vCJD感染者の血液を受け取った人々に高リスク 感染の早期発見には扁桃検査が有効ー英国の新研究

農業情報研究所(WAPIC)

06.12.18

  ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンのジョン・コリンジ教授の率いる研究チームが、後に変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)に感染していることがわかった無症状の 供血者からの血液成分を受け取った人々が実質的(substantial)リスクに直面して いる、このような高リスクに直面している人々の感染の早期発見の手段としては、牛からの一次感染の場合と同様、扁桃の生研が最も有効だとする研究を発表した。

 John Collinge et al.,Clinical presentation and pre-mortem diagnosis of variant Creutzfeldt-Jakob disease associated with blood transfusion: a case report,The Lancet 2006; 368:2061-2067
  http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140673606698358/fulltext

 今までにこのような血液を輸血された66人のうち、3人が輸血が原因となてvCJDに感染したと確認されており、39人は別の病気で既に死亡している。現在、 高いリスクに直面しているのは、なお生存している24人だ。 この研究によると、これらの少人数グループにおける3人の発生は、この形でのvCJD伝達が非常に”効率的”であることを示している。同時に、このようなルートでの感染の早期発見の最も確かな手段が扁桃の検査であることも解った。研究者は、今のところこの病気の治療法はないが、早期発見は十全なケアのために非常に重要だと強調している。

 3人の患者それぞれに関して得られるデータは次のようなものだ。

 輸血によるvCJDが確認された第一の患者(62歳)は、輸血後6年半で症候が現れ、13ヵ月の間、進行性の神経病を患ったのちに死亡した。脳のMRI検査で視床枕に症候は見られず、扁桃の生検は行われなかった。死因は痴呆症とされている。解剖後の神経病理学検査はCJDまたはvCJDを示唆し、症状からして典型的なvCJDと判断された。 この患者は、今までに発症したすべてのvCJD患者同様、プリオン蛋白質遺伝子コドン129がメチオニン・ホモ(MM)であった。

 第二の患者はやはり高齢で、輸血から5年後に神経症の証拠もなく、まったく別の原因(腹部大動脈瘤の破裂)で死亡した。リンパ網組織のウエスタンブロット法検査と免疫組織染色法検査でvCJDプリオン感染が認められた。この患者の遺伝子型は、ヘテロ(メチオニン・バリン、MV)だった。

 今回詳細に調査が行われた第三の患者は、プリオン蛋白質遺伝子コドン129がメチオニン・ホモ(MM)であった。2005年、31歳のとき、バランスを取るのが次第に難しくなり、集中力が損なわれる6ヵ月の病歴をもってナショナル・プリオン・クリニックに送られてきた。彼は、耐え難い痛みを抱え、歩行の困難も増していた。10代のとき以来、潰瘍性結腸炎を患っており、22歳になって重症となり、結腸切除と回腸瘻造設の手術を受けた。1997年、23歳のときに、回腸瘻造設は結腸再建に切り替えられた。手術直後の併合症には骨盤瀉血が含まれ、赤血球、冷凍血漿、血小板の輸血を受け、さらに回復や集中ケアが必要だった。このときは回復が見られた。患者が受け取った白血球非除去の赤血球の供与者の一人は、供血の20ヵ月後にvCJDを発症した。この供血者の遺伝子型はMMで、11ヵ月後に死亡、vCJDと確認された。

 この第三の患者は、輸血を受けて6年後、29歳のときに、活動の際の激しい疲労と集中力の欠如のために家庭医のところにやってきた。この症状は呼吸管上部のウィルス感染のためと見られたが、症候の変化は激しく、患者は1997年にvCJD汚染血液に暴露されたこと、彼がvCJDのリスクに曝されていることを医者に訴え続けた。しかし、認知力評価を含む神経検査は正常で、うつ病のいかなる症候もなかった。脳波図もMRI視床枕画像も正常だった。一部の症状は、仕事に戻るに十分なほどに改善した。その後の神経学調査で疲労と集中力欠如は見られたが、異常な検査結果は出なかった。

