フランス国民 EU憲法批准を拒否 グローバル化「犠牲者」の勝利

農業情報研究所(WAPIC)

05.5.30

 28日(海外県)から29日(本土)にかけて行われたフランスのEU憲法批准のための国民投票は、予想されたとおり、”Non”(批准拒否)派の圧勝の終わった。ル・モンド紙によると、確定投票結果は、”Oui”(批准賛成)は45.13%にすぎす、”Non”が54.87%、棄権が30.26%に上る。投票前、賛否をめぐる争いは、EU憲法そのものをめぐる争いというよりも、欧州統合・拡大、EUの自由主義的国際通商政策をテコとする規制緩和・撤廃、一口で言えば「改革」が加速する「グローバル化」をめぐる争いになっていると評価されていた。賛成派はパリを中心とする地域を活動拠点とする「グローバル化」の勝者・「エリート」層であり、反対派は地方の労働者・農民などの「グローバル化」の敗者と色分けされていた。

 後者が勝利したと断言はできないが、県別の確定投票結果を見ると(⇒http://www.lemonde.fr/web/vi/0,47-0@2-631760,54-655042@51-655472,0.html)、賛成が上回ったのは、農業・畜産地帯であるブルターニュ地方を中心とするフィニステール県(51.12%対48.87%)、モルビアン県(50.65%対49.34%)、ロワール・アトランティーク県(51.11%対48.88%)、ヴァンデ県(50.20%対49.79%)、イル・エ・ヴィレーヌ県(53.80%対46.19%)、マイエンヌ県(52.37%対47.62%)、メーヌ・エ・ロワール県(52.98%対47.01%)の7県(パリから遠ざかるにつれて、賛否は僅差になる)、パリを含むイル・ド・フランス地方のパリ市(66.45%対33.55%)、オート・ド・セーヌ県(61.30%対38.09%)、イヴニ―ル県(59.42%対40.57%)の3市県、欧州議会が本拠を置くストラスブールを擁するバ・ラン(低ライン)県(56.10%対43.89%)、東部のローヌ県(54.17%対45.82%)、オート・サボワ県(53.93%対46.06%)の2県、それと4つの海外県にすぎない。

 その他すべての県(海外県1県を含む83県)で反対票が上回った。これらの中でも、賛成が平均の45.13%を上回ったのは、比較的パリに近い諸県やグルノーブルなどの大都市を擁し、また国際的観光地・工業地域として比較的国際化が進んだアルプス諸県や南部の一部の県(イゼール、サボワ、アルプ・マリティーヌ、ピレネー・アトランティーク、オート・ガロンヌ=エアバスの本拠地などを含む)である(陸の孤島に等しい中央山塊地方のカンタル、アベイロンの2県で賛成が平均を上回ったことだけが不可解である。しかし、これらの県でも反対が上回ったのは確かである)。

 こうして見ると、まさに「グローバル化」がもたらす犠牲はもはやご免だという多くの地方住民の感情がこの結果をもたらしたと推認するのは見当違いではなさそうだ。

 5月24日付のフィナンシャル・タイムズ紙への投稿(How France turned against Europe,Financial Times,5.24,p.13)で、パリの政治研究所教授のラファエル・ハダス・レベル(Raphael Hadas-Lebel)は、反対投票は、ヨーロッパのプロジェクトを推進し、いまや信頼を失いつつある政治社会の全体的拒否であろうが、それは政治家に向けられたムードの単純な変化以上のもので、ヨーロッパの概念全体にかかわると言い、次のようにに述べた([ ]内は筆者の加筆)。

 「多くの人々にとって、反対投票は最近のEU拡大への懸念の表明である。EUの15ヵ国から25ヵ国への拡大は、市民への相談もなく、政治指導者だけによる決定であったし、中東欧からの労働の流入は、しばしば不合理に、脅威と見られている。1億近いムスリム人口を持つトルコの加盟の見通しは、論争と恐怖を燃え立たせる。

