インド 明確な農業補助金撤廃・削減約束なしではドーハ・ラウンド成功の見込みはない

農業情報研究所(WAPIC)

05.7.22

 21日、ジュネーブで、様々な分野の交渉の枠組みについての7月末合意を目指し、WTO10日間の集中的交渉を開始した。この7月末合意は、200512月の香港閣僚会合でドーハ・ラウンドを締めくくるために不可欠とされるものだ。

 この集中的交渉に先立ち、有力途上国グループ・G20の一員として大きな影響力をもつインドが、国連貿易開発会議(UNCTAD)・インドと英国国際開発省(DFID)と共同して、農業交渉に関する香港閣僚会合前協議に関するワークショップ会合を開いた。この会合を圧倒したのは、農業交渉の成功の鍵は先進国が農業補助金の削減・撤廃を明確に約束するかどうかにかかっている、市場アクセスは二の次だという声であった。最大の難関とされたきた市場アクセスに関して妥結への曙光が見えたとされる農業交渉だが、そんな楽観はとても許されないと改めて認識させる。

この会合で、カマル・ナート商工相は、輸出補助金と先進国が自国農民に提供する国内助成を早急に終わらせる必要がある、これらの措置は先進国市場へのアクセスに先行せねばならないと断固主張した。今や「すべての形態の輸出補助金を撤廃する確実な期限」を設定し、食糧援助を装ってこれらの約束をかいくぐる措置も封じるべきときとも語ったという。彼によると、G20は、一層明白な貿易歪曲的政策の形態が2010年までに排除されるように、撤廃の約束の前倒し実施につながる輸出補助金の停止を提案した。

 彼はその上、削減約束の対象となる助成措置を持たなかったインドのような途上国には、脆弱な農業部門に向けられた最低限の助成の削減は要求できない、「途上国に関するかぎり、市場アクセス分野における約束は、経済成長と生活水準向上に不可欠な貧困の軽減、農村開発の促進、生計と食糧安全保障の要求に応じるものでなければならない」、「これは2004年の7月の枠組みを構成するものだ。したがって、インドのような途上国が政策選択の十分な余地と手段の柔軟性を与えられることが不可欠だ」と主張したという。

 ピライ特命商務次官は、香港閣僚会合の見通しは、先進国が国内助成削減と輸出補助金の廃止の要求にまともに応えないために、依然として「まったくお寒い」と語った。食糧安全保障・生物多様性フォーラムのシャルマ氏は、インドや他の途上国は、途上国に対する市場開放要求を先進国による補助金削減と関連づけるべきだと主張した(以上、India firm on ending of farm subsidies by developed nations,The Hindu Business,7.20)。

 この会合の開会演説で、メノン商務次官は、国内助成に関して、インドとG20は、削減義務の対象となる国内助成合計額(AMS)、デミニミスとすべての貿易歪曲的助成を削減するための論理的枠組みを提案したと明らかにした。彼は、「我々は、助成全体とAMSの両方について、階層方式を利用する貿易歪曲的国内助成の許容水準の調和の考え方」が、依然として交渉の成否の鍵を握ると信じると言う(India for highest cuts in domestic farm support in US, Japan, EU,The Hindu Business,7.20)。

 彼によると、ブルーボックス助成(生産・貿易歪曲効果はあるが削減約束を免れる生産制限を伴う直接支払い)は、イエローボックス助成(生産・貿易歪曲効果をもち、削減約束の対象となる国内助成)を削減する改革を円滑にするためのものに限られねばならない。ブルーボックス助成の基準は、「イエローボックスよりも貿易歪曲的でない」という要求される目標が確保されるように交渉することが決定的に重要だと言う。管理価格に基づき、生産に関連付けられたプログラムは、この要件を満たすように規律を課されねばならない。さらに、削減約束の対象をなさないグリーンボックス助成も、貿易歪曲効果が「ないか最小限」という基本的基準が満たされるように、既存の規律の抜け穴を封じるのが我々のアプローチという(これでは、既にウルグアイ・ラウンドの約束レベルを超えるイエローボックス助成を行っていると指摘され、生産制限を伴わない新たなブルーボックス助成を提案している米国とはとても折り合いがつかないだろう)。

 他方、彼は、途上国のための有効な特別かつ異なる待遇(SD)を要求、特別品目や特別助成措置が途上国の必要とする食糧と生計の安全保障や農村開発の防衛に不可欠と言う。

 ところが、これまでのところ、先進国は補助金と保護の削減で途上国の大きな貢献を要求するばかりで、途上国の要求には耳を貸さない。彼は、途上国に平等な足場を与えるためには、先進国が輸出補助金、高率関税、非関税障壁などの多様な保護手段を取り払うことが不可欠と言い、農業だけでもなお際立つ多数の対立が残ることを考えると、12月の香港閣僚会合でドーハ・ラウンドを締めくくるのは難しいと予想する(Progress On Farm Talks In WTO Elusive So Far: Menon,The Hidu,7.19)。

