季節事象の変化に適応する動物の進化 気候変動の影響が遺伝子レベルまで浸透 

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.12

 オレゴン大学の生態学・進化生物学センターの研究者が、最近の急速な気候変動が動物を気温上昇の直接的影響よりも季節事象の変化に適応するような進化に駆り立てているという論文を発表した。研究者は、気候変動の影響を緩和するための有効な手段が取られなければ、我々が馴染んでいる自然界は存在をやめるだろうと警告している。また、これをもたらした環境の変化ー植物成長季の変化ーは、特に農業に関係した大きな経済的影響ももたらし得ると言っているともいう。

 William E. Bradshaw and Christina M. Holzapfel,Evolutionary Response to Rapid Climate Change,Science 9 June 2006: Vol. 312. no. 5779, pp. 1477 – 1478.
  Summary:
http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/312/5779/1477

  過去40年、動物種は分布域を局地に向かって広げ、動物集団は春季に以前よりも早期に移住し、発育し、繁殖するようになってきた。これらの分布域拡大と季節事象のタイミングの変化は、一般的には環境条件の変化に応じて行動、形態、生理機能を変える個体の能力である“表現型の可塑性”で説明されてきた。しかし、研究者はそれがすべてではない、最近の諸研究は、最近数十年の気候変動が小鳥、リス、蚊など、様々な動物集団に遺伝的変化をもたらしたことを示していると言う。

  これらの遺伝的変化は、季節事象のタイミング、あるいは季節の長さへの適応にかかわる。カナダの赤リスの春季の繁殖季は早まり、それによって早まったトウヒの球果生産を利用している。中央の頭黒ムシクイ(小鳥)は、ますます多くがイベリア半島よりもブリテン島で越冬するようになっている。遺伝的に区別されるブリテンの亜集団が営巣地にやってくる時期は早まり、そうすることでより有利なテリトリーやつがいを獲得している。ヨーロッパのシジュウカラはいも虫などで子を養うが、これらの虫は春の到来が早まったことで、雛が孵化する前に成熟するようになり、繁殖に成功する機会が減っている。しかし、シジュウカラには遺伝的変異で卵を産む日を調整する能力があり、大部分の個体が繁殖に成功する機会を維持している。

  昆虫も最近の長期化する植物成長季に適応している。ヨーロッパ、北米、オーストラリアのミバエの集団では、様々な対立遺伝子や染色体遺伝子配列逆位の出現率がより南方の集団の出現率に近づいてきた。嚢状葉植物の中に住む北米の蚊の集団は、休眠開始の合図としてより短い南方の日長を利用するように遺伝的にシフトしている。

 これら動物の気候変動への適応お仕方は多様だが、すべては季節に関連した遺伝的変化に関係している。気温上昇に対応する遺伝的変化が起きている証拠を示す研究はまったくない。最近の気候変動に関連した一層の高温への適応や暑さへの耐性強化に向けての遺伝的変化の例は見られないという。

 研究者は、北米中部・東部の気温の季節的変化の様相からこれを説明している。横軸に月、縦軸に緯度を取った等温線の間隔は夏季に大きく開き、冬季に縮まる。北米の地表気温の緯度による違いは、夏の暑さにおいてよりも、冬の寒冷さにおいて大きい。従って、動物の暑さに対する耐性の上限は緯度によっては大きく変わらず、動物は季節事象のタイミングへの適応を優先することになる。少なくとも昆虫種の内部においては、北部の集団は、南部の集団よりも長い日長を合図に秋のより早い時期に休眠を開始する。ところが、最近の温暖化は、合図としてより短い日長を利用するような遺伝的変化をもたらしたという。

 最近の諸研究は、上に述べたような遺伝的変化の例を発見した。これらの例は、急速な温暖化の影響が様々な生物集団の遺伝子のレベルにまで浸透していることを示す。これらの遺伝的変化は、何時生育するのか、何時繁殖するのか、何時休眠に入るのか、何時移住するのかといった主要生活誌事象のタイミングに影響を与えている。

 しかし、すべてがこのような適応で生き残れるわけではない。研究者は、短い生命のサイクルをもち、集団の個体数が多い小動物は長くなる成長期間に適応し、存続できるかもしれないが、長い生命のサイクルをもち、個体数が少ない多くの大型動物の集団は集団規模を縮小するか、南部の種に取って代わられるだろう、環境変化と進化論的変化の相関度をめぐる問題は残るが、「急速な気候変動の長期的マグニチュードが広く認識され、その影響を緩和するための手段が取られなければ、我々が馴染んでいる自然界は存続をやめることになるだろう」と言う。

 この研究を取り上げたニュース記事によると、この論文の著者の一人であるHolzapfelは、この変化は、特に農業に関連した大きな経済的影響ももたらし得ると言う。もう一人の著者であるBradshawは、「成長期間が十分に長くないために、カナダ中部や北部では現在トウモロコシが栽培されていない。成長期間が長くなることで、カナダ人はもっと多くのトウモロコシを栽培できるようになるだろう」と言う。しかし、Holzapfelは、「米国は農業ベルトの北への移動で砂嵐地帯になる。我々はアフリカの大規模干ばつで既にこれを経験している」と言う。

  Animal DNA Changing with Climate, Study Finds,SPACE.com/LiveScience.com,6.8
  http://www.livescience.com/animalworld/060608_genetic_shift.html