農業情報研究所


自然保護の便益は費用の100倍ー「サイエンス」論文

農業情報研究所(WAPIC)

02.8.12

 経済学者と環境保護論者からなる国際的研究チームが、自然保護の便益は保全プロジェクトの費用をはるかに凌ぐという研究結果を8月8日に刊行された「サイエンス」誌に発表した(Andrew Balmford et al.,Economic Reasons for Conserving Wild Nature,Science,297,950(2002))。この論文は、ヨハネスブルグで開かれる持続可能な発展に関する世界サミットを前にした「サイエンス」誌の特集・「持続可能な発展の挑戦」に収録された論文の一つである。生物多様性の保全はサミットの大きなテーマとなろうが、自然保護のための実行措置については実質的前進はほとんどないと予想されている。このような事態の打開を促そうとする強い意図が感じられる。

 研究によれば、年間450億ドルの費用を要する自然保護プロジェクトは、年間4兆4千億ドルに相当する財とサービスを生み出し、費用:便益比は1:100にもなる。この結論は、保全の便益を計算するために世界中で行なわれた五つの研究から導かれたものである。これらの研究は、伐採されたマレーシアの熱帯雨林、農業と商業的プランテーションのために利用されるカメルーンの森林、エビ養殖のために使われるタイのマングローブ湿地、漁業のためにダイナマイトで破壊されるフィリピンのサンゴ礁、農業のために干拓されるカナダの低湿地にかかわる。これらの各ケースにおいて、ストームと洪水からの保護、炭素吸収、持続可能なツーリズムなどの自然が提供するサービスの損失は、保全の便益を大きく上回った。自然が提供するサービスの価値評価は難しいが、これらのサービスに個人と国がどれほど支払う用意があるかアセスする方法で推計された。価値評価が困難と分かった便益は含まれていない。ただ、自然サービスの多くは確立した市場をもたないのだから、この種の推計に異論はつきものである。

 Financial Timesによると(Studies show benefits of eco-production,Financial Times,8.9,p.5)、英国ロイヤル・ソサイエティ・鳥類保護環境政策ヘッドのPaul Jefferissは、この研究が世銀その他の考え方の変更の必要性を証明したと言う。しかし、例えば、カナダの湿地に関する推計をみても、結果の違いは大きすぎる。サイエンス論文著者は、カナダにおける湿地保全の社会的便益は38兆ドルで、農業から得られる利得を大きく凌ぐと言う。しかし、オンタリオ資源省の研究は、農地1000haを最初の湿地状態に戻すことによる農業関連所得損失は177万5千ドルになるのに、ハンターや観光からの長期的所得は年に33万3千ドルにしかならないと言う(Converting wilderness costly,researchers say,The Globe and Mail,8.9)。

 この研究がかつてない包括的なものであることは確かであるが、実際にどれほどのインパクトをもつのだろうか?

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