H5N1鳥インフルエンザ、密輸野鳥がヨーロッパに運ぶ

農業情報研究所

04.10.28

 タイの高病原性鳥インフルエンザ・ウィルスH5N1が、密輸人によりペットとして持ち込まれたタイ山地のクマタカを通してヨーロッパに伝播した。グローバル化時代の恐ろしさをまざまざと実感させる出来事だ。

 先週、ベルギー・ブリュッセルの空港でタイから密輸されたつがいのクマタカが見つかり、人間の感染を引き起こしていることが分かった。密輸したタイ人はウィーン系由でブリュッセルに飛んだ。18日、空港での無作為麻薬チェックにたまたまひっかかり、税関官吏がこの2羽を隠し持っているのを発見した。このタイ人は、訪問先へのみやげのつもりだったという。

 彼は絶滅危惧種貿易条約により要求される許可証も持っていなかった。EUはタイなどの鳥インフルエンザ発生国からのすべての鳥の輸入を禁じている。だが、ベルギーの法律は密輸者の拘留を定めていない。彼は釈放され、瀕死のクマタカは殺処分された。その二日後、ベルギーの獣医当局者が、これらの鳥がアジア種のものであることに気づき、鳥インフルエンザ検査を行った。結果はH5N1陽性だった。密輸者の捜索が始まったが、彼は自らアントワープの病院に現われた。検査したが感染は発見されなかった。ところが、クマタカを殺した獣医が結膜炎を発症した。眼の鳥インフルエンザ感染は、人間でよく起きる。

 東アジアのH5N1鳥インフルエンザは決して終息していない。このウィルスは、昨年末以来、東アジアに定着してしまった。タイでも、10月19日、14歳の少女が7月の再発以来4人目の犠牲者になった。ベトナムとタイを合わせ、感染者44人、死者32人に達している。今月半ば以来、死んだ鶏を餌として与えられたタイの動物園の虎も次々と感染、22日までに83頭が死ぬか殺され、23頭の感染が確認された。

 タイ当局はウィルスの封じ込めに懸命だ。アヒルの放し飼いも禁じた。だが、国中にいたるところに広がっているこのやり方を完全に廃止することは不可能だ。畜産開発局は、およそ2の放し飼い農家があると推定されるが、130万のアヒルを放し飼いにする3,000の農家が登録されているにすぎないと言う(Smuggler's family under bird flu watch,Bangkok Post,10.27)。まして、山地の野鳥まで感染しているのでは、ウィルスの拡散防止は絶望的だ。鳥インフルエンザは東アジアのどこにも、いつでも現われる可能性がある。今週も、インドネシア・ジャワ島の8つの村で、大量の家禽の鳥インフルエンザ死が報告されている。

 そして、今回の事件は、これが世界中に拡散する恐れが現実的なものであると実感させる。この事件を報じた”NewScientist”の記事は(Europe has close call with deadly bird flu,0.26)は、ベルギー当局は、”We were very, very lucky”、「これはヨーロッパの爆弾になったかもしれない」と語ったと伝える。だが、続けて、野鳥の違法な密輸は非常な広がりを見せており、”運”と、ウィルスの人間への伝播の困難さだけが、今までのところ公衆衛生の災厄を防いでいるのではないかと言う。密輸者はウィーンからブリュッセルに飛んだ。シェンゲン協定により、オーストリアからベルギーには、パスポートのチェックも受けずに入れる。密輸が発見されたのは、まさに偶然にすぎない。

 絶滅危惧種も含めたペットとしての野鳥の密貿易は世界中に広がっている。発覚するのは氷山の一角にすぎないだろう。ヨーロッパのみならず、「世界の爆弾」になる恐れがある。筆者は今、この高致死率の鳥インフルエンザの世界的蔓延を、BSE以上に恐れている。BSEのリスクは、適切な対策を講じさえすれば、相当に軽減できる。効率のみを追求する「工業畜産」への流れを止めれば、根絶も可能かもしれない。問題は、人々がこのように動こうとしないことだけだ。だが、鳥インフルエンザの拡散はどうしたら防げるのか。今のところ、有効な手立ては見つかっていない。ワクチン開発の可能性はあるが、これもウィルスの進化とのいたちごっこになる恐れがある。