米国・EU、WTO農業交渉で(新)提案 行き詰まり打開は不透明 世界の農民には有害無益
05.10.11
10月10日、スイスのチューリッヒにおいて、12月の香港閣僚会合でのドーハ・ラウンド貿易交渉の大枠合意を目指す有力国による大詰めのWTO非公式閣僚会合が始まった。この会合に向け、交渉進展を阻む最大の要因である農業交渉の行き詰まりを一気に打開すべく、米国が貿易歪曲的国内助成の60%削減(04年7月合意では20%)などを含む新たな提案を発表した。EUも、上限関税を100%(途上国については150%)とするG20 の提案の受け入れをはっきりさせるなど、農業交渉に臨むその立場を改めて明らかにした。しかし、これで行き詰まりが一気に打開されるとは言い切れない。
EUと米国の提案をまとめれば次のとおりだ。
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EU |
米国 |
実施時期 |
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・二段階で実施。 |
市場アクセス |
関税削減方式 |
先進国につき関税率90%以上のトップバンドとする関税率に応じた4バンドに分類、トップバンド内部の削減率に一定の柔軟性が与えられれば、このバンド内で平均60%削減、バンド内品目の関税率に応じて直線的に (定率で)削減するなら、このバンド内で50%削減。 |
先進国、途上国ともに4バンドで、バンド内では関税率に応じて削減率を高める。 |
上限関税 |
G20の先進国100%、途上国150%の提案を基本的に受け入れ。 |
75%。 |
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重要品目 |
品目指定は各加盟国による。品目数は交渉。関税率が高いほど削減幅を直線的に高くすること(定率削減)に一定の柔軟性が与えられれば、その程度に応じて品目数を減らす。重要品目の関税削減率とそれが含まれるバンド内の平均削減率との差が大きいほどに関税率割当を増やすことで、実質的アクセスを保証する。 |
品目数は関税分類品目数の1%。関税率割当で完全に補償。 |
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国内助成 |
削減対象助成総額(AMS) |
助成国を3つのバンドに分類、EUは最も助成が多いトップバンドに入れる。EUは70%削減。ただし、他の主要助成国(米国や日本など)が同等ではないが相応の削減をするかぎりで。低バンドでは削減率がこれより低い。 |
・米国は60%削減。 |
デミニミス |
最低で65%削減。 |
品目特定・品目非特定で50%削減。 |
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ブルーボックス |
04年7月の枠組合意による国内生産の5%までというシーリングに柔軟性を持たせるように交渉(品目特定的上限を設ける)。ブルーボックスの定義の一層の明確化。 |
・国内生産の2.5%を上限とする。
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以上の助成の総額 |
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助成総額のバンド 削減率 |
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義務違反に対する訴訟の停止(平和条項) |
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新たな制限またはグリーンボックスの下にある助成プログラムに対する訴訟からの保護。 |
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輸出競争 |
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輸出補助金は廃止。ただし、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが他の形での輸出助成(輸出信用、食糧援助、国家貿易企業)で同等の措置を取るかぎりで。廃止時期は香港で交渉。 |
・輸出補助金:2010年までに廃止 |
Source
European Commission;Doha
Round: Statement of EU conditional negotiating proposals – with explanatory
annotations,10.10.
USTR:U.S.
Proposal for WTO Agriculture Negotiations
EUと米国の主張の開きはなお大きい。市場アクセス、国内助成、輸出補助金、どれをとっても米国提案は現在のEUが直ちに譲歩できるものではない。これ以上の譲歩は加盟国の同意なしには欧州委員会の越権行為となる。EUでは今月、加盟国が既に承認した案を超える妥協は許さないというフランス政府のメモランダムを、13ヵ国( オーストリア、ベルギー、キプロス、スペイン、フィンランド、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、リトアニア、ルクセンブルグ、ポーランド、フランス
)連名で欧州委員会につきつけた(OMC
:
treize pays de l'UE réaffirment le principe de "préférence communautaire",Le
Monde,10)。米国提案にしても、国内農業関係者や議員は、市場アクセスの大幅改善を要求する政府の提案を歓迎しながらも、国内助成の削減にはなお慎重な態度を崩していない(US
farmers give WTO plan guarded welcome,Reuters via Yahoo! news,10.10;U.S.
wheat growers 'shocked' at size of U.S. WTO subsidy cut,worldgrain.com,10.11
;Senate
farm chairman sets limits for WTO pact,Reuters via Yahoo! news,10.11)。
さらに、EUと米国の妥協だけで農業交渉がまとまるものでもない。日本など輸入国がつくるG10諸国は、上限関税の設定は許さないと言う従来の立場を堅持するだけでなく、米国の国内助成大幅削減の要求にますます反発を強めている。その上、途上国グループは、この程度の先進国の国内助成削減約束では満足しないだろう (Developing Nations Want Deeper Aid Cuts,AP via Yahoo! news,10.10)。米国提案にもかかわらず、途上国が交渉進展のカギとする国内助成の実質大幅削減にはつながらない。
国際農業貿易政策研究所(IATP)によれば、価格低下とそもに支払いが増えて価格低下の悪循環を引き起こすために著しく貿易歪曲的と認められている米国の70億ドルにのぼるカウンター・サイクル支払いについて、米国政府は平和条項で咎められることのないブルーボックス支払いに移行させようとしており、また2007年農業法では現在の支払いをグリーンボックス支払いに移行させることになるから、「米国提案は全体的支出の削減をほとんど必要としないか、まったく削減しなくても済むことになりそうだ」と言う(U.S. Agriculture Proposal Falls Short at the WTO,10.10)。削減率はウルグアイ・ラウンドで約束した上限を基準とするから、(それよりも少ない)現在の支払い額から60%がまるまる削減されるわけでもない 。その上、食糧援助は”現金化”を義務付けず、相変わらず国内過剰農産物から調達されるから、途上国市場への不当に安い食糧のダンピングが継続する(米議会 食糧援助改革を拒否 WTO農業交渉妥結はさらに遠のく,05.9.24)。
EUも既に70%の削減が可能なところまで改革(デカップリング)を進めている。日本も約束上限の18%ほどに実際の支払いを減らしているから(2000年時点)、約束上限から80%削減しても痛くもかゆくもない(ただ、今後の品目横断支払いは必ずしもグリーンやブルーとは言えないから、「改革」の妨げにはなるかもしれない)。
確かなことは、EU案が通ろうと、米国案が通ろうと、世界のほとんどの農民が大損害を蒙るだけだということだ。利益を得るのは巨大アグリビジネスだけだ。農民が必要としているのは、WTOではない、農産物貿易を律する新たな機関だ(Farmers seek new regulator for global trade,The Financial Express,10.10)。