韓国議会 米輸入拡大法案を可決 農薬自殺で命を賭けた農民の抗議も通ぜず

農業情報研究所(WAPIC)

05.11.24

 韓国議会が23日、座り込みで議場を占拠して投票を阻止しようとする一部議員を排除、2014年までに米輸入量を倍増することを約束する米国、中国等WTO9ヵ国との協定を承認した。生計が脅かされるとこれに反対する農民たちは、今月半ばから釜山で開かれ、WTOドーハラウンドの推進を謳ったAPEC閣僚・首脳会合に合わせ、激しい抗議行動を展開してきた。

 わが国マスコミはまったく報道することがないが、APEC高級事務レベル会合の開会日の13日、韓国最大の農民組織である韓国先進農民連盟(KAFF)のメンバーであり、村人の尊敬を集める38歳の一農民が除草剤を飲んで自殺した。遺書には、「政府は、農民が安心して暮らすことを可能にする現実的な米市場・農業政策を創り出さねばならない」と書かれていた。さらなる米市場開放に対する抗議の自殺であった。

 Farmers gear up for anti-APEC protests after suicide of farmer,Yonhap,11.13

 さらに17日には、同じ日に農薬を飲んで自殺を図った40歳の女性も病院で死んだ。彼女の遺書にも、米市場開放に反対と書かれていた。

 Farmer commits suicide to protest rice import deal,Yonhap,11.17
 http://english.yna.co.kr/Engnews/20051117/440100000020051117180538E5.htm

 このような命を賭けた農民の抗議も、政府や議会には通じなかったわけだ。WTOの下での貿易自由化の圧力は、もはやいかなる政府も跳ね返すことができないのだろうか。

 この協定は、”関税化”を拒む代償として国内市場の4%までの”ミニマム・アクセス”を受け入れたウルグアイ・ラウンド協定が2004年末に期限切れになるために、昨年1年間の各国との交渉を経て結ばれたものだ。政府はこの期限切れを前に、関税化かミニマム・アクセスの拡大かの選択を迫られた。結局は後者を選び、さらに10年間の関税化猶予の代償として、10年をかけてこれを7.96%にまで拡大することになった。最低輸入量は、10年の間に現在の約20万トンから40万トンに増加する。さらに、米国の強硬な要求で、輸入米の30%までを2010年までに国内市場で直接販売することも義務付けれれた。これは消費者価格を大きく下落させる恐れがある。

 韓国の米市場には重大な影響を与える20万トンの追加だが、全体的には微小な利益しか生まないだろうこの追加分の輸出のお零れに預かろうと、9ヵ国(米・中のほかに、カナダ、タイ、オーストラリア、インド、パキスタン、アルゼンチン、エジプト)が交渉に加わった。死に体にある動物に群がるハゲタカのようなものだ。既に大きく自由化され、ほとんど利益がないばかりか、大多数は犠牲者となる現在のWTO貿易自由化交渉の縮図だ。中国は11万6000トン余り、米国は5万トン余り、タイは3万トン弱、オーストラリアは9000トン余りの今後10年の輸出枠を勝ち取った。

 4月には、WTOがこの協定を承認した。実施は韓国議会の批准を待つだけとなった。ところが、その直後、この協定に付属する”裏”協定の存在が露見した。裏交渉で、政府はお零れに(十分に)預かれなかったインドから9万トン余り、エジプトから2万トンの輸入も約束していた。ただし、これは外国への援助に回すという。さらに、アルゼンチンに対しては鶏肉とオレンジの検疫措置の迅速化、中国に対してはリンゴ等5種類の果実の輸入前検査の迅速化、カナダのナタネ油の輸入関税の30%から10%への引き下げとグリーンピースの関税免除も約束したという。

 5月、議会はこの裏協定の調査に乗り出すことを決めた。これで6月中をメドとした批准は不可能になった。とはいえ、裏協定の詳細については、政府は外交機密として、未だに明らかにしていない。

 9月に入り、議会の審議が再開されたが、裏協定の調査の完遂を求める少数派の民主労働党の10人の議員が委員会室を占拠、協定批准のための審議が再び阻まれた。しかし、政府は、これ以上の遅れは輸出国の抗議を招くと、早期審議入りを要求するばかりだった。10月、政府与党・ウリ党が審議入りに動くが、10月21日、民主労働党が再びこれを”暴力的に”阻止した委員会は、農民の激しい抗議行動が吹き荒れるなか、月末に至って漸く批准法案を採択した。農民はAPEC会合をぶち壊すと宣言する。二人の農民の自殺も、こうした中で生まれたものだ。

 11月15日夜、議事堂周辺で警察と衝突する農民の激しい抗議行動のなかで、主要政党も批准投票の延期に追い込まれた。しかし、20日、与党と最大野党のハンナラ党が、来年早々に新たな農民支援策を講じるように政府に要求するとして、23日の投票に合意した。299議席のうち、この2大政党で271議席を占める。これで漸く批准が決まったわけだ。

 しかし、新たな支援策が農民に救いをもたらすと考えるのは早計だ。韓国農民は、その所得の半分を米に依存している。米市場開放への農民の怒りに直面した政府は、これまでにも様々な支援策を講じてきた。過去10年、政府は農業競争力強化のために600億ドル(およそ6兆円)を農村地域に注ぎ込んできた。しかし、2004年の平均農家所得は、なお都市世帯の4分の3ほどに留まっている。農家負債平均は、過去4年で2300万ウォン(約260万円)から2690万(310万円)に増えた。農村人口流出も加速、農業人口は去年までのたった4年で、400万から340万に減った。政府は今後10年で10兆円余を投入する計画だが、ますます米市場が開放されるなか、それでこの傾向が覆るとは考えられない。農民は香港閣僚会合に抗議に出かけ、ドーハ・ラウンドを破滅に追い込もうとしている。

 WTOはどうなってもいい?そのとおりだ。米国ハーバード大学ジョン・F・ケネディースクールのロドリック政治経済学教授も、”WTOドーハ・ラウンドは失敗にまかせろ”と題する一文をタイ・バンコク・ポスト紙に寄せた。彼は、既に大きく自由化が進んだ世界、これ以上の自由化が途上国に巨大な利益を生むードーハ・ラウンド失敗のコストは巨大ーという世銀やWTO官僚の言い分は誇大評価に過ぎないと言う。先進国の農業自由化の世界的影響も大したことはなく、高度に不均等だ、至るところで農業生産者を傷つける。幾分の利益はあっても、大部分は消費者・納税者と一部の巨大中所得国(ブラジル、アルゼンチンなど)に行くだけだ。

 ドーハ・ラウンド失敗の深刻なリスクは、豊かな国が二国間協定で弱小国に一層不利な条件を押し付けることだが、その失敗は、交渉者が途上国・貧困問題に一層重点を置く機会も与えるだろうと言う。

 Let the WTO's Doha round fail(by DANI RODRIK),Bangkok Post,11.23
 http://www.bangkokpost.com/231105_News/23Nov2005_news23.php

  それは、農業貿易を律する新たな国際貿易機関創設の機会も与えるかもしれない。