米国学術研究会議 トウモロコシ・エタノールの拡大が続くと米国の水がもたない

(文献紹介)

農業情報研究所(WAPIC)

07.10.12

 全米科学アカデミー傘下の米国学術研究会議(National Research Council、NRC)が10月10日、バイオエタノール生産のための作物栽培の拡大が水質悪化とともに、地域によっては重大な水不足も招くとする報告書を発表した。

 Water Implications of Biofuels Production in the United States
 http://books.nap.edu/catalog.php?record_id=12039

 報告によると、とくに、米国のバイオ燃料生産のために最も広く使われているトウモロコシは、例えばスウィッチグラスや自生の草のような他の植物よりも、エネルギー単位あたりで一層大きなダメージを生み出す。

 農業のやり方の改善や、水のリサイクル、トウモロコシ以外の原料への転換等の別の手段で問題を軽減することはできるかもしれない。しかし、基本的知識が欠如しているために、かつて経験したことのないバイオ燃料作物栽培の広大な土地への拡大によって何が起きるか予測するのは非常に難しい。だから、トウモロコシ以外のエタノール原料の利用の奨励にも慎重だ。

 この報告は、エネルギー自立を目指すブッシュ政府の政策的支援も手伝ってここ数年で急速に生産を伸ばしているバイオ燃料ーほとんどがトウモロコシを原料とするエタノールーの水資源とこれに関連した土地資源への影響を検討したものである。

 米国のエネルギー需要を満たすためのバイオ燃料の栽培と加工は、水資源の利用方法を変えるだろう。しか、その水資源への影響は複雑で、モニターは難しく、地域によっても大きく異なるだろう。従って、NRCは今年7月12日、ワシントン・DCで、連邦・州政府、NGO、学界、産業の代表者の間の議論を促すための討論集会を開いた。この報告は、この集会での議論、参加者が提出したペーパー、査読文献と、大学や研究機関の研究者で構成されるこの問題に関する専門家委員会の”プロフェショナルな判断”を基に作成された。

 従って、ここに示されたのは、ほぼ”科学的”コンセンサスを得た見解と考えることができる。最近の他の諸研究も併せ考えると、特にトウモロコシや小麦、大豆・菜種などの主要農作物を原料とするバイオ燃料には、ほとんど”引導”をわたしているかのように見える。

 以下に、この報告書の要点をまとめておく。

 バイオ燃料のタイプ

 現在、米国で支配的なバイオ燃料はトウモロコシ由来のエタノールで、ソルガム由来のエタノールや大豆由来のバイオディーゼルは米国のバイオ燃料のほんの僅かな部分を占めるにすぎない。その他、ポプラや柳のような生長の速い樹木、動物油、植物油、リサイクル油脂、スウィリグラスのような永年性草本、糞尿やセルローズ系廃物のような農業・林業廃棄物、藻類・海草などの水生生物、下水汚泥や固形廃棄物のような都市廃棄物もバイオ燃料の原料となることができる。これらのそれぞれが、水資源に独特の影響を与える。

 最も将来が見込まれる新たなバイオ燃料の一つが、小麦の藁、自生の草、間伐材などの繊維物質由来の”セルロース系エタノール”である。現在、これは、技術的理由で試験的、商業的展示の規模で生産されているにすぎない。しかし、次の10年のうち(2010年代)には商業生産が始まるだろう。

 水供給への影響

 水はますます希少な資源となりつつある。一部地域では、重大なストレスが起きている。例えば、中部のオガララ(またはハイ・プレーン)帯水層の地下水位は、1940年頃以来100フィートも下がっている。バイオ燃料生産の増大による農業方法の変化、トウモロコシ生産とバイオ燃料製造施設の増大は、水資源管理に関する一層の難題を突きつけるだろう。

 灌漑用水利用

 バイオ燃料作物栽培で必要な水が増えるか減るかは作物の種類と栽培される場所による。トウモロコシ栽培は、太平洋地域や山岳地域では大豆栽培よりも少ない水で済むが、北部や南部ではその反対になる。従って、大豆からトウモロコシへの転換の水需要への影響は地域によって異なる。従って、バイオ燃料作物の水資源への全体的影響の推定には大きな不確実性が残る。

 ただ、バイオ燃料生産のために、乾燥西部地域[現在は農業が不在]などの土地に農業が進出することになれば、水の利用可能性に劇的な影響を及ぼす可能性がある。

 今後5年から10年の間、バイオ燃料生産のための農業生産の増加が国全体としての水利用に影響を与えることはなさそうだ。しかし、既に水資源のストレスがある地域への影響は大きい。どんな作物が栽培されるのか、どこで栽培されるのか、全体的農業生産の増加がどこで起きるのかによって、現在経験しているよりもはるかに大きな水資源量の問題が起きる可能性がある。

 バイオ燃料製造施設の水利用

 このために使用される水の量は、植物栽培のための量に比べれば少ないが、施設は小さな地域に集中するから、地方的影響は大きい。年に1億ガロンのエタノールを生産する工場は、人口5000人の町と同等の水を使う。

