砂漠にかつてない脅威 砂漠は不毛の地ではなく重要な資源ーUNEPの研究報告

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.5

 国連環境計画(UNEP)が5日、世界の砂漠が、特に気候変動のためにかつてない脅威に曝されているが、その保護のための行動が取られれば、なお重要な資源として利用できるとする研究を発表した。それは、砂漠地域が直面する問題を強調する一方、エネルギー、食料、医薬品なの死活的に重要な部門での利用の潜在的可能性も強調する。世界中の専門家が作成に携わった”Global Deserts Outlook”と題するこの研究報告は、砂漠の歴史とその驚くべき生物学、将来のありそうな変化を追跡したものという。

 UNEP:Global Deserts Outlook,06.6.5
 http://www.unep.org/geo/news_centre/index.asp

 同時に出された報道発表は次のように言う。

 Future of World’s Arid Regions Chronicled in Landmark UN Environment Report,06.6.5
 http://www.unep.org/Documents.Multilingual/Default.asp?DocumentID=480&ArticleID=5283&l=en

 地球の3370万㎢の地表面積のほぼ4分の1がある意味での”砂漠”と定義されてきた。これらの砂漠には、考えれられていたよりずっと多い5億人が住んでいる。砂漠の核心部は、世界の多くの地域で原始状態にとどまっており、地球に残る最後の完全な野生状態の地域の一部をなしている。

 しかし、このような砂漠が地球の気候変動、高い水需要、ツーリズム、灌漑土壌の塩汚染の結果としての劇的変化に直面している。人々、野生生物、水供給にとって重要であった砂漠の縁(ふち)や砂漠内部の”スカイ・アイランド”(山)と呼ばれる地域がとりわけ脅威に曝されている。軍事訓練場、監獄、難民収容所の増加につながる世界と地域の不安定も砂漠の景観を変える恐れがある。

 気候変動

 砂漠で死活的に重要な水供給は極めて不安定な状況に置かれている。多くの生き物は降雨の波に応じて突如として実を結び、繁殖する。水供給は人間の定住にも不可欠である。しかし、人間活動の結果としての気候変動が、既に砂漠に影響を与えている。

 砂漠地域では、1976-2000年の間に気温が0.5℃から2℃上昇した。これは地球全体の平均0.45℃の上昇を上回る。

 イランのカビール砂漠では、同じ期間の降水量が10年当たりで16%減った。南アフリカのカラハリ砂漠では12%、チリのアタカマ砂漠でも8%減った。他方、アフガニスタンのキジル-クム砂漠、エジプトのウエスターン砂漠では4%から8%増えた。

 温室効果ガス排出の劇的な減少がなければ、いくつかの地域では水の供給・人々・砂漠の動植物にとって重大な意味をもつ深い変化が起きそうである。

 国際気候変動パネル(IPCC)が開発したシナリオの下では、砂漠の気温は、1961-1990年の平均と比べ、2071-2100年までに平均5℃から7℃上昇する可能性がある。多くの砂漠では5%から10%、さらに15%の降水減少が見られよう。将来の気候予測の対象となった12の砂漠地域の大部分は、将来一層の乾燥に直面する。一部では世紀末までに10%から20%の降水減少が予想される。

 これは、オーストラリアのグレート・ビクトリア砂漠、アタカマ砂漠、米国のコロラド及びグレート・ベイソン地域など北半球の砂漠でも予想される。中国のゴビだけが10%から15%の降水増加が予想される。

 この問題は、南米のアタカマ砂漠やモンテ砂漠など多くの砂漠の水を養う氷河の融解によっても、ほとんど確実に一層重大化する。IPCCのシナリオの下では、アジア高地の山岳氷河は世紀末には40%から50%後退する恐れがある。これら砂漠山岳圏での過放牧と樹木その他の植生伐採により、状況は一層悪化する。

 報告は、「米国乾燥南西部、中央アジアの砂漠、アンデスの両側のアタカマ及びピュナ砂漠における農業・家庭用途の水の大部分は氷河と雪に覆われた山地に発する川から引かれている」と付言する。カリフォルニアの灌漑農地への影響のモデル予測は、これら農地が積雪の損失のために15%失われる可能性を示唆している。