 先の中国・大連におけるWTOミニ閣僚会議で、G20が、農業交渉における市場アクセスに関してEUや米国が交渉の出発点と評価し、日本も要求の軟化を歓迎した新提案を行ったことから、難航する農業交渉の打開に向けた光明が見えてきたという見方が出ている。しかし、これに関しても、上限関税や階層内の関税削減方式などに関して、なお難しい交渉課題が残っている。その上に、インドが市場アクセスの問題よりも補助金問題の解決が先決という立場を固めたことは、先進国の補助金が交渉進展の重大な障害、 というよりも最大の障害として再浮上するであろうことを意味する。

  しかし、この問題に関する米国とEUの対立は少しも和らぐことなく、むしろ激化さえしている。輸出補助金の撤廃についてさえ、早急の期限設定の見通しは立たない。

 米国農務省は、WTOで敗訴し、ブラジルが報復措置をWTOに申請したことに対応、今月はじめに輸出補助金に相当するとされた綿花補助金の撤廃を提案した(USDA PROPOSES LEGISLATIVE CHANGES TO COTTON AND EXPORT CREDIT PROGRAMS TO COMPLY WITH WTO FINDINGS,05.7.5)。今月はじめのスコットランドでのG8サミットでは、ブッシュ大統領が2010年までの政府農業補助金の撤廃を要請、G8は輸出補助金撤廃の期限設定を要請した。しかし、米国政府が何を言おうと、綿花補助金の撤廃に猛反対、スプーン一杯の砂糖が余計に入ってくることでさえ中米諸国とのFTACAFTA)の批准を延々引き延ばしている米国議会がこれを容認するはずもない。

 19日、アフリカ諸国からの市場アクセスを助けるアフリカ成長機会法(AGOA)に関するアフリカ37ヵ国とのダカールでの会合で、米国側は輸出補助金撤廃に関するG8の約束を説明、12月のWTO交渉終結に失敗すれば、アフリカ諸国は撤廃を何年も待たねばならないと脅しをかけた。だが、期限明示を迫るアフリカ諸国に対し、ジョハンズ農務長官は、WTO交渉で他の先進国も廃止に合意するまではそれはできないと答えるだけだった。

 早くから輸出補助金の撤廃を表明しているEUも、米国が輸出信用や食糧援助の形で支出する輸出補助金の廃止を明言するのでなければ、撤廃期限は明示できないと従来の主張を繰り返すばかりだ。フランスのEU憲法条約批准拒否で中期予算さえ決められないほどに求心力を失ったEUは、この問題で新たな決定をする能力さえ失っている。

 20日には、国連食糧農業機関(FAO)のトニー・ホール公使が、米国余剰農産物を途上国に投棄するのをやめさせるために食糧援助を現金供与に切り換えよというWTOにおけるEUの主張を、それでは世界の飢餓と戦う食糧援助が大きく減ってしまうと激しく非難した。WTOは食糧援助にかかわるなと言う。これではEUもとりつく島がない。G8サミットとときを同じくし、マンデルソンEU通商担当委員か、米国がカウンターサイクル直接支払い()や綿花補助金の撤廃を明言すれば、EUは市場アクセスに関する態度を軟化させるという提案を行ったと伝えらたが、米国はそんな提案はなかったとにべもない。

 EUや米国が途上国の要求を満足させることは、近い将来ありそうもない。現状では、農業交渉を見るだけでも、香港閣僚会合の見通しは「まったくお寒い」というほかない。

  それでは多くの途上国も困るのではないか?農業に関するかぎり、一層の自由化で利益を得る途上国はそう多くはない。その結果、現在は保護や助成により国内生産で適切な食糧供給を確保、輸入していない国々が国内生産を輸入に切り換えるから、途上国食糧の輸入依存が強まるだろう。しかし、これによる利益を手にするのは、農業自然条件に恵まれているために大輸出国となっているごく一部の先進国(米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど)と途上国(ブラジル、アルゼンチン、南アフリカなど)だけだ。従来の輸入依存国は、従来の非輸入国が輸入国に転じるために、食糧価格上昇の影響を受けるだろう。

 熱帯産品や非食糧産品の輸出に大きく依存する途上国も多少の利益は受けよう。これらの国は先進国の市場アクセス改善や国内助成の削減で輸出量を増やし、価格も上昇するかもしれない。

 しかし、大部分の途上国は、生計と食糧安全保障への脅威が強まるだけだ。生計を脅かされれるのは途上国農民だけではない。先進国中の農業条件に恵まれない地域・国の農民も破滅の危機にさらされる 。EUが審議中の砂糖保証価格を大幅に引き下げる改革案がその好例だ。この改革で利益を受けるのはフランスやドイツの効率的砂糖農民と砂糖大企業のみ、多くのACP諸国の砂糖農民と砂糖工場労働者ばかりでなく、EU域内の 自然・社会的条件に恵まれないその他の「非効率的」砂糖農民が路頭に迷う 。日本、韓国、スイス、ノルウェーなど、いわゆるG10食糧輸入国の農民も破滅の危機にさらされるのはいうまでもない。これらの国による食糧輸入の増大は、輸入途上国の食糧価格を一層上昇もさせるだろう。

 (注)2002年農業法で導入されたもので、価格と政府が定めた目標価格の差を埋め合わせる。米国は作物特定的でなく、過去の作付けを基準とする支払いだからイエローボックス助成ではないと主張しているが、基準年の変更が認められており、価格が下がるほど生産を刺激、さらなる価格下落につながることから、明らかにイエローボックス助成だとする見解が支配的である。