なお半数以上のと畜場がピッシング 7割以上の国産食肉処理牛にピッシング

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.28

 厚生労働省が今年(2006年)2月末時点におけるわが国と畜場における「ピッシング」の実施状況に関する調査結果を発表した。

 ピッシングに関する実態調査結果について(平成18年6月 厚生労働省食品安全部)
 http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/bse/kokunai/051100-1.html(6月28日作成とされている)

 ピッシングとは、と殺後の牛の足が痙攣的に跳ね上がることを防止するために、前頭骨にあけ た穴にワイヤー(ピッシングロッド)を挿入し、脳・脊髄を破壊する解体前の食肉処理工程の一つだ。 ロッドは脳から脊髄を貫通、尾骨近くまで達するという。と殺・解体作業員の労働安全の確保のために不可欠の工程とされてきた。

 しかし、これにより破壊された脳と脊髄は血液循環を介して枝肉を汚染する可能性がある。脳や脊髄は狂牛病(BSE)の特定危険部位(SRM)であり、このような汚染肉は、人の変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の感染源となるリスクがある。そのために、欧米諸国は狂牛病が広がり、消費者の不安がたかまるなか、この慣行を禁止、別の方法で労働安全を確保するように努めている。

 しかし、厚生労働省は、ピッシングなしで労働安全を確保するのは難しいと言う業界に配慮、なお禁止に踏み切らないでいる。食品安全委員会も、「ピッシングの中止に向けて、具体的な目標を設定し、できる限り速やかに進める必要がある」と言うだけだ(「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係る食品健康影響評価」、2005年5月6日)。厚生労働省は、「従来から食肉の安全性の確保と従事者の安全確保の両立に配慮しつつ、廃止に向けて取り組んでいる」と言うが、廃止に向けた動きは余りに遅すぎる。

 発表によると、2004年10月末時点でピッシングを中止しているのは160施設中45(29%)にすぎなかったが、今年2月末時点では161施設中79(49%)にまで増えた。しかし、なお半数以上の施設がピッシングを行っている。しかも、牛の頭数割合で見ると、ピッシングを受けていない牛は32%に過ぎず、7割近くがピッシングを受けている。我々が日々消費する国産牛肉の大部分が脳や脊髄に汚染されている恐れがあるということだ。

 さらに、現在中止していない93施設のうち、今年中の中止を予定しているのは17施設のみで、来年中の中止を予定しているのが54施設、2008年中の中止を予定しているのが9施設という。消費者の不安をまともに受け止めているとはとても考えられない。

 検査で感染牛は排除されるのだから、たとえ脳や脊髄による枝肉汚染があってもリスクは微小という考え方もあり得よう。しかし、わが国の狂牛病発生件数は既に27に達した。今年だけでも6頭(毎月1頭の計算)の感染が発見されている。そのうち5頭までが2000年生まれだ。検査で発見されないが、検出限界間際にまで病気が進展した(つまり危険度の高い)相当の数の牛が食肉処理される可能性は否定できない。

 そもそも、わが国国民の国産牛肉に対する不安が和らいだのは、検査とSRMの完全除去という二本柱の安全対策でリスクは最小限にできるという専門家や行政の説得がある程度受け入れられたからだ。「検査で感染牛は排除されるのだから、たとえ脳や脊髄による枝肉汚染があってもリスクは微小」というのでは国民は納得しないだろう。

 朝日新聞の最新の世論調査によると、米国産牛肉の輸入再開に52%が反対し、賛成は37%にとどまった、再開されても米国産牛肉を食べたくないという人は71 %にのぼったという。

 朝日新聞朝刊(06.6.28)または牛肉輸入再開に「反対」52% 本社世論調査(06.6.27 23:01)

  しかし、このままでは、国産牛肉への信頼さえも失われかねない。実際、国産牛肉でも目に見えない脳や脊髄に汚染されていると思えば、食べたいという人はいないだろう。