不平等拡大が貧困削減の障害 WTO交渉はこの問題を看過ー国連人間開発報国

農業情報研究所(WAPIC)

05.9.12

 グローバリゼーションの名における経済・貿易の自由化(「改革」)が経済発展と貧困軽減の決め手の一つだと世界中で喧伝されている。衆院選挙における自民党大勝も、経済低迷と生活の先行き不安に怯える多くの国民がそう思い込んだ結果であろう。しかし、今月7日発表された国連開発計画(UNDP)の「2005年人間開発報告」(http://hdr.undp.org/reports/global/2005/)は、世界と各国における所得分配の巨大な不均衡の是正に取り組まないないかぎり、2015年までに極貧人口を半減させ、乳幼児死亡率を3分の2減らし、すべての人々が初等教育を受けられるようにし、すべての人々に清浄な水を提供するといった国連ミレニアム目標(MDG)の達成は難しい強調する。それは、目下のWTO交渉ードーハ開発ラウンドがこの問題を看過していると警告する。

 それは、先進国においてさえ同様にして貧困問題が増幅していることも示唆している。ハリケーン・カトリーナは米国社会のそのような内幕を白日の下に曝した。この報国は、日本の行方も暗示する。小泉が勝とうが、岡田が勝とうが、どうせ行方は同じだ。彼らの目指すところが、グローバリゼーションの中での経済競争に勝ち抜くために競争力強化の障害となる弱者と環境を切り捨て、市場自由化を邪魔するものは武力によってさえ排除することを正当化し、あげくの果てはテロに怯え、自らが拠って立つ社会的・環境的基盤を喪失、自滅への道を急ぐアメリカ型社会であることは明らかだ。二大政党化により、国民はそれ以外の基本的方向の選択肢を奪われてしまった。国民は、自ら大変な借金を背負い込むことになった。

 所得不均衡が貧困削減を妨げる

 報告によれば、人口の20%を占める最貧困層の子供の死亡率の低下速度は平均の半分以下だ。これはMDG達成に向けての前進の平均速度を遅らせる。増幅し、固定化する不均衡は、人々を生涯全体にわたって不利な立場におく。

 所得の不均衡は、世界人口の80%が住む国々で拡大している。その理由の多くは、所得分配の不平等で説明できる。ブラジルの平均所得はベトナムの平均所得の3倍だが、ブラジルの最貧人口10%の所得は、所得の不均衡がより小さいベトナムの最貧人口10%の所得よりも少ない。高度の所得不均衡は成長に悪影響を与え、成長が貧困削減に転換される速度を弱める。それは、経済のパイのサイズを小さくし、貧困層が受け取る部分のサイズを減らすことになる。

 所得不均衡は、他の生活の機会と相互作用をもつ。ガーナやセネガルの20%の最貧家庭に生まれた子供で5歳になるまでに死ぬ者は、20%の最も裕福に生まれた子供に比べて2倍から3倍になる。貧しい婦人は十分な教育が受けられず、妊娠しても十分なケアを受けられない。その子供が生き残る可能性は減り、学校教育を完了する率も減る。世代間で伝えられえる貧困化のサイクルが永続する。

 この不平等は途上国に限ったことではない。世界の最富裕国である米国では、一人当たりのヘルスケア支出はOECD諸国平均の2倍だが、その乳幼児死亡率は他の多くの先進国よりも高く、米国の4分の1の平均所得しかないマレーシアと同じレベルだ。これは、富と人種による大きな格差のためだ。1990年代末にヨーロッパで最大になった英国の子供の貧困率は、最富裕層の所得を増加させた労働市場改革がその急上昇を引っ張った。

 地域的不均衡も不平等の原因となる。同一国内でも、農村と都市で大きな違いがある。メキシコの一部地域の識字率は高所得国並みだが、先住民が主体の南部貧困農村地域では、婦人の識字率はマリの婦人の識字率に近い。ジェンダー(性)による差別も世界最強の不平等の原因の一つとなる。これは特に南アジアで目立つ。不利な立場は出生と同時に始まる。インドにおける1−5歳児の死亡率は、男児よりも女児で50%も高い。

 最貧20%の層と最富裕20%の層の子供の死亡率の差を縮めれば、子供の死を3分の2減らし、年に600万の命を助け、MDGsの目標を達成できる。

 所得分配の改善は貧困削減加速の強力な触媒になる。貧困層が将来の成長の分け前を現在の2倍受け取る成長パターンのシミュレートでは、ブラジルの貧困層半減期間は19年も縮まり、ケニアでも17年縮まった。貧困削減には、成長と同様に所得分配が重要だ。分配の改善がなければ、サブサハラ・アフリカでの2015年までの貧困層(1日1ドル以下)半減のためには、想像を絶する成長率が必要になる。1日1ドル以下の人々の将来の成長の分け前を倍増させれば、このような人々は2015年までに3分の1ー2億5800万人ー減る。

