西シベリアの永久凍土が急速に溶解 メタン放出で温暖化ガス削減努力も無にする恐れ

農業情報研究所(WAPIC)

05.8.20

 人間が作り出した温暖化を一因としてシベリアの永久凍土が急速に溶けつつある。これは温室効果ガスの大量放出につながる。それが予測されていた以上の気候変動を引き起こすだろう。NewScientist.comがロシアの研究者のこのような警告について報じている(Climate warning as Siberia melts,8.11; http://www.newscientist.com/channel/earth/mg18725124.500)。

  警告を発したのは現地から戻ったばかりのロシアのトムスク大学の植物学者・Sergei Kirpotinとオックスフォード大学のJudith Marquand。彼らによると、シベリア西部の100万uの永久凍土が溶け、浅い湖に変わりつつある。フランスとドイツを合わせた面積の泥炭湿地の急激な溶解は、数百億トンの強力な温室効果ガス・メタンを大気中に放出する可能性がある。

 Kirpotinは、この溶解はすべて最近3年か4年の間に起きたもので、未知の臨界点が超えられ、溶解の引き金が引かれたのではないかと疑う。

 西シベリアは地球のどこよりも速く温暖化している。最近40年で平均気温が3℃上昇した。これは、人間が作り出した気候変動と北極振動として知られる大気循環の周期的変動、それに加えて氷の融解ー裸地と海洋が氷や雪よりも多くの太陽熱を吸収するーのフィードバックが重なったためと信じられている。

 2ヵ月前、東部シベリアの数千の湖が最近30年の間に消えつつあるという報告が出た(New Scientist, 11 June, p 16)。西シベリアでの今回の発見と矛盾しているように見える。しかし、これは同じ過程として説明できるという。気温上昇は“結霜隆起”を生み出し、これが次には平らな永久凍土層に穴ぼこや小山を作る。永久凍土が溶け始めると、下部の氷結泥炭により排水が阻まれる池ができる。池が以前からあるより大きな湖に合体すると、最後の永久凍土が溶解、湖の水が地下に流れ去る。

 シベリアの泥炭湿地はおよそ11000年前、最後の氷河期の末期に形成された。以来メタンを生み出してきたが、その大部分は永久凍土の中に閉じ込められてきた。カリフォルニア大学のLarry Smithは、西シベリアの泥炭地だけでも、世界中の地表に蓄えられたメタンの4分の1に相当する700億トンのメタンを含むと言う。彼の同僚のKaren Freyによると、湿地が乾ききるとメタンは酸化、二酸化炭素を放出する。しかし、現在の西シベリアのように湿ったままだと、二酸化炭素の20倍の温室効果があるメタンを直接放出する。

 今年5月、アラスカ・フェアバンク大学のKatey Walterは、ワシントンの米国北極研究コンソーシアム会合で、東部シベリアでメタンが噴出している場所を発見したと報告している。これは、真冬でさえ表土が凍るのを妨げているという。

 これは、温暖化が温暖化を呼ぶ過程が既に始まっていることを実証するものであろう。700億トンのメタンがいつまでにどれほど放出されるかはわからないが、世界資源研究所(WRI)の推計(http://earthtrends.wri.org/pdf_library/data_tables/cli1_2005.pdf)では、世界全体の農業・工業生産などの人間活動から生じるメタンの総排出量は二酸化炭素換算で594820万トン[2000年、メタンの温室効果は二酸化炭素の23倍として計算、従ってメタンの総排出量は25862万トンとなる]だから、これらの排出を今すぐ止めたとしたとしても、それを上回る量のメタンが年々排出され続けるのは確実だろう。

 それだけではない。2000年の温室効果ガス総排出量は二酸化炭素換算で3339570万トン、メタンに換算すると145200万トンほどだから、700億トンのメタンのうちの2%が年々放出されるだけでも、それに相当する温室効果ガスが排出され続けることになる。つまり、334億トンほどの二酸化炭素排出が今すぐ止まったとしても、それ以上の温室効果ガスが西シベリアの凍土から排出され続ける可能性が高いだろう。

 ということは、温室効果ガス排出削減の努力如何にかかわらず、今既に手がつけられなくなっており、耐え難くなっている猛烈な熱波、干ばつ、大洪水などの災厄が、ますます頻度と強度を増していくであろうということだ。我々の将来は暗澹たるものだ。

いや、それほどの心配はいらない、シベリアの凍土が溶けたとしても家が倒れる程度、耕作可能地が広がって温暖化は悪いことばかりとも限らない、干ばつによる食糧生産への悪影響は遺伝子組み換え(GM)技術で十分克服できる、温暖化防止対策に多額のコストをかけるのは考えものだという一流学者がいる(その名は言わない。日経新聞に連載中の「未来技術をよむ 2030年の世界」を読んでいる人はわかるだろう)。

しかし、この見解は、例えば、温暖化は人々がまったく免疫をもたないマラリアをシベリアにも北上させる可能性を見過ごしている。人々がバタバタ倒れてしまったのでは、折角の可耕地も無意味になる。温暖化の影響は多岐複雑で深刻だ。作物生産に限っても、GM技術だけで対応できるような代物ではない。

この学者は、「自分の専門が全体を代表するかのように思い込」んでしまった「傲慢」な科学者(「専門バカ」)なのだろうか。それとも、「物分りがよく、呑み込みが早く、見通しが利き、前途の難関をいち早く見抜き、そして自分の頭の力を過信・・・そのため、上っ面しか撫でず、初めから困難を回避し、難関に遭遇すると意気阻喪しやすく、自分が考えたことと一致しないと相手が間違っていると思い込む」「頭のいい人」なのだろうか(池内 了 『寺田寅彦と現代』 みす ず書房 20051月 116-121頁)。

どっちにしても、我々は、もはや頭のいい科学者に未来を託すわけにはいかないようだ。「物分りが悪いために地道に努力し、呑み込みが遅いために段階を追って進まねばならず、前途の難関が見えないために楽観的な気分のままに難関にぶつかり、頭のいい人が考えてダメと決まっているような試みでも一生懸命続ける・・・その結果、頭のいい人には見えなかったことが見えるようになり、頭のいい人が手を着けなかった問題に挑戦し、頭のいい人が回避した難関をくぐり抜けたりする場合がある」「頭の悪い」我々自身に頼るほかない。

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