抗ウィルス薬過剰依存のインフルエンザパンデミック対策に警鐘ー薬剤の有効性に関する新研究

農業情報研究所(WAPIC)

06.1.26

 大量の人々の殺戮につながるだろうと言われ、いつ起きてもおかしくないと警鐘が鳴らされている新型インフルエンザの世界的流行(パンデミック)に備え、世界中の国がタミフル等の抗ウィルス薬の備蓄を競っている。ところが、既存の抗ウィルス薬に頼るインフルエンザ対策に強く警告する新たな研究が現れた。

 英国の医学誌・ランセット(06年1月19日)に発表されたこの研究は、広く処方されているアマンタジンやリマンタジンなどの抗ウィルス薬は効果がなく、副作用があり得るから季節的あるいはパンデミックインフルエンザの制御には使うべきでない、他の二つの抗ウィルス薬ーザナミビル(リレンザ)とオセルタミビル(タミフル)ーは季節的インフルエンザに対して常用してはならず[日本はタミフルを常用、世界の使用されるタミフルの大半が日本で使用されている]、深刻なエピデミック(国・地域での大流行)とパンデミックの場合にのみ、他の保健手段ーマスクや手袋の着用や手洗いなどーと併用で使われるべきだと言う。

 T Jefferson et al,Antivirals for influenza in healthy adults: systematic review,The Lancet Early Online Publication, 19 January 2006:Summary

 この研究は、アマンタジン・リマンタジン(A型インフルエンザウイルスが持つM2蛋白質の機能を阻害する)、A型・B型両方のインフルエンザに有効とされるリレンザ・タミフル(細胞表面からウィルスを遊離・拡散させるノイラミニダーゼを阻害する)の二つのタイプの抗ウィルス薬に関する過去の50の治験のデータを精査した。

 その結果、どちらのタイプの抗ウィルス薬についても、実際にはインフルエンザ様の病気の治療に有効であるという証拠は見つからなかった。インフルエンザ様の病気とは多数の様々なウィルスが引き起こすもので、A型・B型インフルエンザウィルスが引き起こすインフルエンザとは異なる。特定タイプのインフルエンザの検査に先立って医師が診断を下すこの病気のすべてがインフルエンザであるわけではない。

 どちらのタイプの抗ウィルス薬も、真のインフルエンザの症状を防ぐか、緩和するという証拠は見つかったが、感染を防止するという証拠は見つからなかった。アマンタジン・リマンタジンは患者の鼻からのウィルス発散や上部気道中のウィルスの存続には何の影響もなく、リレンザ・タミフルは体内のウィルスの量やウィルス発散を減らし、この効果は患者が治療を受けている間持続した。しかし、タミフルは季節的インフルエンザの家族内での拡散を防ぐ能力があるかもしれないが、感染を防げないだけでなく、ウィルス拡散を防止できるわけでもない。

 さらに、アマンタジンの使用はウィルスの抵抗性を急速に発達させること、アマンタジンとリマンタジンは幻覚や興奮などの副作用を引き起こすことも分かった[アマンタジンとリマンタジンについては、最近、米国疾病予防抑制センターも、薬剤抵抗性発達のために2005-06年のインフルエンザシーズンについてはA型インフルエンザの治療や予防に使うべきではないと勧告している→http://www.cdc.gov/flu/han011406.htm。日本でも、けいゆう病院(横浜市)の菅谷憲夫・小児科部長らの調査で、横浜市内で分離された24株のインフルエンザウイルスのうち、21株でアマンタジン耐性の遺伝子変異が見つかったという最新報道があるー朝日新聞、1.26→http://www.asahi.com/life/update/0126/002.html)。

 これらのことから、次のような結論が導かれる。

 ・インフルエンザ様の病気には効果がないから、通常のインフルエンザシーズンのこれら薬剤の常用は実際的意味がない。

 ・アマンタジンはウィルスが急速に抵抗性を発達させるから、リマンタジンとともに一層の使用は勧められない。

 ・タミフル・リレンザは感染者がウィルスを拡散させるのを防げないから、人々が治療中の患者からインフルエンザをもらう可能性がある。上部気道のウィルス濃度が季節的インフルエンザよりもはるかに高いパンデミックの間には、とくにこれが起こり得る。

 ・従って、深刻なエピデミックやパンデミックの制御のためにタミフル・リレンザを使用する場合には、他の制御手段も併用されねばならない。マスク・ガウン・手袋の着用、隔離、手洗いなの手段も利用されるべきである。

 ・深刻なエピデミックやパンデミックの制御を過度に薬剤に依存することは、薬剤投与を受けている人々を用心深い行動から遠ざけ(ちょっと良くなったからといって外出したり、出勤する)、ウィルス拡散を助け、公衆衛生上の重大な結果をもたらす。

 研究者は、「アマンタジンとリマンタジンの使用はやめるべきである。ノイラミニダーゼ阻害剤は、効果が低いために、季節的インフルエンザの制御のために使用されるべきではなく、深刻なエピデミックまたはパンデミックの際にのみ、マスク、ガウン、手袋、隔離、手洗いなどの他の公衆衛生措置の並んで使用されるべきである」と言う。

 このような結論には大いに異論があり得よう。この研究が現在のタミフル備蓄競争に歯止めをかけるとも思えない。しかし、少なくとも、各国政府と国際機関は抗ウィルス薬に過度に依存するパンデミック対応戦略に代わる代替戦略の構築を急ぐ必要があるように思われる。さもないと、ウィルスを撒き散らす人々が街に、職場に、病院に溢れ、最悪の事態を招く恐れがある。同時に、最も有効なパンデミック対策は、アジア諸国で収まらず、今や中東にまで広がり、アフリカにまで拡散することが恐れられている鳥と人間の鳥インフルエンザの封じ込めだという国連食糧農業機関(FAO)の主張を改めて思い起こさねばならない。