度を越す中国食品たたき 何故米国の足元に目を向けないのか

農業情報研究所(WAPIC)

07.8.21

  メラミン入りペットフードを食べたペットの大量死やウナギ等の水産食品からの禁止抗生物質・抗菌剤(ニトロフランやマラカイトグリーン)検出で突発した米国の中国食品たたきに便乗した日本のマスコミの中国食品たたきが度を越している。

 少しでも中国が絡んだ食品は「食べてはいけない」雰囲気だ。販売部数増加を狙った週刊誌の大騒ぎはまだ分からないでもない。しかし、国民世論に最大の影響力を持つ大新聞までもが米国の”政治的”動きを無批判的に受け入れ、あるいは事実を捻じ曲げてまで中国食品への不安を煽り立てるのは理性を欠いているとしか思えない。

 たとえば今日の日経新聞(朝刊)、米国のペットが死んだのはペットフード成分の小麦グルテンに「メラミンを添加していたことが原因だった」と、メラミンのそれほど強い毒性が確認されないために米国食品医薬局(FDA)さえも確定できていない米国のペットの死因をメラミンと確定してしまった(「ペットフード監督強化」、朝刊、社会面)。

 中国の肩を持つわけではないが、これでは、中国をスケープゴートに、自国食品や世界中の食品が持つ危険性やそれに対する警戒の必要性をすっかり忘れさせてしまいかねない。このような大騒ぎをする前に、現在の米国の中国食品たたきからは、何よりも、自国の食品安全管理の不備から国民の目を逸らさせたり、農産物貿易収支悪化の重大要因となってきた中国食品の輸入激増を食い止めたりといった政治的意図を看取せねばならない。

 実際、中国産のメラミン入り食品・飼料成分は世界各地で発見されているが、米国のような大騒ぎにはなっていない。ニトロフランやマラカイトグリーンなどはEUや日本ではずっと以前に発見されており、既に監視・検査強化の対応が取られていたものだ。

 実は米国でさえ、中国食品中の禁止抗菌剤・抗生物質は、まるで初めて検出されたかのように大騒ぎとなった今年6月よりずっと前からたびたび検出されている。96年8月から今年7月までの1年間に米国が安全上の問題で輸入を差し止めた中国原産食品の理由別輸入差し止め件数をFDAのデータから整理すると次の通りだ。

米国の中国原産食品輸入差し止め件数(理由別、96年8月−97年7月)

理由

96.8 96.9 96.10 96.11 96.12 97.1 97.2 97.3 97.4 97.5 97.6 97.7
獣医薬残留 11 7 9 13 10 17 13 3 33 8 12 13 149
抗生物質残留 1 - - 1 5 - 5 - 15 3 8 1 39
農薬残留 4 2 8 3 1 2 5 3 15 9 6 5 63
危険添加物 4 3 1 2 1 15 5 16 6 5 49 18 125
危険着色料 4 11 1 3 9 22 7 33 11 20 26 6 153
サルモネラ菌 6 13 5 1 3 3 1 - 1 3 2 1 39
アフラトキシン - - - - - - 1 - - - - 1
腐敗・非衛生 8 11 4 11 23 14 20 35 44 38 31 8 247
有毒物 - - - - - 1 - - 1 - 1 5 7
未承認薬剤含有 - - - - - - - - 42 3 3 - 48
64 80 41 47 67 148 66 114 185 109 165 68 831

   FDA:Import Refusal Reportより筆者が集計。個人作業のために多少の間違いがあるかも知れない。
    なお、「未承認薬剤含有」は健康・自然食品から検出したもの。97年3月までは検査していなかったと思われる

 今年6月まで大騒ぎしなかったのも、6月になって大騒ぎになったのも、マスコミの影響大だ。バレたからには政府も議員も放置できない。大急ぎで安全管理強化を言い始めた。まるで中国だけが悪者であるかのように仕立てることで、政府は自らへの集中攻撃をかわそうとしていると勘ぐられても仕方がない。

 実際、中国だけを集中攻撃する理由はない。同じくFDAが管轄する食品を含む消費者製品について安全上の理由で輸入を拒否された原産国別の件数は次のとおりだ(200件以上の国を示す)。

米国の食品・消費者製品輸入差し止め件数(原産国別、96年8月−97年7月)

中国

1,877

インド

1.762

メキシコ

1,600

ドミニカ

827

米国

579

英国

514

カナダ

472

フランス

464

日本

449

イタリア

402

インドネシア

396

べトナム

389

ドイツ

302

韓国

289

パキスタン

267

ブラジル

264

台湾

235

フィリピン

217

タイ

214

 インド、メキシコと比べて特に中国が多いわけではない。輸入品だがFDAが事実上米国原産と分類する製品の差し止め件数は第5位だ。それなのに他国の攻撃ばかりに熱心で、自国製品の安全性は省みようとしない。

 この表では、英国、フランス、イタリアなどヨーロッパ製品の輸入拒否も多いことにも注意すべきだ。これは工業的畜産がサルモネラ菌、リステリア菌などの病原性細菌汚染を不可避にするためだ。これは米国自身も抱えるほとんど解決不可能な問題だ。

 米国の今年1月から7月までの食品リコール件数は96件に上ったが、その31%、32件が野菜・果実(11件)と肉・肉製品(10件)を中心とするサルモネラ・リステリア汚染が理由だ。工場畜産が吐き出す排泄物が食肉や乳を汚染、水汚染から野菜・果実の汚染にもつながる(出荷前数日間、草を食べさせるだけでも排出菌数は大きく減ると言われる)。工場畜産があるかぎりこれは防げないし、猛烈なスピードで農場から食卓まで駆け抜けるこれらの大量の食品の細菌汚染の十全な検査など、明らかに不可能だ。

 細菌汚染と並んで多いリコールがアレルゲン物質非表示だ(37件、39%)であることにも注意を要する。直ちに死につながるこのような違反が最大の比重を占めるのは、米国食品企業の安全意識、モラルがいかに低いか物語る。安全確保を本気で考えるなら、中国たたきに終始している場合ではない。

 最近は、中国食品の全面輸入禁止まで唱える議員が現れている。その背後には、米国農産物貿易黒字が野菜・果実をはじめとする中国農産物の大量流入で大きく減少している状況がある。農産物貿易黒字縮小自体の経済全体への影響は微々たるものだ。しかし、かつて世界のパン篭を誇った米国の農産物貿易が赤字になったとなれば、米国のアイデンテティーの一つが台無しになる。また、野菜・果樹産地が集中するカリフォルニア等の地方経済には実質的損害もある。彼らは、食品安全問題の噴出に、中国農産物の輸入拡大に歯止めをかける絶好の口実と機会を見出したようだ。

 ちなみに米国の農産物貿易収支は、1996年の273億ドルをピークに年々減り続け、2006年には47億ドルにまで落ち込んでいる(USDA/ERS)。このままでは赤字に転じる日も近いかもしれない。