農業情報研究所環境原子力東電福島第一原発事故関係2011年10月10日

「福島の玄米の汚染度は健康被害報告のなかった過去の体験領域」 嘘が生み出すリスク

  2011年産米の放射性物質(事実上、放射性セシウム)調査が終わりに近づいた。いまや、多くの場合は土壌からの放射性セシウム溶出率が小さいことから暫定規制値を超える米はほとんど出ないだろうと筆者の予想(進むコメのセシウム検査 規制値超えの可能性はゼロに近いが 消費者は?稲わらは?,11.9.2)に大きな狂いはなかったと確認できる。

 福島県二本松市等でのわずかばかりの調査を残す現段階で、暫定規制値である1キログラムあたり500ベクレルに達したのは二本松市の予備調査で見つかった1例のみ、163ベクレル(福島県伊達市旧小国村)を最高とする100ベクレル以上も5例(本調査)を数えるに過ぎない(2011年産米放射性物質検査結果)。

 そして、500ベクレルが検出された二本松市の玄米が生産された水田の土壌は、セシウム溶出率が比較的高い砂質の土壌で、このような水田土壌はそれほど広く分布していない(コメの放射性物質検査 福島県で暫定規制値なみのセシウム初検出 セシウムが溶出しやすい土壌?,11.9.24)。

 他方、163ベクレルが検出された伊達市旧小国村の場合、土壌汚染度が異例の高さであった。この地区の水田土壌は農水省土壌調査の対象になっていないが、調査された7地点の畑地土壌の放射性セシウム濃度は2853〜8571(平均5289)ベクレル/kgにも達している。このような高濃度汚染地域も多くはない。

 http://www.s.affrc.go.jp/docs/press/pdf/110830-24.pdf

 従って、2011年産米の放射性セシウム濃度は、大方の場合、暫定規制値を大きく下回るに違いない。輸入品の暫定規制値(1キログラムあたり370べクレル)も大きく下回るだろう。

 しかし、こうした結果を受けて、土壌の汚染はひどくても(放射性セシウム濃度は高くても)米に移行する放射性セシウムは非常に少ないから、2011年産米は恐れていたほどには危険でないという”風評”が早くも流され始めたことには警戒を要する。暫定規制値が高すぎるのだから、それを大きく下回ったからといって安全が保証されるわけではない。これは消費者もとっくの昔にご存知だ。しかし、専門家は、調査結果を使って、原発事故の影響などまったくなかったかのように言いふらし、そうした消費者の懸念をも吹き飛ばそうとしはじめた。だから、非常に危ないのだ。

 先日紹介したように、東北大大学院農学研究科の南條正巳教授は、福島県の作付け制限地域以外の8市町村(二本松市、伊達市、本宮市、川俣町、大玉村、郡山市、田村市、いわき市)の調査結果からして、玄米1キロ当たりの平均放射性セシウム濃度は、検出下限値を20ベクレルとした場合には24.6ベクレル、下限値を10とすれば12.6ベクレルにとどまるとした上で、「農業環境技術研究所のデータによると、玄米中の放射性セシウム濃度は最高だった63年で、全国の平均値は11.5ベクレル。最高地点では20.4ベクレルだった。福島の濃度は、検出下限値の設定で変わるが、それでも平均で10〜20ベクレル台。このことから、福島の玄米の汚染度は過去にわれわれが体験し、健康被害報告のなかった領域にとどまっていることを示している」と言っているという(玄米セシウム汚染濃度 福島、国係数の1割以下 河北新報 11.10.7)。

 これを受け、早速、原発事故による放射性物質飛散による土壌汚染は相当量に達したが、作物の土壌からの汚染は当初の懸念ほど大きくはなかった、それを示す科学的知見を広め、風評被害を極力抑えるよう努めたいと主張するマスコミも現れた(東日本大震災 農作物汚染/科学的根拠で不安を拭おう(社説) 河北新報 11.10.9)。

 「日本土壌肥料学会の会長を務める東北大大学院農学研究科の南條正巳教授(土壌立地学)は、福島県内の放射性セシウムによる土壌とコメの汚染について分析した。その結果、実際の移行係数は平均すれば0.01以下だった。もう一つ、分かったことがある。確かに土壌は過去最高レベルの汚染に至ったが、玄米の汚染度は大気圏核実験が盛んだった1960年代のピーク時とほぼ同じ水準だということだ。・・・・・・もちろん手放しで楽観できる状況にはない。原発事故の収束がいつになるかも見えない。 だが、行き過ぎた懸念を修正すべきデータが幾つか出ているのも確かだ。消費者の安全を確保し、少しでも安心できるよう、今後も万全の検査に努め、食の安全、安心を回復していく努力が必要だ」と言う。

 もっともらしく聞こえるかもしれないが、学者先生の言い分をそのまま受け入れることは到底できない。極めてバラツキの大きい数値を”平均”した24.612.6ベクレルの数字には意味がない(2011年産米放射性物質検査結果)。

