福島第一原発 報告の遅れではない 炉心溶融を招いたマニュアル無視(無知)こそが問題

農業情報研究所環境原子力東電福島第一原発事故関係炉心溶融 2016年2月25日

 炉心溶融(メルトダウン)の判断基準を定めたマニュアルがあったにもかかわらず、誰も気づかなかったために2011年3月14日早朝にはできたはずの1号機、3号機の炉心溶融の報告が5月まで遅れた。24日の東電のこんな発表がマスコミを賑わしている。

 東電「基準、5年気づかず」 炉心溶融、事故3日後に判定可能 朝日新聞 16.2.25

 東電:メルトダウン「判断基準あった」 福島原発事故当時 毎日新聞 16.2.24

 福島第1、封印された炉心溶融 東電「損傷」押し通す 日本経済新聞 16.2.25

  東電の溶融基準、5年間も気付かず 福島県や自治体から憤りの声 福島民友 16.2.25

 しかし、東電の言うとおり、「この件で収束作業の対応や手順が遅れた」わけはないだろう。また、「原発事故直後、正確な情報が発表されていれば避難の状況は変わった」(双葉町伊沢史朗町長)かもしれないが、「炉心溶融」と「炉心損傷」で避難状況はどれほど変わっただろうか。そんな区別がつく、あるいは区別ができる現場の情況だっただろうか。とすれば、こんなはなしにどんなニュースバリューがあるのだろうか。新潟県の泉田裕彦知事は「メルトダウンを隠蔽(いんぺい)した背景や、誰の指示であったかなどについて、今後真摯(しんし)に調査し、真実を明らかにしていただきたい」とのコメントを出したそうであるが(朝日)、そんなことが分ってどんな意味があるというのか、これもよく分らないはなしである。

 この件に関する報道の中で、唯一目についた重要な指摘は、”東電も政府も「安全神話」にとらわれ、炉心溶融が現実に起きうるものとし、具体的な備えをしてこなかったことが改めて明らかになった”という日経・滝順一編集委員の指摘である。というのも、マニュアルに書かれた判断基準に誰も気づかなかったということは、事故に際して適用される熟知すべき「事故時運転操作手順書」、すなわちマニュアルを知らないか、無視・軽視するか、少なくとも熟知していなかったことを示唆するからである。

 このことが持つ重大な意味は、マニュアルに従っていれば炉心溶融という最悪の事態に至るのを避けることができた可能性があると指摘する田辺文也氏の論考照らせば、直ちに了解されるだろう。

 *解題「吉田調書」 5 ないがしろにされた手順書  なぜ2、3号機の炉心溶融を防げなかったのか 『世界』 2015年10月号;同(2) 戦略なき事故対応の結末 同12月号;同(3) ベント操作が事故を深刻化させた 同2016年2月号;同(4) 続・ベント操作が事故を深刻化させた 同3月号

 「全電流が喪失した時点でこれはシビアアクシデント事象に該当し得ると判断しておりますので、いちいちこういうような手順書間の移行というのは、私の頭の中では飛んでいますね」という吉田昌郎福島第一原発所長(当時)の証言(吉田調書)から、「事態が深刻化した後の対応を定めた手順書(シビアアクシデント手順書)もないがしろにしていたことが・・・読み取ることができる」(『世界』 2016年2月号 161頁)。

 マニュアル無視は、炉心損傷前には「やらなくてもよい」もしくは「やっても意味がない」ベント操作を優先、炉心損傷を防止するための(前段階の)対処をおろそかにして炉心溶融をも招いた」(同 3月号 234頁)のである。

 「手順書と照らして事故時に実際にとられた判断と操作が適切であったか否かを詳細に分析することは事故分析の王道の出発点であるにもかかわらず、そのことにことさら触れようとせず沈黙が支配していること自体が異様な光景である」(同 237頁) 。今回の東電の「異様な」発表にもかかわらず、この「異様な光景」がなお続いている。

    重ねて言おう。「マニュアル」に書いてあった「炉心溶融」の定義に気が付かなかったために報告が遅れたのが問題なのではない。それが重大事態が起きたことの「隠ぺい」の口実であるしたと場合でもそうである。重大事故など起きないと思い込み、従って事故対応マニュアルなど顧みることもなく、事故対応責任者である吉田所長さえその適用を思いつきもしなかった原発業界の体質、それが防げたかもしれない「炉心溶融」を招いたという事実が問題なのである。「隠ぺい」体質を攻撃したところで、今後あり得る重大事故を防ぐことは決してできない。