EU:欧州委員会、化学物質規制制度の抜本的改革を提案

農業情報研究所WAPIC)

03.5.8

 5月7日、欧州委員会はEUの化学物質規制システムを抜本的に改変するための新たな規則を提案、8週間のインターネットを通じての協議に付した(注1)。現在の40にものぼる様々な規則に置き換わる新規則の狙いは、化学物質に曝されることから人々の健康と環境を護り、同時にEUの化学産業の競争力と革新能力を維持し、強化することにあるとされている。

 提案に当たり、エルッキ・リーカネン企業担当委員とマルゴット・ヴァルストレム環境担当委員は、それぞれ次のように述べている。

 「ヨーロッパは、多くのハイテク部門を含むヨーロッパ産業の革新能力を保証する化学物質の生産と供給における世界的リーダーである。今協議に出された新たな化学物質規則案は、既に高いレベルにある化学物質の生産と利用の質と安全性においてEU産業が世界をリードする重要な機会を提供するであろう。構想中のシステムにおいて、我々は不要な官僚主義を避け、企業が最小限の費用で新たな要求に応えるのを助け、研究と革新を促し、EU産業が高い競争力を保つように決然と努めている。この重大な規則はEUの持続可能な発展に固有な経済的・社会的・環境的要請に折り合いをつける遠大な挑戦である」(リーカネン委員)。

 「我々は、我々の環境の中、仕事、家庭で、日々化学物質に曝されている。しかし、その多くはリスクや長期的影響が知られていない。従って、我々の改革案は、産業に対して、それが生産し・輸入する化学物質とその使用に関連したリスクに関する公開の情報を提供するように要求する。これにより、利用者がより安全なものを選ぶことが可能になる。それは、我々が懸念を呼び起こす物質の厳格な承認手続を要求することになるから、人々の健康と環境の保護を大きく強化する。それが生産するものに関する情報の提供を産業に義務付けることは化学部門のイメージの改善にも役立つであろう。最後に、産業は新たな安全な化学物質の開発への投資に利益を見出すであろう−現在の厄介な評価手続を回避するために古い化学物質を使う現在のトレンドは、より安全な化学物質への投資を停止させてきた」(ヴァルストレム委員)。

 新たな規則案は、2001年の「将来の化学物質政策のための戦略に関する白書」による欧州委員会の提案(注2)を実施に移すものである。欧州委員会は、この提案により、癌発生、生殖障害、アレルギーの増加や環境ホルモンへの高まる懸念に応えようとした。関係物質は家庭用品を始め、我々の身辺のほとんどすべてのものに使われており、この提案が実現すれば、多くは長年にわたり使われたきた3万にものぼる物質が改めて安全性の立証を迫られることになる。史上最大の環境立法とさえ言われる。立証責任を負わされる企業はコストの上昇により競争力が失われると、この提案に強く抵抗してきた。他方、動物福祉団体も、この立法は動物実験をますます増やすことになり、かつてない動物大量毒殺計画だと激しく抗議してきた。それにもかかわらず、まさに「我々は、我々の環境の中、仕事、家庭で、日々化学物質に曝されている。しかし、その多くはリスクや長期的影響が知られていない」のは事実である。何年かかるか想像もできないほどの膨大な数の物質のリスクを再評価するというこのような提案も、人類と環境の将来を考えれば荒唐無稽とは言えないであろう。環境保護団体は、今回の提案が産業に譲歩しすぎたと批判している。

 とはいえ、これはEU内部だけにとどまらない国際的影響をもつ。米国化学産業界は、欧州委員会のこうした目論見を行き過ぎ、官僚主義、不要と早くから強く反対してきた。EU市場へのアクセスをめぐる新たな、遺伝子組み換え体(GMO)をめぐる紛争以上の大紛争につながる可能性もある。GMOに限らず、米国はEUの「予防原則」に基づく様々な規制・基準をことごとく批判、最近は、オーストラリアとともに、EUの飲食品品質政策の重要な柱をなす「地理的表示」制度もWTOで争い始めた。米国基準は、米国が最近次々と開始し・今後も増えていくであろう二国間自由貿易協定を通じても、世界の多くの地域で既成事実化されていくであろう。あらゆる側面で、EU基準と米国基準で世界が二分される恐れがある。この意味で、新規則案は、世界における対立・抗争を一層深める可能性がある。