 気候変動の他の影響には、一部半乾燥放牧地域の砂漠への転換やカラハリ砂漠南西部のような現在は植生で安定している砂丘の拡大が含まれる。

 水問題の拡大と農業

 一部は数千年、ある場合には100万年をかけて形成されたオアシスやスカイ・アイランドの周辺に集中する地下水が、農業及びリゾートを含む定住のためにますます汲み上げられるようになっている。地下水供給を最も失いつつあるのはアジア南西部や米国南西部の砂漠の中の都市だ。

 その他の水供給は塩化と殺虫剤・除草剤からの脅威に曝されている。

 灌漑地の地下水位の上昇は、既に中国西部、インド、パキスタン、イラク、オーストラリアで起きているように、土壌の塩化を引き起こしてきたし、恐らく一層の塩化につながるだろう。例えば中国のタリム河流域では、過去30年の間に1万2000㎢が塩化した。

 一部沿岸地域では、地下水は、過剰に汲み上げられた地下水への海水の浸入で汚染されてきた。海水は、20kmも内陸のリビアの一部帯水層に浸透した。

 世界の一部地域では、砂漠が生活と引退生活の場所としてますます人々を引きつけているが、これは大量の汲み上げと水の移転を必要とする。デトロイトやシカゴのような米国の伝統的都市の人口は1950年以来減少してきたが、アリゾナのフェニックスやツーソンのような砂漠の都市の人口は、この期間にほとんどゼロから50万、150万に増加した。アラブ首長国連邦のような国でも引退者が増加、水需要の増加を生み出している。

 砂漠を貫流する大河は千年にわたり人々の生活を支えてきた。しかし、多くのダムが建設され、ダムは価値ある水を蓄えるとはいえ、下流の水の損失は氾濫原と河川生態系に深刻な影響を引き起こした。米国南西部のコロラド河のダムはアリゾナとカリフォルニアのための水と電気を生み出したが、メキシコのデルタは水と生産性を失った。1970年に建設されたエジプトのアスワンハイダムは、下流に運ばれる栄養分に富むシルトと土壌のレベルを減らし、ナイルデルタの縮小につながった。

 水効率改善のための一つの可能性は、灌漑農業をナツメヤシのような高価な作物、蒸散が減る集約的な温室農業、水産養殖に制限することである。トウモロコシのような低価値の作物は世界の湿潤地域から輸入できる。サウジアラビアのような一部の国では海水の淡水化が行われているが、これはエネルギー価格が急上昇する世界で大量のエネルギーを消費している。旧い、先住民的な水管理の方法にもっと注目すべきである。

 生物多様性

 砂漠の生物種が絶滅の危機に瀕し、あるいは急速に減っている。

 砂漠の野生動物を保護する緊急の行動が必要だ。狩猟が最大の脅威で、アラビア、カザフスタン、スーダンの砂漠を渡るエアコンをつけたキャラバンの大集団も問題だ。砂漠山地周辺に集中する新設道路、定住地拡大、その他のインフラ開発も影響を与えている。

 砂漠の”スカイ・ランド”は、2万年ほど前に砂漠が急速に一層乾燥するようになったときに山地に閉じ込められた植物と動物のコミュニティーだ。これら山地には多くのユニークで希少な種が住む。年に3.5%の率で減少する砂漠山地生息地に結びついた乾燥林地の僅かな小片が最大の危機にある。専門家は、これらの林地ーシルクロードのような大規模な砂漠交易、サハラ横断交易などを行った地域ーが、緊急の保護・保全措置が取られないかぎり急速に失われることを恐れる。

 水の家庭・農業用途への転換で最も脅かされている生態系は、多分、砂漠を貫流する大河で養われる砂漠湿地だ。アラル海やイラクのメソポタミア湿地帯の生態系は極度の脅威に曝されている。

 報告は、砂漠の野生地ー近くに道路がない地域ーは、現在の砂漠全面積の60%から、2050年までに30%に減ると推定する。砂漠のオオツノヒツジ、アジアフサエリショウノガン、カリフォルニアの砂漠カメなど、以前は近づけなかった場所へのアクセスの増加がもたらす生息地の断片化や生息地への侵入に最も弱い種は、この変化で重大な影響を受ける。