 水質への影響

 バイオ燃料作物導入に伴う農業のやり方の変化は水の量だけではなく、水質にも影響を与える。例えば、草地や林地のトウモロコシ畑への転換は、肥料の流出や土壌浸食にかかわる問題を激化させる恐れがある。

 肥料の流出と富栄養化汚染

 農業が使用する窒素や燐のような肥料や農薬は水系に流れ込み、水質に影響を与えている。例えば、ミシシッピ河に洗い流される過剰窒素は、海洋生物が生き残れないメキシコ湾の酸素欠乏”デッドゾーン”の原因として知られている。バイオ燃料作物栽培の増加は、このような問題を一層深刻なものにするだろう。、

 肥料の要求量は作物によって異なる。異なる作物の水質への影響を比較するために利用できる一つの指標は、バイオ燃料に取り込まれる純エネルギー1単位あたりの肥料と農薬の投入量にである。バイオ燃料作物の中でも、単位面積あたりで最大の肥料と農薬が施用されるのはトウモロコシである。得られる純エネルギー単位あたりでは、バイオディーゼルの窒素と燐の要求量はトウモロコシよりも少ない。他のすべての条件が同じとすると、他の作物や植物をトウモロコシに転換することは、一層多くの窒素の施用につながる。

 土壌浸食と沈積

 沈積は土壌が浸食され、表流水に流れ込むときに起きる。沈積物は水質を損ない、農業やその他の汚染物質を運ぶ。そして、農地の浸食による沈積物の量は、土地利用と直接関係しており、利用が高度化する(牧草地・林地→トウモロコシ畑)ほど浸食は大きくなる。

 近い将来に最も起こりそうな浸食増加の原因は、全体としての農業生産を増やすために農務省の自主的保全プログラム(環境的に重要な場所や浸食されやすい場所の農地を自然草地や林地に転換する農家への支払など)に参加している土地を農地に戻す動きが広がることである。

 土壌や栄養分を保持し、肥料や農薬の投入量が少なくて済むスィッチグラス、ポプラ、柳のような永年作物からのバイオ燃料の生産は、バイオ燃料作物の悪影響を減らす別の選択肢となる。

 ただし、このような作物からのセルロース系エタノールの生産を取り巻く不確実性がある。すなわち、このような作物の大規模栽培への利用の歴史はほとんどなく、水、必要となる窒素の投入量、除草剤使用、土壌浸食への影響のような基本的情報、さらには収量に関する情報さえもが、暫定的なものでしかない。

 報告は、水への影響を軽減する農業方法や、いくつかの望ましい政策選択肢(バイオ燃料生産の水利用や水質への影響を軽減する補助金の導入、最善の農業慣行を奨励する政策、セルロース系バイオ燃料を奨励する政策)を示すが、エタノール生産のためのトウモロコシの利用が増加を続けるならば、水質への危害の増加は重大なものになる、また、量的な観点からは、水位が後退しつつある帯水層からの持続不能な水の汲み上げを防止する措置が不可欠と警告している[これでは、現在のコーンベルトでのトウモロコシ生産はほとんど不可能になる]。

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 これは、まさしく、現在のエタノール・ブームに”引導”をわたすものといえないだろうか。だが、それでも、産業界や”グリーンファンド”を急拡大させる金融・投資業界、世界的大富豪は、今や後戻りができないほどの巨大な資金をバイオ燃料生産に投じてしまっている。彼らは、人々と生きものにとってかけがえのない地球環境の破壊者として歴史に名を残すしかないのだろうか。

 ちなみに、環境破壊という点では基本的には米国のトウモロコシ由来エタノールと同罪のブラジルのサトウキビ由来エタノール、パームオイル由来のディーゼルにかかわる者も含めたこれらの主要破壊者の名を列挙しておこう。

 穀物メジャーとアグリビジネス:ADM、カーギル、中国国家穀物・油脂・食料品輸入輸出会社、ノーブルグループ、モンサント、デュポン、シンジェンタ、コナグラ、ブンゲ、伊藤忠、丸紅、ルイ・ドレフス

 砂糖企業:ブリティッシュ・シュガー、テート&ライル、テレオス、サクデン、コサン、アルコグループ、EDF & MAN、ロイヤル・ネダルコ

 パームオイル企業:IOI、ピーター・クレマー、ウィルマー

 石油企業:ブリティッシュ・ペトロレウム、ENI、シェル、三井、三菱、レプソル、シェブロン、ティタン、ルクオイル、ペトロブラス、トタール、ペトロチャイナ、中国国家海外石油、スカンオイル

 銀行・投資会社・億万長者:ラボバンク、バークレイズ、ソシエテ・ジェネラル、モルガン・スタンレー、クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ、ゴールドマン・サックス、カーライルグループ、ビル・ゲイツ、ビノド・コースラ、ジョージ・ソロス