国連開発計画 アジア途上国は農業を重視 安価な輸入食料依存を減らさねばならない

(報告書紹介)

農業情報研究所(WAPIC)

06.7.3

   ドーハ・ラウンドの行き詰まりを打開するための最後の努力のために主要6ヵ国の閣僚がジュネーブに参集し、また相次ぐ自殺農民の家族の新たな救済策をインド首相が発表する(PM assures farmers of help,Hindu,7.2)2日前の6月29日、国連開発計画(UNDP)が、アジア途上国は農業開発に改めて焦点を当て、安価な食料の輸入へに依存を減らさねばならないとする”2006年アジア太平洋人間開発報告”を発表した。

  この報告はアジア途上国の人間開発における農業の役割を重視、とりわけ農産物貿易の自由化の影響を分析することでその悪影響を強調、貧しい者に利益のある貿易のためには貿易ルールの変更と、貿易に関連する適切な国内政策が必要と言う。

 報告によると、工業化への突進と国際貿易の拡大のなかで、多くのアジア途上国は農業を軽視してきた。これら諸国は、国内農民やアグリビジネスが基礎食料生産を放棄して金銭的利益が高い商品作物の生産に走る結果、米国やEUかの安価な食料への依存を高めている。

 しかし、とりわけ最近の中国の食料輸入の急増は、世界の食料需給をタイトにし、将来の食料不足への懸念も高まっている。そのなかで自給を目指す動きもあるが、これは、特に米国やEUの補助金で貿易が歪曲されているために世界価格では競争できない農民の保護の強化なしには達成は難しい。

 報告は、先進国の保護主義や一握りの多国籍企業の支配による貿易の歪曲がアジア途上国の貧しい農民に深刻な悪影響を与えていることを示す。また、貿易自由化によって農産物輸出に成功した国でさえ、小農民には何の利益もなく、却って借金が増え、あるいは土地を失い、貧困・栄養不良人口が増加してさえいる。これには、貿易歪曲だけでなく、世銀やIMFが貸付に際して要求するウルグアイ・ラウンドで要求された以上の貿易自由化、国営企業民営化、補助金と価格統制の廃止など他の多くの措置も関係していると指摘する。

 結局、「農業貿易は、一方では安価な食品をもたらす可能性によって低所得の消費者に利益をもたらすが、他方では貧しい農民・漁民地域社会の生計を脅かす。アジア太平洋地域の政策策定者は、農業貿易で人間開発を促進しようとするならば、これらの考慮要因のバランスを保たねばならない」とし、急速に減少している、例えば灌漑、農場から市場まの道路、村への電気供給などへの農村開発投資を増やさねばならない、貧しい農民は、輸入関税、価格支持、補助金、低利融資、土地改革の強化などにより援助されねならない、さもないと人々の健康ばかりか、経済にも悪影響を与える食料安全保障が重大に危機に曝されると言う。

 米国や日本のマスコミも含む多くの自由貿易論者、そして”改革論者”は、ドーハ・ラウンドによる一層の貿易自由化とそれに対応する国内改革こそが貧困を軽減し、途上国の食料安全保障を確保する、その失敗は貧困削減の機会を半永久的に失わせることになるだろうという主張を繰り返す。UNDPの分析は、このような主張がいかに容易なものであるかを白日のもとに曝す。この分析を吟味せず、説得力ある反証を示さないままにこのような主張を繰り返すことは許されない。

 ここでは、報告の核心部をなす農産物貿易とその影響に関する部分(第3章の一部)を紹介しておく。

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 農業貿易は、一方では安価な食品をもたらす可能性によって低所得の消費者に利益をもたらすが、他方では貧しい農民・漁民地域社会の生計を脅かす。アジア太平洋地域の政策策定者は、農業貿易で人間開発を促進しようとするならば、これらの考慮要因のバランスを保たねばならない。

 経済改革は、典型的には都市地域の近代化に焦点を当てるが、最貧国においては大部分の人々が農村地域に住んでいる。従って、人間開発の進歩は、農業か漁業に従事する農村社会で起きていることによりもたらされる。地域における農業の重要度は国により大きく異なるが、一般的には貧困国ほど農業の重要度が高い。

 アジアにおける食料不安定

 農業が弱体化すると食料安全保障に深刻な影響を与える。

 食料安全保障を欠く世界の人口の65%ー51000万人ーがアジアに住む。90年代前半には一定の進歩があったが、それ以後は中国、ベトナム、タイを除く大部分の国で飢餓人口が増加してきた。世紀の変わり目には、韓国やマレーシアでさえ、栄養不良人口が減少をやめるか、増加した。

 インドでは、90年代前半に飢餓人口は1300万人減少したが、90年代後半には、経済成長にもかかわらず1800万人増加した。南アジア全体の栄養不良人口の比率は22%で、サブサハラ・アフリカに次いで高い。

 栄養不良は、健康を損なわせ、生き残りのチャンスを減らす生涯にわたる肉体的・精神的障害」につながる。また、特に女性を襲うことで、未熟(体重不足)女児の出産→栄養不良児の母親への成長→未熟女児の出産という栄養不良の世代間循環にもつながる。インドとバングラデシュでは、すべての子供の30%が未熟児として生まれる。

