹消神経等に低レベルの感染性を検出したというドイツの新たな知見も現れた(Buschmann A & Groschup MH,J Infect Dis. 2005 Sep 1;192(5):934-42)。骨なし牛肉自体に病原体や感染性がまったくないことは保証できていないし、保証されない可能性が一層高まってさえいる。月齢要件の削除は論外だが、昨年の決定そのものが見直されねばならないと考える。

 骨なし牛肉をめぐる議論がどう決着しようと、リスクステータスの決定と各国・地域のステータス分類の方法が適切でなければ、問題は解消しないことにも注意せねばならない。この点に関しても、新たな改正案には、また現行コードにも、様々な問題がある。新たな改正案で特に重大と思われるのは次の二点だ。

 第一に、コードは、リスクステータス決定に際して、「BSE発生とその歴史的配景(perspectives)のあり得るすべての要因を確認する・・・リスク評価の結果」(2.3.13.2条の1)を考慮すべきとしているが、改正案は、このリスク評価の一部をなす「侵入評価」の考慮要因に関する重大な変更を提案している。すなわち、このような考慮要因の一つである「国、ゾーン、コンパートメントにおける動物の伝達性海綿状脳症(TSE)病原体の存在または不在、もし存在するならば、サーベイランスの結果に基づくその蔓延度(prevalence)に関する証拠」(2.3.13.2条の1のa)を、「国、ゾーン、コンパートメントにおけるBSE 病原体の存在または不在、もし存在するならばその蔓延度(prevalence)に関する証拠」に改めるという。そうなれば、例えば、鹿の慢性消耗病(CWD)のようなTSE病原体は考慮外となる。もっと重大なのは、この評価が基づくべき「サーベイランスの結果」も考慮されなくなることだ。

 この点に関して、EUは、「サーベイランスの削除は支持できない。リスク評価が信頼できるデータに基づかねばならないとすれば、サーベイランスのデータを合体させるのが自然である。BSEリスク評価は少なくとも部分的にはサーベイランスのデータに基づくべきであるから、これを無視する理由はまったくない」とコメントしている。

 http://europa.eu.int/comm/food/international/organisations/ah_pcad_oie18_en.pdf

 第二に、”管理されたリスク”ステータスの条件の一つである「国が付属書3.8.4に従ったタイプAのサーベイランスが設けられていることを立証した」(2.3.13.4条の2)に、改正案では「表1に従った適切なポイント目標が達成されれば、タイプAのサーベイランスをタイプBのサーベイランスに置き換えることができる」という文言が加わる。Aタイプのサーベイランスの目標ポイントを達成した”管理されたリスク”の国が、サーベイランスのレベルを引き下げることを容認しようというのである。2004年6月以来の拡大サーベイランス計画を縮小、そうすることで”無視できるリスク”ステータスの獲得を目論む米国には大変好都合な変更だ。これでは、怪しげな”無視できるリスク”ステータスの国が大手を振って歩くことになる。代わりに、真面目にサーベイランスを続ける国は、いつまで経っても”管理されたリスク”国か、”決定されないリスク”国から抜け出せない。

 EUは、「管理されたリスクステータスの国は、無視できるリスクステータスの基準を満たす前の最低7年間、Aタイプのサーベイランスを維持すべきである」と提案している。「BSEと合致する診断症候を示す牛の調査(Bタイプのパッシブサーベインス)の改善措置なしで無視できるリスクの国のサーベイランス活動を制限する提案には強く反対する」と言う。

 EUは、その他様々な現行コードの問題点も指摘する。特に重要と思われるのは次の諸点だ。  

 第一に、”無視できるリスク”ステータスの条件として、現行コードは「反芻動物由来の肉骨粉か獣脂かすが最低8年間反芻動物に給餌されなかったことを立証した」(2.3.13.3条の3aA、「国産のBSEの最後のケースが7年以上前に報告された」(改正案では「いかなる国産のBSEのケースも8年以上前に生まれた」に変更される)(2.3.13.3条の3b)A)を挙げるが、EUは、これらの年限には根拠がないとし、フランスの研究 に基づき、ここに定められる年限を11年とすべきだとコメントしている。

 http://europa.eu.int/comm/food/food/biosafety/bse/annual_report_tse2004_en.pdf

 実際、例えばEUで2004年にBSE陽性とされた牛の12%が9歳-12歳だった。7-8年前に有効なフィードバンが実施され、あるいは7-8年来BSE発生がないとしても、BSEが存在しないとは保証できないことになる。”管理されたリスク”ステータスの条件の一つである「反芻動物由来の肉骨粉または獣脂かすの給餌に関するコントロールが8年間にわたりも受けられてきたことを立証できない」(同3a)A、b)A)についても同様なことが言える。