 しかし、31歳、輸血から7年半後に、神経症候の進行でナショナル・プリオン・クリニックに送られた。患者はバランス感覚が衰え、ふらつくと訴えた。記憶力も衰え、数日前のことも思い出すのが難しくなった。手が振るえ、手先は器用さを失った。それから数週間のうちに、脚の耐え難い痛みを訴えるようになった。しかし、麻痺はなく、感覚も失われていなかった。進行性神経症状の発症から6ヵ月後の認知症スクリーニング検査はまったく正常で、失行症(習慣化している行為が出来なくなる症状)や視空間機能障害の証拠も見られなかった。患者は、痛みを和らげるために杖を使うことを好んだが、介助なしで歩行できた。初期の熟視眼振以外、いかなる頭蓋神経や他の神経学検査も正常だった。

 しかし、神経学的退行は続き、認知力は顕著に失われた。次第に転倒が増える一方、四肢の痛みは減った。血液病や生化学的調査、神経伝導研究などの結果は正常だった。この段階で、MRIが異常を示すようになった。扁桃のプリオン検査は行わず、患者は実験的治療に参加した。しかし、その後も認知障害、運動失調、構音[構語]障害が進行を続けた。寝たきり生活になり、入室許可を求めるホスピスにも反応しなくなった。患者と家族の希望に従い、終末医療は最小限にとどめた。患者は輸血から8年と8ヵ月後、32歳で死亡した。

  死後の解剖で脳と扁桃の組織が集められ、免疫ブロット検査と免疫組織染色法検査でプリオンの存在が評価された。前頭皮質のブロットは、vCJDの病原であるタイプ4異常プリオン蛋白質の存在を示した。脳の免疫組織染色法検査では、あらゆる皮質と小脳全体に異常プリオン蛋白質が広がっていた。それは、vCJDの特徴である多量の花びら状プリオン沈着を伴っていた。海綿状病変、グリオーシス、異常プリオン蛋白質の分布は、以前のvCJDのケースで見られたものと区別できなかった。扁桃のリンパ組織の免疫ブロット分析では、脳で発見された異常プリオン蛋白質の1%のレベルの高濃度の異常プリオン蛋白質が発見され、免疫組織染色検査ではvCJDでみられる典型的な染色パターンが見られた。脾臓も陽性だった。

 このような事実から、研究者は「vCJDに関係した血液成分を受け取った他の人々が直面する実質的リスクを浮き彫りにし、実際、輸血がvCJDプリオン感染の効率的ルートであることを示唆する」という第一の結論を導く。

 輸血、そしていかなるvCJDのケースとも未だ関連がなかった血漿分画製剤によるvCJD伝達のリスクには不確実性がつきまとっている。ヒトにおけるプリオン感染の無症状潜伏期間は長い(半世紀以上の可能性もある)ことが知られており、従ってイギリスの一般人口における無症状の感染の発生率もわからないから、vCJDの輸血伝達の程度は未だ推定できない。

 しかし、第三、及び第一の発症したケース は、少なくともMM型のヒトについては、輸血によるヒト→ヒトの感染の潜伏期間がウシ→ヒト感染の潜伏期間よりも相当に短いこと示唆している。これら患者においては、症候が輸血後6年から6年半後に現れ た。種間のプリオン病伝達では、種または伝達のバリアー効果と呼ばれるもののために、一般的には、種内伝達よりも長い平均潜伏期間がある。従って、ヒトからヒトへの伝達にかかわる二次的vCJDの平均潜伏期間は、BSEプリオンに暴露された結果の一次感染においてよりも相当に短くなると予想される。二次感染の第一のケースの潜伏期間が6年から6年半であったことは、一次vCJDの最小潜伏期間がより長いことを示唆している。最も若いケースで見られたことに基づき、一次感染の最小潜伏期間は12年ほどと推定されている からだ。

 この研究が持つ独特の意味は、このような確認をした上で、このように高いリスクを持つ人々に最善のケアを提供するために、感染の早期発見の重要性を強調、早期発見の確かな方法を提案していることにあるようだ。

