FAO事務局長 富者でなく貧者のためのバイオエネルギーを バイオ燃料偏重は的外れ

農業情報研究所(WAPIC)

07.8.16

 国連食糧農業機関(FAO)のジャック・ディウフ事務局長が8月15日付けフィナンシャル・タイムズ紙上で、専ら輸送用バイオ燃料に焦点を当てた現在のバイオエネルギーをめぐる論議を痛烈に批判、バイオエネルギーが貧しい国々に提供する”歴史的機会”を生かすための国際バイオエネルギー戦略の緊急の立案を要請している。

 Biofuels shoud benefit the poor,not the rich,Financial Times,07.8.15,p.11.
 Web版はBiofuels should benefit poor,FT.com,8.14だが、全文を見るのは有料。

 事務局長によると、バイオエネルギーは、正しく利用されれば、世界の多くの最貧国における成長を速め、農業ルネッサンスを呼び起こし、世界人口の3分の1に近代的エネルギーを供給する”歴史的機会”を提供する。しかし、この約束は、正しい決定が今なされ、適切な政策が実施されるときにのみ果たされる。国際的バイオエネルギー戦略の立案が緊急に必要だ。このような計画がなければ、貧困と環境損傷をますます加速する”直接的に反対の効果を生み出す危険”があるという。

 このような戦略は、とりわけ世界バイオエネルギー市場の大きな部分が途上国の農民と農村労働者によって生み出されるように保証せねばならない。それは、農村貧民による国際エネルギー市場へのアクセスを促すワンセットの政策を含むべきである。

 第一に、先進国(OECD諸国)がエタノール輸入に対する貿易障壁を引き下げる必要がある。

 第二に、バイオエネルギー原料を必要とされる規模で生産し、加工し、販売するために、小規模農民が自ら組織化できるように保証する必要がある。

 第三に、バイオエネルギー製品が必要な環境基準を満たす場合にのみ取引できるように保証する認証システムが必要だ。このようなシステムにより、大規模で産業的規模の土地でのモノカルチャーとは対照的な、典型的には複雑で生物多様性に富む生産スステムを運用する小規模農民によるバイオエネルギー生産が助長されることになる。

 これらの措置により、一般的には先進工業国よりもバイオマス生産に適した生態系と気候に恵まれ、また豊か土地・労働力を持つ途上国が自らの比較優位を利用することが可能になる。

 ところが、バイオ燃料をめぐる論議は、専ら輸送用化石燃料の問題に集中している。現在、輸送用バイオ燃料は世界エネルギー生産の1%に満たない。国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、2030年においても、バイオ燃料は輸送用全燃料の4%から7%を供給し、その大部分は米国、EU、ブラジルで生産され、消費されるだけだ。

 しかし、大部分の途上国で家庭の暖房や調理のために燃やされている薪、炭、家畜排泄物、作物残滓などの”伝統的バイオエネルギー”は、これに比べてはるかに多い世界エネルギーの10%を供給している。

 従って、専ら輸送のためのバイオ燃料に焦点を当てた論議は、貧困削減のためのバイオエネルギーの能力に関する論点から完全に外れている。8億の乗用車やトラックを維持することよりも、20億の人々が自身の電気とその他のエネルギーを生産するのを助けることに焦点を当てねばならない。

 乾燥牛糞でコンピュータ・ネットワークを動かすことはできない。しかし、近代技術はこれをバイオガスに加工することができる。1日2ドル以下で暮らす20億の人々が手頃な費用の、自分が生産した、環境的に持続可能なバイオパワーに転換するのを助けることは、貧困削減への巨大な貢献になる。石油価格の高騰が最貧国経済に重大な負担を課している現在、このような変化は急を要する。

 事務局長は、遅くとも来年夏には、国際バイオエネルギー市場の基本的ルールに合意するためのハイレベル会合を開くことを目指すと言う。それは、「バイオエネルギーが、持続可能な成長や進歩を促すとともに、既に豊かな者がますます豊かになり、慢性的貧困に苦しむ者をますます貧困にし、ますます脆弱になる環境をさらに損傷するのを防ぐその能力を実現する」ことを保証するためだ。

 食料価格高騰を生み出す食料作物、あるいはその食用部分を原料とするバイオ燃料の生産には世界的にも、日本でも批判の声が高まっている。しかし、FAOが中心となって行われた国連あげての包括的バイオエネルギー影響評価における「産業開発の是非や発展速度、追求すべき技術・政策・投資戦略はいかなるものかを決定する前に、バイオエネルギーの経済・環境・社会的影響を注意深く見極めねばならない」という警告(国連バイオエネルギー影響評価報告 バイオ燃料産業急拡大に警告,07.5.10)には、著名なバイオ燃料批判者たちでさえ、ほとんど耳を傾けようとしない。事務局長の危機感は高まるばかりなのだろう。

 再三引用するが、この評価報告は、「輸送またはその他の燃料としてよりも、熱電併給のために生物資源を利用するのが、今後10年における温室効果ガス排出削減のための最善にして、最も安上がりの方法だ」と結論していた。現状では、稲藁等の作物残滓の自動車用燃料エタノールへの加工でさえ、「経済・環境・社会」への悪影響を免れない(これらの問題に関しては、近々公刊される『世界』10月号で詳述しておいた)。