 同時に、「農業環境技術研究所のデータによると、玄米中の放射性セシウム濃度は最高だった63年で、全国の平均値は11.5ベクレル。最高地点では20.4ベクレルだった」から、「福島の玄米の汚染度は過去にわれわれが体験し、健康被害報告のなかった領域にとどまっている」というのもインチキ臭い。玄米の放射性セシウム137(134についてはデータがない)の濃度の経年推移は下図の通りだ。平均値:11.5ベクレル 、最高値:20.4ベクレルは、確かに過去に経験した値だ。しかし、これはたった1年のこと、平均値は翌年にはもう5ベクレル以下に下がり、70年代からはほとんどゼロに近い数値が続いている。今年の福島の平均値は、教授の計算を信じるにしても、長年にわたって経験してきた値(1959-2001年の平均値:1.0ベクレル)の10〜20倍に相当する。どうして「福島の玄米の汚染度は過去にわれわれが体験し、健康被害報告のなかった*領域にとどまっている」ことになるのか、他意をもった情報操作としか思えない。

 こうして流される”風評”は、食品安全の確保を脅かすだけでなく、農業者の健康も脅かす恐れがあることにも注意を向けねばならない。作物への移行は少ないならば莫大な費用がかかる農地除染も無用ではないかという風潮が強まりかねない。文科省航空機モニタリングによれば、伊達市、福島市、川俣町、二本松市、本宮市、郡山市北部にかけ、地上1メートルの空間線量率が毎時1〜1.5μSvの土地が広がっている。これらの土地の多くに農地が含まれるだろう。除染が必要なのは、校庭、園庭、民家とその周辺だけではない。農地の除染を怠れば、農業者のみならず、近隣住民の健康も脅かされる。米、農作物の汚染は恐れるに足りないの主張が汚染農地の放置、汚染農地での耕作の継続につながることを恐れるのである。   

 *1959-1964の5年間ほどの間に多くの人びとが体験したであろう放射性セシウム137濃度5−10ベクレルほどの玄米からの被ばくの「健康被害報告」がなかったとも言いきれないだろう。健康被害は「直ちに」現れるわけではない。児玉龍彦教授によれば、放射性セシウム137被ばくの影響は膀胱がんのリスクの増加に現れる。ウクライナでは、因果関係は確認できないが、チェルノブイリ事故後の20年の間に膀胱がんの発症率が2倍に増えた(チェルノブイリで多発 セシウムで膀胱炎 がん発症率20年で倍 中日新聞 11.9.20)。日本の膀胱がん罹患率も、1959-1964から20年ほどを経た80年ころまで、因果関係は分からないが、55歳以上の層で急増してきたことは分かる。


 ついでに:日本土壌肥料学会会長がやったと類似な数字を使ったマジックは、農水省も汚泥肥料の基準値設定に際して行っている。

 農水省は、肥料として利用できる汚泥の放射性セシウム濃度の上限を200 Bq/kgに設定した。その根拠は次のとおりだ。

 農業環境技術研究所が1959年から約50年間農地土壌での放射性セシウム濃度を測定した結果によると、東電福島第一原発事故以前の全国の農地土壌の放射性セシウム濃度の平均は約20 Bq/kg、最大値は約140 Bq/kgであった。

 @非汚染農地土壌10アール(土壌量約150トン)当たり4トンの放射性セシウムを含む汚泥を毎年施用し、Aすべて半減期の長い放射性セシウム137(半減期:約30年)と仮定し、さらに土壌中及び汚泥中の放射性セシウムは、自然減少しかしないとした場合の農地土壌の放射性セシウム濃度の変化を試算すると、汚泥中の放射性セシウム濃度が200 Bq/kgであれば、施用を40年程度続けても土壌中の放射性セシウムの濃度が100 Bq/kg(事故前の最大値を切り下げた値)を超えないという結果が得られた。

 従って、排水処理場の汚泥が200 Bq/kgという基準を満たせば、その汚泥を肥料として利用し続けた場合でも、過去の農地土壌の放射性セシウム濃度の範囲に収まる。

 汚泥肥料に関する基礎知識とQ&A(一般向け) 農水省 11.7.14

 ところで、農業環境技術研究所が1959年から約50年間農地土壌での放射性セシウム濃度を測定した結果は下図のとおりだ。

 最高値は1968年以来、100ベクレルを下回っており、1982年以来50ベクレルを上回ったことはない。平均値も1984年以来、ずっと20ベクレルを下回っており、1990年以来15ベクレルを上回ったことはなく、2000年以降は10ベクレルも切っている。「過去の農地土壌の放射性セシウム濃度の範囲」とは何のことか。

 農水省の本音は、「過去の農地土壌の放射性セシウム濃度の範囲」ではなく、水稲作付の暫定規制値の5000ベクレル未満に収まればいいということかもしれない。しかし、それならば、200ベクレルではなく、10000ベクレルの汚泥を肥料として利用し続けても大丈夫ということになる。なぜそうしないのだろうか。