 今のところ、vCJDの治療法はなく、感染が早期に発見されたとしても救う手立てはない。しかし、このような血液を受け取ったことを知らされた人々は大変な抑鬱と精神的不安定に曝される。研究者は、すべての人が調査と感染の早期発見を望むわけではないだろうが、すべての人々が専門家のアドバイス、アセスメント、長期的支援へのアクセスを保証されるべきだ 、プリオンに対するモノクロナル抗体を使って末梢ルートで感染させたマウスの病気の進行を止めるのに成功した例もあり、将来これが人間にも利用できるかもしれないと、早期発見の重要性を強調する。 そして、少なくともMM型の人については、扁桃の生検が患者を大きく傷つけることのない早期発見の最も確かな手段になると言う。

 病気が現れる形は遺伝子型とプリオン株によってで異なるだろう。MV型の第二のケースでは、解剖でリンパ細網のプリオン感染の証拠が見つかったが、神経疾患の証拠がないままに腹部大動脈瘤の破裂で死に、脳にはいかなるvCJDの特徴も見られなかった。このケースがより長く生きていればプリオン病を発症することになったのかどうか、また発症したとしてもvCJDの表現型を持ったかどうかも不明確だ。人間のプリオン蛋白質を発現する遺伝子改変マウスの実験では、感染は無症状か保菌状態にとどまった。これらの研究は、このような遺伝子型のヒトが感染はするが、vCJDとは異なる表現型の病気を発達させるかもしれないことを示唆している。

 この患者に関する以前の研究は、脾臓や 頚部のリンパ 節に異常プリオン蛋白質を発見したが、扁桃、虫垂、大腸のリンパ小節では検出できなかったとしている。このケースに見られる異常プリオン蛋白質の濃度は低く、それは潜伏早期にあったことを示唆するが、一般的には異常プリオン蛋白質のレベルは、vCJDにおいてはリンパ細網組織のどこよりも扁桃において高い。この研究は、このケースの暴露ルートが一次感染と経口ルートと異なり、また種間バリアーがないためではないかと推量しているが、新たな研究は、このような解釈を退け 、MVの血液を受け取った者における扁桃の異常プリオン蛋白質の欠如は、遺伝子型と、恐らくは異なるプリオン株のためではないかと論じる。

 以前の推量が正しいとすれば、すべての二次感染が扁桃生検では早期発見できないことになるが、病気の表現型が遺伝子型で異なるのだとすれば、別の遺伝子型の人では早期発見が可能かもしれないということだ。

 第三のケースは、ヒトのvCJDの症候の進展が5段階で特徴づけられることを示している。輸血後およそ6年半にわたる症状が現れる前の潜伏段階、ときに活動による疲れを覚え、集中力が欠ける前駆症状は見られるが、通常の診断検査やMRIで異常が見つからないおよそ18ヵ月続く段階、運動失調が進み、手先の器用さが損なわれ、認知力毀損を伴う脚部の激痛が起きるが、コミュニケーションと日常活動の理解は維持されるおよそ9ヵ月の神経退化が進む段階、認知力が厳しく衰え、口頭でのコミュニケーションが困難になるおよそ4ヵ月の神経的な末期段階と、これに続く寝たきり、無言、部分的応答のみになるより短気の終末段階である。

 vCJDは知らない間に進行、抑鬱、不安、個性の変化、感覚異常などの早期の症候はvCJDに特有のものではなく、感染が疑われる別の理由がなければ早期診断は難しい。 以下は完全に専門家の領域で、筆者が詳細を紹介することはできないが、現在、vCJDが進んだケースにおいて患者を大きく傷つけることのない最も有益な調査法となっているMRI法では、vCJDの特徴は発見できなかったからといって、vCJDではないとは診断できない。それはこの患者の例がよく示している。この例は、視床枕画像の異常は病気の後期の特徴であることを示唆している。

 感度と精度が最も高い診断方法として残っているのが扁桃生検だ。vCJDのケースの扁桃には必ず異常プリオン蛋白質が存在するが、ヒトの別のプリオン病では存在しない。リンパ細網組織の感染は神経組織感染に先行すると考えられ、実際、vCJD発症前に除去された保管手術サンプルで発見されている。この患者の例は、少なくともMM型の人では、二次感染で扁桃の感染が起きることを確認するものだ。他の遺伝子型の人については別としても、少なくともMM型の人では、扁桃生検は、症状が初期段階の、あるいは症状が現れる前の確実な診断を可能にするだろうという。