 このような成果を得るためには、公共政策の新たな方向付けを必要とする。所得分配の改善を実現するための単純な青写真はないが、公共サービスの利用可能性を改善し、貧困層の成長の分け前を増やすことが重視されねばならない。

 WTO貿易交渉は人間開発の目標にそぐわない

 このように貧困削減において所得分配改善が演じる役割の重要性を強調したうえで、報告は、貿易が援助と同様、人間開発の強力な触媒になる潜在力をもつと言う。しかし、この潜在力は、不公正なルールと国内・国家間の構造的不均衡があいまって傷つけられていると指摘する。輸出の成長と輸入の自由化は、生活水準引き上げの現実の機会を提供していない。メキシコとグアテマラの輸入自由化と輸出成長は人間開発の加速をもたらしていないことが例証される。輸出成長は必ずしも広範な人間福祉の改善をもたらしていない。証拠は、国々が世界市場に統合される条件に一層の注意を向けねばならないことを示唆していると言う。

 現在の貿易ルールが総じて先進国に有利で、途上国を害していることを詳述したのち、報告は、「開発ラウンド」と称される現在のWTO貿易交渉は、多角的貿易ルールを人間開発とMDGsの約束に沿わせる最初の機会を提供するものだと言う。しかし、最善の貿易ルールさえ、不平等の原因のすべてを取り除くことにならないと警告する。インフラストラクチャーの欠如や制限された供給能力などの永続的問題に取り組まねばならない。先進国は「能力建設」援助を発展させたが、不幸にして先進国が戦略的に有益を考える分野の能力建設に集中している。長期にわたり続くいくつかの問題は、交渉課題に含まれもしない。例えば、農家の生計を直撃しているコーヒーなどの商品市場の深い危機の問題だ。

 さらに、新しい取引構造の出現が農業における一層公正な取引の新たな脅威になっている。スーパーチェーンが途上国生産者を西進国消費者に結びつける先進国農産物市場の”門番”になった。しかし、小規模農民は先進国のスーパーの購入から除外され、貿易と人間開発の結びつきを弱めている。小農民がより衡平な条件で世界市場チェーンに参入できるようにする構造の創出は、貧困との戦いで民間部門が決定的役割を演じることを可能にすると言う。

 報告は、現在のWTO交渉で追求されている「フレームワーク」は、人間開発の視点からすれば大きく改善されねばならないと主張する。それは、現在の先進国の主張と大きく対立する。

 先進国は次の点に合意せねばならない。

 ・非農産品市場アクセスについて、途上国が高度の柔軟性を許容する方式を通して平均関税を削減することを許す相互主義的要求の抑制。

 ・農業における”特別品目”をいかなる自由化要求からも除外、輸入レベルが食糧安全保障を脅かすときには市場アクセスを制限するセーフガード・メカニズムの適用を途上国に許すこと。

 ・新規加盟途上国が発展ステータスに合致しない自由化要求に従う必要はないことを保証するWTO加盟ルールの見直し。

 さらに、WTOルール・先進国貿易政策とMDGs及び広範な開発目標の間の緊張のすべてを解くことをドーハ・ラウンドに期待するのは非現実的としながらも、12月の香港閣僚会合では、次の分野の協定を見直し、交渉の均衡を取り戻すシグナルは送る必要があると言う。

 ・産業・技術政策:貿易関連投資措置(TRIM)やその他の協定を通じ、能動的産業・技術政策の開発に課される拘束を緩める約束をすべきである。

 ・知的財産権:貿易関連知的財産権(TRIPs)協定はWTOのアジェンダから外すべきである。知的財産権保護は重要だが、現在のフレームワークは途上国の必要性と利害の考慮を怠る一律適用モデルの問題を抱える。現在の重要課題は、協定における公衆衛生条項を強化し、技術革新のスコープを増やし、TRIPsの約束を技術移転資金供給を助けるものにすることである。

 ・サービス:サービスに関する一般協定(GATS)の下での人々の一時的移動に関するルールの自由化は、貿易の利益の一層公平な分配を達成するために大きな役割をもつ。先進国は、途上国のサービス市場自由化をWTOの後見の下に置き、代わりにその国内労働市場の段階的自由化を優先すべきである。

 ・商品:商品生産が直面する危機が国際貿易アジェンダの中心にが開発されるべきである。