温暖化の科学とリスクコミュニケーション、予防原則なしの科学は無益

農業情報研究所
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04.7.12

 世界中の関係科学者が結集して作成した気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三次評価報告書(2001年)は、人間活動により排出される二酸化炭素等温暖化ガスの大気中濃度の高まりが20世紀における気温上昇傾向の大きな要因であったとともに、21世紀における地球温暖化を一層加速するだろうことを確認、温暖化によって「ほとんど全ての陸域で最高気温が上昇し、暑い日が増加する」、「ほとんど全ての陸域で最低気温が上昇し、寒い日、霜が降りる日が減少する 」、「大部分の陸域で気温の日較差が縮小する」、「強い降水現象が増加する」、「夏の大陸で乾燥しやすくなり、干ばつの危険性が増加する」など、極端な気象現象が起きる可能性が高い信頼度で予測できると結論している。

 ここ数年、世界中で生じる極端な気象現象と災害が頻々と報じられるようになった。わが国でもそうした兆候はいたるところに現われていたのだが、世界のあちこちで起きていることに比べれば比較的軽微なこともあり、これを人為による温暖化傾向と結び付けて考える人々の意識は希薄であったように思われる。だが、今年の猛暑と相次ぐ豪雨・大災害に、さすがにこれは変だ、地球に何か取り返しのつかない大異変が起きているのではないかと思う人も増えているだろう。しかし、パネルの報告にもかかわらず、個々の気象現象と人為による温暖化傾向の関連を確証することは大変難しいことのようだ。厳密さを重視する科学者たちは、人々の漠然たる思いを確信に変えるような託宣は滅多なことでは出さない。だが、これでいいのだろうか。

 BSEにかかわる科学者は、現在の安全対策で十分なのかという人々の率直な疑問に、科学的確実性がないからと答えようとせず、それでいてリスクはどのみち微小なのだからあまり心配するなと、人々の不安の沈静ばかり考えている。気候学者の態度はこんなに悪質ではないとしても、確実性を盾に人々の率直な疑問に答えず、結果的に取り返しのつかないリスクに曝すことになるかもしれないという点では、BSE学者と同じではないかと思う。何も根拠がないのならば仕方がない。しかし、今年の日本列島やアジアを頻々と襲う極端な現象が太平洋の海面水温の上昇や亜熱帯高気圧の強まりにあるとすれば、パネルの予測が相当の確度をもって、既に現実のものになりつつあると言えるのではなかろうか。

 厳密さが科学の真髄であるとしても、その目的は何なのか。地球と人類を救うことが最優先できないような科学は、そもそも存在理由があるのだろうか。近頃、地球と人類の将来は、科学者が一致して「予防原則」に則った警告を発せられるかどうかにかかっているのではないかと思うようになった。何故かと言えば、大変な事態が差し迫っていると確信できれば、人々の行動は変わってくるだろうからだ。車やエネルギーの野放図な使用を減らすことに真剣に取り組むかもしれない。漠然たる思いだけでは、行動に移るのは難しい。世界の科学者の総力をあげたパネル報告にさえ異論を唱える科学者も残るような科学界の分裂があれば、これは一層難しい。米国で最近実施された世論調査の結果が、このことを実証している。科学者に是非とも知って欲しく、この調査についての報道の一部を紹介しておきたい。それがこの記事を書いた目的である。

 この調査は、メリーランド大学の国際政策態度プログラムが行った全米規模のもので、米国人の80%以上が温室効果ガス排出削減のための立法―Climate Stewardship Act (CSA)―を支持し、また3分の2は、この立法により一家庭に課されることになるとされる年200ドルのコストを払う用意があると答えている。だが、

 「調査は、地球温暖化に対処する緊急性に関してはほとんどコンセンサスがないことを発見した。76%の回答者は問題が現実的で、行動を要することを認めているが、大多数はコストと便益をめぐって分かれている。

 問題に関する三つの選択肢を与えられると、ブッシュ政府に最も近い選択肢―地球温暖化が現実に問題であると確信するまで、経済的コストのかかるいかなる手段も取るべきでない―を選んだのは23%に過ぎなかった。・・・

 残りの回答者は、温暖化効果はゆっくり進むから、コストの低い手段を取ることでゆっくりと問題に取り組むことができるという45%、問題は深刻で差し迫っており、大きなコストがかかっても、今すぐ行動を取るべきだという31%に分かれた。  

 イラク戦争前の大量破壊兵器の存在とイラクとアルカイダの結びつきをめぐる論争と同様、国民は科学界が地球温暖化の原因、現実、危険をどう見ているかをめぐって混乱している。一連の国[多分、ペンタゴンの昨年10月のもの]と国際レベルの研究は、排出が温暖化に寄与しており、問題は深刻な環境・健康リスクを生むというかつてない強力なコンセンサスの存在を立証した。

 調査は、回答者の50%が、科学者はこれらの問題で分裂していると信じ、他の40%は温暖化が現実問題でないというコンセンサスがあると考えていることを示した。 

 ”科学界が気候変動は現実問題であるというコンセンサスに達したとは大多数が受け止めていないにもかかわらず、3分の2が月1ドルのコストを受け入れようとしているのは興味深い。

 ”もし科学的コンセンサスがあると広く受け止められれば、行動への支持は一層高まるだろう”。」(OneWorld.net,Two Thirds of U.S. Public Willing to Pay to Fight Global Warming,04.6.29より。ゴチックは筆者)。

 既に手遅れかもしれない温暖化抑制策を強化・加速し、既に起きている被害を回避し・これに対処する包括的なプログラムの策定・実施を促すために、科学界は今、大声をあげて欲しい。今緊急に必要なのは、有効なリスクコミュニケ―ションなのだ。国連パネルは、科学が国際政治を動かした(京都議定書の締結)稀有な例である。それは決して無力ではないはずだ。声を発すれば、マスコミも動くだろう。