EU、二酸化炭素排出取引実現の前進、国民の高まる不安に動かぬ日本

農業情報研究所(WAPIC)

04.10.21

 EUは排出権取引計画(ETS)を気候変動との闘いの礎石とみなしてきた。排出権取引は、それ自体では新たな環境目標をもたらすものではないが、京都議定書で約束した二酸化炭素排出削減目標の達成を安い費用で可能にすると考えられている。こうして、ヨーロッパの二酸化炭素の半分近くを排出するおよそ1万2,000の工場施設を対象とする世界初の二酸化炭素排出権国際取引システムを来年1月から発足させようとしてきた。だが、そのためには、加盟国がエネルギー集約的工場に配分される排出量上限を定める国家配分計画(NAP)が確定されねばならない。

 NAPは加盟国が国内企業に与える二酸化炭素総排出量を決めることで、企業自身による排出量の売買を可能にする。加盟国は、2005-07年の最初の取引期間に全体としてどれだけの排出をゆるされるのか、計画の対象となる各企業がどれだけの排出を許されるのかを、事前に決定しなければならない。これは、加盟国が排出を許される上限の設定を通じてエネルギー・工業部門からの二酸化炭素排出を制限し、「希少性」を生み出すことで、市場の機能を現実の排出削減につなげようとする構想だ。欧州委員会は、それが実現しなければ一層高価な他の手段を実施しなければならなくなると、加盟国のNAP策定を促がしてきた。

 しかし、産業・企業の抵抗で、この策定作業は遅れに遅れ、予定通りの市場の発足が危ぶまれる状況となっていた。加盟国は今年3月末(新規加盟10ヵ国については5月1日)までの策定・公表を義務付けられていたが、欧州委員会が7月始めまでに無条件で承認したNAPは五つしかなかった(デンマーク、アイルランド、オランダ、スロベニア、スウェーデン)。条件付きで受け入れたもの(オーストリア、ドイツ、英国)を含めても八つにすぎなかった(注)

 ところが、欧州委員会は20日、さらに6ヵ国―ベルギー、エストニア、ラトビア、ルクセンブルグ、スロバキア、ポルトガル―のNAPを無条件で、フィンランド、フランスのNAPを条件付きで受け入れたと発表した。これで、取引参加資格をもつ工場は7月の5,000に2,100を加え、計7,100となり、参加を期待される工場の半数を超えた。ロシアの京都議定書批准がほぼ確実になったいま、EUもなんとか格好をつけられるところまできたということだろうか。

 それに引き換え、京都議定書発効が確実になっても、猛暑や集中豪雨・相次ぐ大型強力台風の襲来で国民の温暖化への懸念が大きく高まっても、政財界指導者には一向に慌てる気配はない。学界主流も同様だ。今日発表された読売新聞の世論調査結果(同紙、10.21、13面)では、温暖化に不安を感じる人が62%(89年調査では34%)に達し、「企業に対して、排出量に上限を義務付けたり、排出量の報告を義務付けたりする規制が必要と思う」人は74%(必要ないは5%)にものぼる。

 にもかかわらず、財界は環境税にも反対ならば(世論調査では賛成45%、反対28%)、排出割当にも反対、自主参加型の排出量取引制度で無償の排出取引を進めるのが最善と言うばかりだ(例:「排出取引への視点・下 自主的な活用を原則に 日経連地球環境部会長・桝本晃章」、日経、04.9.24)。

 学者も、EU方式(企業に排出量上限を課す「キャップ・アンド・トレード」方式)の排出権取引制度は、日本の現状に合わないとこれに同調する(例:「同上・上 温暖化対策の中心手法に 兵庫県立大学副学長・天野明弘」、同、04.9.23)。それで総排出量が削減できるなら結構だが、そんな保証はまったくない。現に温室効果ガス排出量は削減どころか、90年レベルを7.6%も上回り(02年)、08-12年までに6%削減するという京都議定書の義務を果たす道筋は全く見えない。

 先の桝本氏は、国が国内排出量取引制度を作ることではなく、「最も実効が上がる国際的な枠組みを作る」ことが重要で、「EUが実態として国境を超えた取り組みを展開し始めている実情をよく学ぶべきではないだろうか」と言う。EUが何を「展開し始めている」のか、分かっているのだろうか。

 (注)条件付きというのは、これらの計画が欧州委員会の定める基準を満たさず、実施までに何らかの修正が必要だからだ。欧州委員会がNAPを受け入れるかどうかは、京都議定書の削減目標達成のための各国の全体的戦略に合致するかどうかを基本的基準に決定される。その他、EU競争・国家援助ルールとの整合性(他企業・部門との差別の排除)、新規参入者のための規程、早期削減の努力やクリーン技術への配慮なども考慮される。期間中に参加企業間で排出許容量を再配分する計画があれば、ビジネスの不確実性を生み出し、市場取引を阻害する「事後調整」として、実施までに修正を要求される。例えば、排出量を削減した企業の排出量上限が減らされれば、企業は排出削減をためらったり、余剰分の販売をためらうだろう。また、他の企業が政府から排出権を追加されれば、市場取引ではなく、このルートでの排出権取得の追求に走らせることになる。このような基準に照らし、計画は拒否されるか、修正の条件付きで受け入れられることになる。これまでの条件付き承認計画は、競争ルールとの整合性や事後調整、新規参入者の扱いを問題にされてきた。

 欧州委員会関連資料
 Questions & Answers on Emissions Trading and National Allocation Plans(04.4.3)
 Emissions trading: Commission clears over 5,000 plants to enter emissions market next January(04.7.7)
 Emissions trading: Commission clears 8 more plans paving the way for trade to start as planned(04.10.20)