英国政府諮問委員会 歯科器具の使用は一回かぎりに vCJD伝達リスク排除のため

農業情報研究所(WAPIC)

06.5.9

  英国の政府諮問機関・伝達性海綿状脳症委員会(SEAC)が5月8日、保健省(DH)による歯内処置(歯髄の検査や虫歯治療)を通しての変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の伝達リスクの暫定評価の発見と含意に関する(DHの)諮問に答える声明を出した。それは、この経路でのvCJD伝達が二次的なvCJD蔓延につながるというシナリオは「もっともらしく思われる」(plausible)とする一方、多数の潜伏vCJD感染者の存在の可能性と、このような感染者の処置に使われた歯科器具の汚染除去が困難であることを考慮して、このような器具の使用を一回かぎりに制限することが思慮深い態度だと言う。

 SEAC Position statement:Position statement vCJD and Endodontic dentistry,06.5.8
  http://www.seac.gov.uk/statements/statement0506.htm

 声明はその背景事情を次のように説明する。

 歯科処置から生じるvCJD伝達の確認された、あるいは疑われるケースは報告されていない。しかし、プリオンは、歯科器具の汚染除去のために使われる通常の洗浄や滅菌の方法に対して、他の型の感染症病原体よりも強い抵抗性を持つ。従って、歯科器具が感染者の口腔内組織に汚染されたとすれば、それに続く患者への伝達のリスクがある。

 2003年、SEACは、歯科器具を通してvCJD感染性が伝達され得る二つのメカニズムー(@)vCJDのケースで感染性をもつことが知られている舌扁桃の偶然の擦過、(A)動物の研究の証拠が感染性があり得ると示唆した歯髄との接触ーを考慮するDHの定量リ スク評価を受け入れた。DHの分析は、利用可能な情報に基づき、舌扁桃の偶然の擦過を通しての個別患者への伝達のリスクは非常に低いことを示唆した。さらに、歯髄が感染性をもつとしても、歯内処置を通しての伝達のリスクも低いことを示唆した。その結論は、非常に多数の人々の処置が行われているとはいえ、歯科処置を通しての伝達の公衆衛生上のリスクは、他の手術に比べれば比較的低いというものであった。

 しかし、SEACは今年、歯内処置のvCJD伝達リスクのDHによる新たな暫定リスク評価を考察した。この評価は、歯科器具の汚染除去、歯髄のあり得る感染性、潜伏期のvCJDのケースの存在の可能性に関する新たな情報を考慮に入れたものである。

 SEACの新たな考察の結果は次のようなものである。

 歯内処置具について

 歯内処置に使われるやすりとリーマー(拡孔器)は再利用されており、信頼できる汚染除去は困難である。通常の洗浄や滅菌の後にも、検知できる量の残留物質が表面に付着している。従って、歯内処置を受ける患者間での歯髄の移転があり得る。

 歯の組織のvCJD感染性について

 歯髄のvCJD感染性に関するデータは存在しない。vCJDのケースの歯髄を含む歯の組織の研究では異常プリオン蛋白質は発見されなかったけれども、歯髄はvCJD感染性をもつことが知られている血液と末梢神経組織を含む。加えて、ハムスター・スクレイピーのハムスターの歯髄には検知できる感染性が発見されてきた。末梢神経組織は、vCJD発症が近くなって、あるいは発症後にのみ感染性をもつようになるとはいえ、炎症が異常プリオン蛋白質の増殖を促進する可能性がある。

 従って、データは限定されており、間接的ではあるが、vCJDに感染しているが発症前の個人の歯髄が、感染性のレベルは知られていないとはいえ、感染性をもち得る。進行中の研究がvCJDのケースの歯の組織の感染性に関する直接的データを提供するであろう。

 発症前の感染者の状態について

 ヒト化されたマウスの研究は、vCJD感染が通常の動物の寿命内では必ずしも発症にまで進まないことを示した。別の研究は、発症前のマウスの感染が他のマウスに伝達され、発症に至る可能性を示唆している。従って、BSE/vCJD病原体に感染した個人が、vCJDを発症しないで発症前の感染者の状態にとどまる可能性があることを示唆する証拠がある。虫垂と扁桃の組織における異常プリオン蛋白質の調査に基づく発生率の推計とvCJDのケースに関するデータの相違は、この仮説を支持する。このような個人を確認する診断テストは存在しないから、彼らは、生涯を通じ、身体組織を傷つける医療または歯科処置から生じる多数の二次感染のあり得る感染源となり得る。

 英国における発症前感染の発生率は不確実である。最近の推計は、発症前の感染者の数が数千のオーダーになり得ることを示唆している。SEACは、vCJD感染の発生率を確定するための一層の研究が緊急に考慮されるように強く勧告してきた。

 伝達リスクについて

 DHの新たな分析は、歯内処置のためのやすりとリーマーに残存する歯髄が再利用により比較的有効に患者に移転するということ、歯髄が末梢神経組織と同じほどに感染性をもつということ、そして発症前の感染者集団が存在するということに基づき、歯内処置から生じる自立したvCJDの蔓延がもっともらしく思われる(plausible)ことを示唆している。

 歯内処置を通じてのvCJD伝達の有効性、歯髄のvCJD感染性、発症前の感染者の状態の存在をめぐる不確実性はある。しかし、自立的蔓延が可能でないとしても、感染患者に対する歯内処置でvCJD病原体に汚染された器具の利用から、vCJDのクラスターが生じる可能性がある。これと、輸血、手術などの他の二次感染ルートの相互作用が自立的蔓延を一層ありそうにする。

 あり得るリスク軽減措置について

 歯内処置のやすりとリーマーは限定されたライフスパンを持ち、可能な二次伝達の数を制限する。歯科器具の汚染除去に使用される方法の有効性の改善は伝達リスクを軽減する。歯内処置のためのやすり・リーマーの一回の使用への制限は、これら器具を通じてのあり得る二次伝達を防止する。

 結論

 DHの暫定リスク評価は、歯内処置を通じてのvCJD伝達は、一定の仮定的ではあるがもっともらしく思われるシナリオの下で、二次的vCJD蔓延を支えるに十分であることを示唆する。しかし、評価を支えるデータと仮定をめぐる不確実性がある。進行中の研究は、これらの不確実性に取り組み、リスク評価の精密化を可能にするだろう。監視が維持されるべきである。

 歯内処置のためのやすり・リーマーを通じてvCJD感染性が伝達され得るかどうかは不確かである。しかし、このようなシナリオのもっともらしさと毎年行われる処置が大量にのぼることを考えれば、予防的措置としてこれらの器具の利用を一回かぎりに制限することを考えるのが思慮深い態度(prudent)であろう。これら器具の十分に厳格な汚染除去は困難であるから、一回かぎりの使用がこのリスクを排除する。このリスクが存在するとすればの話だが。 

 関連ニュース
 Advisers warn of vCJD risk to dental patients,The Guardian,5.9
  http://www.guardian.co.uk/frontpage/story/0,,1770775,00.html