 それにもかかわらず、この提案は、多くの人々が手の打ちようもないないと途方に暮れるしかない現代生活の中心問題への、それこそ「遠大な挑戦」の第一歩として評価に値する。それが無に帰すことがあってはならないであろう。実現までには多くの紆余曲折が予想されるが、とりあえず提案の内容の概略を紹介しておく。

 REACHシステム

 新規則案の核心は、REACH(化学物資登録・評価・認可)システムと呼ばれるものである。これは化学物質の登録・評価・認可のための単一の統合システムである。化学物質を生産・輸入・使用する企業に対しては、その使用から生じるリスクの評価が義務付けられ、使用を正当化する新たな検査データが要求される。また、これら企業は確認されたあらゆるリスクの管理措置を取らねばならない。これにより、安全な化学物質を市場に出すための立証責任を公的機関から企業に転嫁される。検査結果は類似の動物検査を減らすために共有されねばならない。化学物質の特性・用途・安全な使用に関する情報の登録も新たなシステムの一環をなす。

 登録の要件は、その化学物質が生産される量と人間または環境への暴露の可能性によって変わる。システムは11年かけて段階的に導入されるが、要求されるデータと登録時期は、量が多いものほど多く、早くなる。小量の物質について要求されるデータが少なく、登録時期が遅くなることは、中小企業の負担を軽減する。最も安全が懸念される物質には厳格なコントロールが導入される。発癌物質・突然変異原物質・生殖毒性物質(CMRs)、残留性・生物蓄積性・毒性物質(PBTs)、毒性に関係なく残留性・生物蓄積性が非常に高い物質(vPvBs)など一定タイプの物質はひとつの認可制度に服し、早期に登録される。 ポリマーや中間材として使われる物質などは軽い要件に服し、暴露のリスクが少ない多くのケースでは、これらは登録を免除される。すべての物質の8割ほどが登録されねばならないと予想され、残りは安全性評価とそれに続く認可を受けることになる。

 EU構成国は、登録文書の審査と自身の領土内でのREACH申請のチェックにより、物質評価に責任を負う。また、最終決定権は欧州委員会にあるとはいえ、組織的リスク評価に基づき、物質使用の制限を提案できる。REACHを管理するための新たな新たな「化学物質機関」の設置も提案され、これは欧州委員会に対してアドバイスを行い、EU諸国と企業に指針を与える。REACHによる内密外のデータは、この機関が管理する一般にアクセスが可能なデータベースで化学物質利用者と公衆が利用できるようにする。欧州委員会は、リスクと社会・経済的側面に関するこの機関の意見を考慮して認可を与える。認可の決定は申請企業が提供する保証、代替物質に関する利用可能な情報、リスクを軽減できるプロセスを考慮する。

 研究開発

 小企業にとっての研究と革新の重要性に鑑み、5年間−10年に延長もできる−は登録なしの研究開発を許す。規則案は、動物実験を最小限にし、コストを減らすために、企業間のデータ共有システムの設置、企業がデータ不足を埋めるために代替情報源を利用したり、暴露がないことを理由に一定の検査は不要とすることを許すなどの柔軟化措置も提案している。

 関連ニュース
 Europe Plan on Chemicals Seen as Threat to U.S. Exports,The New York Times,5.8
 Manufacturers face EU crackdown on risky chemicals,Independent,5.8
 EU tightens chemical safety,Guardian Unlimited,5.8
 Brussels to unveil chemicals risk assessment plan,FT com,5.4

 注1)Commission publishes draft new Chemicals Legislation for consultation,02.5.7

 注2)White Paper on the Strategy for a future Chemicals Policy ,COM(2001)88,2001.2.27
    金属鉱業事業団、欧州の化学物質政策を巡る動向―「化学物質政策白書」―,02.4.9