 栄養不良は、栄養不良の子供の登校を減らし、栄養不良の大人の仕事の能率を減らすことで、生産性と経済成長にも悪影響を与える。栄養不良のコストはバングラデシュではGDP8%になり、インドでは鉄不足のコストだけでも300億ドルになる。

 貿易の影響

 国際農業貿易の自由化による農産物輸出の増加は農業雇用と所得の増加を刺激し、また関連企業やサービスに対する二次的な乗数効果も与える可能性がある。

 しかし、これは必ずしも実現されない。輸入国の保護主義政策で輸出増大が妨げられ、輸出が増加する場合にも輸入の増加で帳消しにされる可能性がある。輸出産業も、他の産業も利益が得られるとは限らない。農村企業への連結を欠くと、乗数効果も非常に低くなる。政府収入も期待よりは少なくなる。貿易奨励のために関税を削減すると、収入は実際に減少する可能性がある。

 貿易自由化と輸出増加の成果への期待を裏切る別の要因もある。輸出国がコーヒーや茶などの一次商品に集中すると、これら商品の価格の大幅下落が起きるだろう。一部の国は他の作物への多角化でこの罠を逃れることができようが、最貧国はそれに必要な能力やインフラを欠いている。さらに、輸出増加の利益の大部分は多国籍企業に吸い取られ、生産者に残る利得はほとんどない可能性もある。

 世界農業貿易のパターン

 農産商品の貿易は増加しているとはいえ、農業総産出高に占める比率は小さい。基礎食料作物である小麦では常に10%程度にとどまり、この比率はプランテーション作物ではもっと高いとはいえ、68%のコーヒーを除けば、50%を超えるものはない。

 大部分の農産物貿易は先進国間のもので、輸出入のシェアは先進国で70%を占める。最近、途上国では貿易バランスも悪化している。60年代の農産物貿易の黒字は、途上国全体の年平均で60年代初期には70億ドルだったが70年代初期には10億ドルに減り、80年代待つにはゼロになってしまった。1990年代初めには、途上国は一般的には純食料輸入国に転落、2001年の赤字は110億ドルに達した。

 この赤字は食料輸入の増加がもたらしたものだ。2001年、最貧途上国(LDC)は全体で48億ドル当の食料を輸入、これは国の摂取カロリーの10%から12%に相当する。これは、純食料輸入途上国では101億ドル、35%になる。

 途上国は食料貿易赤字が増えただけでなく、農産物交易条件の悪化も見た。商品価格は過去40年に全体として低下してきたが、先進国が輸出する園芸・肉・酪農製品よりも、原材料・熱帯飲料(コーヒー、茶、ココア、砂糖、綿、タバコ)、油料作物、穀物などの途上国輸出商品で急激に低下した。一部途上国は、より価格の高い作物に転換したが、投資資金を欠く大部分のLDCの農民にはこれは困難であった。その結果、LDCについては、原材料・熱帯飲料の輸出比率は1960年代と1999-2001年の間に59%から72%に高まった。

 アジア太平洋における農産物貿易

 アジア太平洋地域の国では農産物貿易は死活的に重要とはいえ、農産物貿易のシェアは世界的に見れば小さい。地域で最大の輸出国である中国でも、世界農産物貿易に占めるシェアは第9位、3.3%にすぎない。多くのアジア諸国は、特に工業製品貿易に活路を見出してきた。

 しかし、将来の食料不足への懸念が高まっている。中国が食料輸入大国となったために世界食糧供給はタイトになり、主要食料輸入国に深刻な影響を与えている。地域の多くの国が食料安全保障への関心を高めており、自給に近づこうと望んでいる。しかし、これは、特に米国やEUの補助金で貿易が歪曲されているために世界価格では競争できない農民の保護の強化がなければ達成できない。

 先進国の保護主義

 多くの先進国は、貿易障壁削減の約束にもかかわらず、農民を外国の競争者から隔離し続けている。OECD諸国の生産者支持レベルは1990年代には多少低下したが、90年代末からは低下傾向が見えない。

 生産者補助金の結果として、コーン、小麦、米、大豆、酪農品、肉、綿などのあらゆる産品が世界市場にダンピングされ、途上国が世界市場で競争するのが難しくなっている。先進国はウルグアイ・ラウンドで国内助成削減を約束したが、EUはなお助成を与え続けることができ、米国は増加させている。米国の補助金支出は劇的に増加した(下表)

米国の一定の農産物への補助金
100万ドル)

 

1995

2001

トウモロコシ

32

2,800

大豆

16

3,600

綿

32

2,800

12

763

 それによって、世界総輸出の半分以上というトウモロコシと大豆の支配的地位の維持が可能になり、米の中心輸出国の地位も獲得した。

 途上国への影響

 これら補助金は、OECD諸国が多くの商品を生産コスト以下で輸出することを可能にしている。価格は、小麦で43%、大豆で25%、トウモロコシで13%、綿で61%、米で35%、生産コストを下回る。これは、アジア太平洋地域の特に貧しい農民に深刻な影響を与えている。