 水産養殖からツーリズムまでの新産業

 砂漠でのハイキング、魚獲り、文化的遺物の鑑賞に惹きつけられる人々が増えている。

 諸国はこれを認め、砂漠の保全地域の数が増えている。

 北米のジョシュアツリー国立公園など、国立公園が人気を呼んでいる。

 アリゾナやネゲブ(イスラエル)などの一部砂漠地域は、安価な地価、冬季の温暖を利用し、ある場合には植物には塩分が強すぎる塩水を甲殻類動物や魚の養殖に利用している。蒸散を妨げる閉鎖系でのこのような養殖は作物生産よりも水を効率的に利用できる。

 赤味がかった色素を生産するHaematococcusと呼ばれる微細藻類も砂漠で培養されている。これは解毒剤として販売され、免疫システムの強化、肌の老化の防止、筋肉疲労の軽減に役立つと評判だ。

 中国やインドなどの砂漠植物はドイツなどに薬用植物として輸出されている。科学者は、砂漠植物の有望な医薬品成分を探索している。ネゲブで発見されたあるものは、抗癌、抗マラリア物質を持つと分かった。アルゼンチン、アリゾナ、モロッコの別の砂漠植物は、子宮癌や感染症などの病気に有効だ。モロッコの砂漠で発見された二つの植物からの精油は家禽の成長と飼料効率を高めるらしい。カラハリ砂漠の乾燥地植物であるHoodia gordonii,の成分は食欲抑制薬として販売されている。

 報告は、すべての変化が必ずしも有害であるわけではない、先住民や他の砂漠住民、もっと広い世界に明確な便益をもたらし得ると言う。

 アリゾナやネゲブの水産養殖のようなベンチャーは、新たな、環境に優しい地域住民の生計とビジネスを提供する。砂漠独特の特徴を利用する開発は、現在はエビ養殖のために刈り払われているマングローブ林を助けるのにも役立とう。

 厳しく、しばしが予測不能な砂漠の世界に適応した動物や野生植物は新たな薬品、工業製品、作物を約束する。一部専門家は、サハラ砂漠などの砂漠の800km×800kmの土地は、世界が必要とするすべての電気を生産するに十分な太陽エネルギーを捕らえることができる、砂漠は21世紀の炭素フリー発電所になることができると言う。

 それにもかかわらず、報告は、多くの変化は、よりうまく管理されなければ悪影響の方がはるかに大きそうだと言う。

 人口増加と非効率的水利用は、砂漠をもつ国に限界を超えた水不足をもたらすだろう。その例として、チャド、イラク、ニジェール、シリアが上げられる。大河が砂漠を養う更新可能な水供給も、2025年までに厳しく脅かされる。ギャリープ川(南部アフリカ)、リオ・グランデ川とコロラド川(北米)、チグリス・ユーフラテス川(南西アジア)、インダス川とギャリープ川(中央アジア)がその例だ。

 UNEPのシャフォート・カカヘール事務局次長は、「この報告が確認するか、覆す砂漠に関する多くの流布され、ときには間違った見方がある。それは不毛の荒廃地からはほど遠い生物学的、文化的にダイナミックなものとして現れる一方、ますます現代世界の影響と圧力を受けるようになっている」、それは新たな経済と生計の可能性の場としても現れ、環境が貧困との闘いの枢要な要素であることを示すと言う。

 関連マスコミ等情報
  'Dead zones' may save planets from fiery death,NewScientist.com,6.5
  Wet or dry? Sahel's uncertain future,SciDev.net,6.5
 Not all doom and gloom for deserts, says UN agency,SciDev.net,6.5
  ENVIRONMENT DAY : Yes, Deserts Can Be Productive,IPS,6.5
  Deserts 'need better managing',BBC News,6.5
  Desert cities are living on borrowed time, UN warns,The Guardian,6.5
 Why deserts will inherit the Earth,The Independent,6.5
  Desert life threatened by climate change and human exploitation,The Independent,6.5
  L'ONU s'inquiète de la menace qui pèse sur les déserts,Le Monde,6.5