 第二に、”無視できるリスク”ステータスの国・地域に摘要される貿易条件の問題がある。これらの国・地域の牛や牛製品(肉骨粉や獣脂かすも含む)は、すべてが無条件か、それに近い条件で貿易できるとされている。しかし、EUは、”無視できるリスク”ステータスの国・地域の中には過去に国産牛にBSEが発生したことがある国・地域も含まれ、これらの国地域の牛には、このステータスを得るための厳格なリスク管理措置(特に肉骨粉と獣脂かすの反芻動物への給餌の有効な禁止)が取られる前に生まれた牛が含まれ、これらの牛の中に感染牛がいる可能性があるから、輸出される牛や物品が由来する牛がこの措置の実施以後に生まれたことの証明が必要と言う。固体識別・トレーサビリティーが確立していない国・地域は、この要件を満たすことはできない。米国が無視できるリスクステータスを獲得したとしても、この要件は当分満たせない。

 第三は、SRMにかかわる問題だ。現行コードでは30ヵ月以上の牛の頭蓋・脊柱を原料とする機械的分離肉を禁止しているが、EUは全月齢の牛のすべての骨を原料とする機械的分離肉の禁止を主張している。全月齢の牛のSRMは扁桃と回腸遠位部とされているが、EUは腸全体をSRMとすべきとしている(日本は強く反対)。脳・眼・脊髄・頭蓋・脊柱については30ヵ月以上の牛のものだけがSRMとされているが、EUは12ヵ月以上としており、欧州食品安全機関(EFSA)の最新の意見(欧州食品安全庁、中枢神経組織SRMを除去すべき牛の年齢引き上げに慎重意見,05.5.27)も21ヵ月までしか譲れないとしていることから、30ヵ月の以上という月齢基準に対する立場は保留を続けている。

 最後に、現行コードで無条件貿易物品とされている蛋白質を含まない獣脂[タロー](非溶解不純物が重量で最大0.15%のもの)とこのタローから作られた派生品」の問題がある。EUは、「タローに関する定量リスク評価の結果とEFSAの更新された意見に基づき、タローの生産にSRMが使われず、その原料が由来する動物が生前及び死後の検視を通過したものである場合にのみ、これを支持する」と主張してきた(参照:プリオン専門委 たたき台二次案にも重大な欠陥ーレンダリング工程や獣脂には一切触れず,05.10.8)。

 なお、サーベイランス基準については、先に述べたように、”無視できるリスク”国のサーベイランスの縮小の許容に反対するとともに、特に次のような問題も指摘している。

 (1)いかなるサーベイランスにも、少なくともBSEを疑われる診断症候をもつ牛、死亡牛、緊急と殺牛、生前検視で合格しなかった牛が含まれねばならない。これらの牛の多くは、たびたびBSEに合致する症候を示さないからである。さらに、サーベイランス計画の評価は、過去にBSEを疑われる症候が認められた牛の数を考慮に入れるべきである。これらの牛は記録されねばならない。

 (2)成牛集団の規模に応じたポイント目標を定める表1について、ある規模階層の限界を超えたとたんに、当該国が実際にはそれとほとんど違わない規模のこの限界を超えない国よりも不相応に多いポイントを満たさねばならなくなる「否定的影響」の指摘。例えば、成牛41万頭をもつ国は、39万頭をもつ国の2倍のポイント目標を達成しなければならないことになる。

 (3)「緊急と殺牛」と「死亡牛」の区別が正確にできない国については、これらのサブ集団は結合でき、結合されたサブ集団は死亡牛のと同じポイント価値を与えられる。

 これらは、改正案のみならず、コード全体が見直される必要があることを示唆している。