 米国の米補助金は、1990年代の世界価格の低下時代にも輸出の維持を可能にし、地域全体の農民、特にタイ、ベトナム、インドの農民に影響を与えた。トウモロコシ補助金は価格を下落させ、フィリピンと中国の農民に影響を与えた。大豆補助金はインドネシアの250万の農民の生計を毀損した。価格崩壊により、地域の多くの生産者が国内市場でさえ販売できなくなり、農村の失業を増加させ、貧困を助長している。

 関税障壁

 先進国は、補助金だけでなく、関税保護によっても自国農民を保護している。先進国の関税率は途上国の関税率よりも低いように見える。しかし、これは平均的数字がもたらす誤解にすぎない。非従価税品目数はEU44%、米国で43%にのぼり、従価税に換算するとはるかに高くなる。さらに、特に途上国に関係する品目の関税率は非常に高く、タバコ、チョコレート、油料種子、鶏肉の関税率のOECD諸国平均は、それぞれ350%、277%、171%、134%になる。

 その上、加工度に応じて関税率が高まるタリフエスカレーションによる保護も強力だ。例えば、米国のココアに関する関税率は、原料ではゼロ、中間製品では0.2%だが、完成品では15.3%になる。それも加重平均値であり、最終製品の最高税率は186%にもなる。EUの果実製品では、これらの数字は、それぞれ9,9%、18.5%、18.0%、98%となる。これらの税率も非従価税率だから、実際にはさらに高くなる。

 タリフエスカレーションは加工品輸出機会を減らすが、先進国の方がこの障害の克服に成功している。加工製品からの輸出所得が農産物輸出所得に占める比率は全体では68%だが、途上国では57%、LDCでは20%にしかならない。

 これらの結果として、全体的に見て、先進国は他の先進国からの物品よりも途上国からの物品に高い関税率を課している。

 多国籍企業と小農民

 市場歪曲は、種子市場から農場を経てスーパーに至る食料供給チェーン全体を支配する一握りの垂直統合多国籍企業の力からも生じる。大企業は多数の小規模生産者よりも大規模生産者との契約を選ぶから、多くの小生産者の市場が縮まる。また、それは国際的に貿易される食品だけでなく、村々の市場に現れる製品の価格にまで大きな影響力を持っている。

 この多国籍企業支配はスーパーの拡散に最もよく見て取れる。世界的にはトップ30のスーパーが30%の食料品を販売しており、その拡散のペースはアジア太平洋地域でも目立つ。東アジアでは、スーパーの食品小売シェアは10年で20%から50%にまでなった。スーパーは、高品質の大量の製品を計画的に供給できる少数の信頼できる供給者と契約を結ぼうとする。灌漑、温室、トラック、冷蔵施設、包装技術に大量の投資ができない農民は締め出されることになる。

 歪曲された貿易と人間開発

 これらすべての農産物貿易の歪曲が農民の生計と安全保障の手段を蚕食する。その結果、成功した農産物輸出国でさえ、必ずしも人間開発の高度な基準を達成できない。

 タイはアジア最大の農産物輸出国だが、小農民は米の輸出増加の利益を得ていない。タイは2001年以来、世界の米輸出の30%に相当する毎年700万トン以上を輸出してきたが、農村家庭の40%が貧困ライン以下の生活をしている。政府は商業的米生産を優先したが、作物の低価格のために数百万の小農民家族が借金を負い、あるいは土地を失うことになった。約570万の農民家族のうちの470万が土地なしか、自身を養うために十分な土地を持たない。栄養不良人口も増加、2000年はタイの家庭の18%が栄養不良家庭となった。

 世銀によると、中国では2001年のWTO加盟とそれに続く農産物貿易自由化以来、実質賃金低下と消費者製品の価格上昇のために、最貧農村家庭の生活水準が6%下がった。また、2001年以来、農村と都市の所得格差が拡大している・

 これらは、貿易歪曲だけではなく世銀やIMFが課した構造調整と貸付条件にも関係している。それは、ウルグアイ・ラウンドで要求された以上の貿易自由化を要求、また国営企業民営化、補助金と価格統制の廃止、販売ボードの廃止など他の多くの措置も要求した。

 貿易自由化が貧しい農民の利益を害する要因には、次のようなものが含まれる。

 ・輸入品への国内市場開放による価格低下、

 ・世界価格が上昇している肥料の購入や政府の補助金撤廃による生産資材コストの上昇、

 ・政府の灌漑・収穫後施設・農場から市場への道路などのサービスからの撤退、

 ・土地の集中、

 ・多くの女性が自由化前に販売していた半官市場が消えることや差別的な補助金・信用からの排除、食品輸入急増による男女差別の高まり、

 ・国際食品市場が促す単一作物の大規模栽培ーそれは農民に過剰な肥料と農薬の利用を伴い、従ってまた土地と水に悪影響を与えるーがもたらす持続可能性の喪失。