ハリケーン・カトリーナの被害を大きくしたのは沿岸湿地の喪失と乱開発ー米国環境専門家

農業情報研究所(WAPIC)

05.9.3

 ハリケーン・カトリーナがルイジアナとミシシッピのメキシコ湾岸州にもたらした惨状はわが国のマスコミでも連日報道されている。ブッシュ政府がテロ対策に力を注ぐあまり、予想された災害を防ぎ、被害を軽減するための措置を手抜きしてきたという批判についても報じられている。しかし、湿地の大量の破壊と沿岸地域の乱開発こそが被害を巨大化させたなによりの原因だとする環境専門家の批判については報じられることがない。

 インターナショナル・プレス・サービス(IPS)が伝えるこのような批判をここに紹介しておきたい(Wetlands Loss Left Gulf Coast Naked to Storm,IPS,9.1;http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=30112)。

 この報道によると、ルイジアナ州立大学の湿地生物地球化学研究所長のロバート・ツウィリー氏は、被害の程度を理解するのは未だ難しいが、ルイジアナがその沿岸湿地の3分の1を失っていなかったら被害ははるかに軽かっただろうと言う。彼によると、沿岸湿地は嵐と海面上昇に対する自然の防波堤として作用する。「それは湿地が我々に提供するサービスの一つだが、我々は何か破局が起きるまで、その価値を評価しなかった」。

 カトリーナは8月29日にこれら湾岸諸州を襲い、100万人をホームレスにした。ニューオーリンズは完全に水に覆われた。再建にはどれほどの時間と費用がかかるかわからない。

 環境NGO・”アメリカの湿地”:沿岸ルイジアナを救うキャンペーンの報道担当員のヴァルシン・マーミリオンは、「継続する陸地喪失のために、ニューオーリンズを含む沿岸ルイジアナの人口稠密地域の多くが、ほとんど完全にメキシコ湾にさらされている」と言う。

 昨年12月の南アジアの津波からの教訓の一つは、沿岸に育つマングローブ林が波のエネルギーの一部を吸収することで影響の軽減に役立ったということだ。これは衛星写真が明確に示している。ニューヨークの”アメリカの湿地”報道担当員のキップ・パトリックは、湿地が嵐からの最初の防衛線だ、湿地は2.7マイルごとに嵐の波を30cmほど減らすと言う。

 マーミリオンによると、状況の悲しい皮肉は、ミシシッピ河の堤防が自然保護で州最大の役割を演じる湿地そのものに排出物の堆積をもたらす思わぬ結果を生んできたことだ。ミシシッピ河は、ニューオーリンズを通ってメキシコ湾に注ぐ米国第二の長さをもつ河だ。20世紀の初期から、洪水防止と航行の改善のために、法外な工事が行われてきた。流れの直線化、支流の堰きとめ、浚渫、数百マイルにわたる堤防の建設などの工事が行われてきた。そして、ニューオーリンズは海面より10フィート低く、15フィートから20フィートの高さの堤防に囲まれている。

 これらの全能の工事の努力が地域を巨大な港湾地域、石油・ガス・化学加工地域に変えてきた。しかし、それは湾岸全体に厳しい生態的影響ももたらした。河が運ぶ膨大な堆積物は、もはや湿地を継ぎ足すためにデルタまで到達しない。その一方で、石油・ガス会社は湿地を貫く水路を掘り、底から石油を汲み上げた。そのために、地盤が沈下、海水が浸入して植生を殺した。沿岸湿地の130万エーカーが失われた。ルイジアナは、米国のすべての湿地の40%を占める最大の沿岸湿地を持つ。その重要性が認められているにもかかわらず、今でも年に17平方マイルの湿地が失われつつある。1970年代に年間50平方マイルが失われていたことに比べれば改善されているが、既に失われた面積があまりに大きい。この上の喪失はとてつもない影響を与える。地域では、洪水は定期的にやってくるようになっている。

 ツウィリー氏は、「20年から30年前には何の影響もなかった嵐が、今では洪水を引き起こしている。これは多くの人々に警鐘を鳴らしている」と言う。

 この警告と多くのの科学的証拠のために、2002年には140億ドルを注ぎ込む30年計画ができた。これは新たな防壁島嶼を建設し、堤防を改善し、また沿岸湿地の再建のために河の3分の1の流路を変更しようとするものだ。ところが、ブッシュ政府はコストにしり込み、僅か20万ドルしか出していない。地元紙・New Orleans Times-Picayuneの報告によると、ハリケーンの被害のリスクが増えているにもかかわらず、このカネさえもほとんど利用可能にされてこなかった。政府役人によると、遅れと歳出カットの理由はイラク戦争と国内安全保障(テロ対策)の費用だ。

 ツウィリー氏は、これらの費用は現在の災害に直面すれば小さなものに見える[フィナンシャル・タイムズ紙によると、経済的損害額は30年計画のコストの7倍以上、1000億ドルを超えるだろうと言うーFT.com,9.2;http://news.ft.com/cms/s/642c4524-1bd2-11da-9342-00000e2511c8.html]、「我々は湿地をどのようにして保護し、回復させるかを知っている。我々が必要としているのは、資金供給の開始だけだ。さあ進もう」と語っている。

 しかし、果たしてブッシュ政府がこのような根本的対策に踏み切るだろうか。現状では、被害救済と原状回復の応急措置に終わる可能性が高い (テロ対策を犠牲になるとなれば、それさえも保証されないが)。政府は、今回の甚大な被害も米国経済全体に与える影響は微小と楽観しているようだ。沿岸湿地 (干潟)潰しに狂奔するわが国沿岸開発推進者も、台風がますます強大化しているにもかかわらず、わが国とは無関係な外国の出来事と決め込むだろう。