 もっと一般的には、フランス人は、[財政赤字上限を課す]経済安定協定であれ、企業合併に関する裁定であれ、[自由化と価格引き下げで過剰生産を抑制、農民が猛反対する生産と無関係な単一農場支払いで農民を田園の「番人」に貶める]農業部門に課される変化であれ、グローバリゼーションの結果としてのアウトソーシングであれ、公共サービスの民営化であれ、ユーロの過大評価とそのビジネスへの悪影響であれ、すべての国の災厄の源泉をEUに見ることを、政治家により常に教唆されてきた。

 従って、ヨーロッパは、もはや数十年前にはすべての世代を駆り立てた概念ではない。平和[欧州統合の基本理念は、何世紀にもわたり続いた戦乱のヨーロッパに終止符を打つことにあった]、自由、ユーロ[通貨統合]、人々の自由移動は、すべての人々、とくに若い世代により、確立され、後戻り不能の事実と見なされている。その代わり、EUは競争と禁欲生活に結び付けられるようになった」。

 今月20日、南仏の小都市・モンペリエの集会場は、EU憲法に反対するグローバル化反対論者、農民、工場労働者で埋め尽くされた。”Non”を掲げて参加したエソンヌの社会党左派上院議員は、「私はロックスターのように感じる。街では人々が呼び止め、彼らが抱える問題を語り、憲法についての私の意見を訪ねる。私は絶対的に途方もない怪物と言う」と話した。

 人々は口々に”Non”を訴える。”Non”の投票を悔いることはまったくないと言う。IBMの工場労働者は、仕事がスロバキア、フィリピン、中国に行ってしまったと訴える。アベイロンの羊農民で、今や小農民運動の世界的リーダーでもあるジョゼ・ボベは、「これは民主的反乱だ」と言い、すべてのフランスの投票者は、郵便箱に受け取る憲法の写しをシラク大統領に送り返すことを提案した。

 シラク大統領は、テレビや伝統的メディアを通じて、もしフランスが批准を拒否すれは、EUにおけるフランスの指導力は著しく低下する、フランスが着想したEU憲法は、「ウルトラ・リベラル」なグローバリゼーションの防壁として役立つと力説してきた。しかし、巨大メディアに対抗、電子メディアをフルに活用してその虚妄を暴いた彼らの運動に敗れた。フランスが英国や北欧諸国と対抗、EUにおける「ウルトラ・リベラル」な通商政策や「改革」に歯止めをかけてきたことは事実である。EUにおけるフランスの指導力低下は、この歯止めがなくなることを意味するのだろうか。それは予想の限りではない。フランス国民の批准拒否は、EUの政策決定を却って慎重にさせる要因にもなるだろう。

 ただ、EU憲法が宙に浮くことになれば、影響はそれにとどまらないだろう。内政・外交のあらゆる側面で、EUが機能不全に陥る恐れがある。憲法は、人口に応じて各国に投票権を与えることで政策決定過程の簡素化・迅速化をもたらすはずであったが、25ヵ国に拡大しても旧来の決定方式を維持せねばならないとすれば、EUの決定過程は当分の間麻痺状態に陥る恐れがある。来るべき数年の予算の決定もままならなくなるかもしれない。新たな拡大交渉は遅滞、ブロックとしての経済政策や対外政策の構想力も低下、経済・環境等、あらゆる分野における世界における指導力・交渉力も阻害される恐れがある。

 年末までの合意を目指すWTO貿易交渉は、なお多くの難局を抱えている。しかし、の最大の牽引力を発揮してきたEUが、当面は「内政」処理に追われ、交渉を引っ張るどころではなくなる恐れがある。年末合意の見通しは遠のくかもしれない。それは、「グローバリゼーションの犠牲者」には何らかの福音となるかもしれない。しかし、京都以後の気候変動対策に関する国際交渉でも、EUは世界をリードする立場にある。その指導力の低下だけは、何としても避けて欲しいものだ。代わるリーダーはどこにもいない。