WTO交渉枠組み合意、国内助成による米国農産物ダンピングは終わらない

農業情報研究所(WAPIC)

04.8.2

 報道されているように、WTO貿易交渉(ドーハ・ラウンド、正式にはドーハ開発アジェンダ)の枠組み合意案(http://www.wto.org/english/tratop_e/dda_e/ddadraft_30jul04_e.pdf)が1日、一般理事会で採択された。新たな枠組み案が提示されてから各国に与えられた検討と討議の時間はたった48時間、しかも大島一般理事会議長は一切の修正を許さないと言明した。この枠組みに基づき交渉を継続、最終合意期限は1年延長、来年12月の香港閣僚会合での最終決着を目指すという。

 合意案は多くの対立点の決着を今後の交渉に委ねており、枠組み合意案とも言い切れない代物だ。この意味では、ただ交渉決裂を回避、継続を決めただけとも言える。しかし、米国の一人勝ち、最大の被害者は後発(最貧)途上国になるだろうという交渉の行方はほぼ確実となった。米国は、これら途上国の農業を破壊し・食糧安全保障を脅かし・貧困脱出を阻む最大の要因の一つである大量の農産物のダンピング輸出を可能にする農業者国内助成の廃止はおろか、実質削減さえ免れるだろう。非農産品関税の途上国・先進国を問わない一律の削減の方向も決まった。これら途上国の市場には、先進国やブラジル・インドなどの中進国、そして中国からの農産品・工業製品が氾濫、開発の可能性を奪われたこれらの国々の貧困化が加速されよう。国内・地域紛争が激化、飢餓・栄養不良とエイズ・マラリア・結核など感染症も止めようがなく蔓延する地獄絵が待っている。それは、結局は先進国にもはね返り、人類と地球の破滅につながる。

 この最悪のシナリオは、ブラジル・インドを加えたG5というWTOの決定を主導する新たな構造によっても阻止できないことがはっきりした。今も昔も、世界は専ら議会に通商交渉権限を与える米国憲法に振り回されるばかりだ。米国政府は、議員、つまり専ら選挙区の直接的利害に逆らういかなる決定もできない。国内助成の実質削減など最初からあり得ないことははっきりしている。まして今年は選挙の年だ。その実施削減につながる合意案に同意できるはずがない。WTO設立を決めたウルグアイ・ラウンドの際、長い間繊維貿易交渉の第一線で活動してきた児玉克治氏は、「世紀の大事業の自画自賛ラウンドに、米国縛るつもりの”規律の強化”、米国得意の憲法イッパチサンをかざしての手品の縄抜けで、気がつけば自縄自縛とかお粗末の歴史、また繰り返されぬこと、祈るばかりではありますが・・・」(「現代通商法講座・53」、『化繊月報』94年1月号、83頁)と書いたが、この枠組み合意案でも同じ歴史が繰り返された。

 農業国内助成削減は抜け穴だらけ

 マスコミは、貿易歪曲的国内助成は、実施初年度に20%削減することが合意されたを書く。これは、正確には、

 「最終拘束AMS(削減が義務付けられる貿易歪曲的補助金の支出が許される上限の総額)、許されるデ・ミニミスのレベル(貿易歪曲的補助金も、品目ごとの生産額に対して測られるこのレベル以下ならば不問にされる。米国は、現在は5%というこの限界内で、全体としては多額になる貿易歪曲的補助金の支払いを合法化されている)、ブルーボックス支払いに関する下のパラグラフ8(後述)で合意されるレベル(貿易歪曲的と認められながら、改革促進のために暫定的に許される補助金の支払いのレベル)の総計によって測られるすべての貿易歪曲的国内助成の全体的基準レベルは、階層方式により削減される。この方式の下では、調和的結果を達成するために、貿易歪曲的国内助成のレベルが高い加盟国ほど、一層大きな全体的削減を行う。全体的削減の最初の部分として、最初の実施年に、このような加盟国のすべての貿易歪曲的国内助成の額は、全体的基準レベルの80%を超えないようにする」ということだ。

 その上に、この約束は最低限のもので、全体の貿易歪曲的国内助成の削減に関するシーリングとして適用されるのではなく、今後の交渉で開発される方式で一層の削減を目指すという。一見、”規律の強化”は実現されるように見える。だが、これは米国には痛くも痒くもない。

 第一に、(ウルグアイ・ラウンドでの)「拘束レベル」(許された上限)からの削減であり、現行支払いレベルからの削減ではない。米国は、実際には現行レベルの支払いを何の咎めもなく継続できることになる。 

 デ・ミニミスは、EUが主張してきたように廃止されるのではなく、「合意されるべき比率だけ削減される」とされただけだ。その上に、ブルー・ボックス助成の拡張が盛り込まれた。

 現行農業協定の第6条の5が定めるブルー・ボックス国内助成は、「固定した面積と生産高」を基準とするか、「基準生産レベルの85%以下」についてなされるか、家畜については「固定した頭数」についてなされる「生産制限下での直接支払い」を意味する。ところが、これは次のように拡張される。

 ・「固定した、また不変の面積と生産高」を基準とするか、「固定した、また不変の基準生産レベルの85%以下」についてなされる、家畜については「固定した、また不変の頭数」についてなされる「生産制限下の直接支払い」。

 ・「固定した、また不変の基準と生産高」を基準とするか、家畜については「固定した、また不変の頭数」についてなされ、「固定した、また不変の基準生産レベルの85%以下」についてなされる「生産を義務付けない直接支払い」。

 その上で、追加的基準が交渉され、このような基準はAMS措置よりも貿易歪曲的にならないように保証し、このようなブルー・ボックス助成は、歴史的期間(一定の過去の期間)の平均農業生産総額の5%を超えないようにするという。

 しかし、この歴史的期間は今後の交渉に委ねられる。その上、「実施スタート時の加盟国のブルー・ボックス助成がこの上限を超える場合には、実施期間の最後までよりは遅くなく、この上限にまで漸次削減する。加盟国の貿易歪曲的助成の例外的に大きな部分がブルー・ボックスであった場合には、このような加盟国が完全に均衡を欠く削減を要求されないように保証する合意される基準で一定の柔軟性が提供される」という文言が付け加わる。

 これで、ブラジルがWTOで違法の裁定を勝ち取った米国の綿花補助金も合法化されるだろう。この綿花補助金類似の補助金は、穀物その他の主要商品にも支払われており、明らかに貿易歪曲的で、世界中の小農民を破滅に追いやっている批判されてきた。これらすべての補助金が合法となる可能性が与えられたのだ。まさに、米国の貿易歪曲的国内助成を温存するために加えられた文言だ。

 このように米国の国内助成が温存されるかぎり、少々の市場開放などで、ダンピング輸出による途上国農業・食糧生産の破壊効果を償うことはできない。輸出補助金の廃止を高く評価する国やNGOもあるが、EUの輸出補助金(輸出払戻し金)は既に大きく減っており、これらの国やNGOはその貿易歪曲効果をもともと過大に評価する傾向があった。実際には米国の輸出信用や食糧援助、カナダやオーストラリアの国家輸出貿易の方が問題なのだが、これらの廃止や削減については不透明さが残ったままだ。残された交渉期間のなかで、貧しい途上国が「気がつけば自縄自縛」のこの合意案をはね返せるかどうかが今後の交渉の最大の焦点だろう。しかし、どの道、米国は絶対に譲れないし、譲らない。米国は単独でも、WTOなどなくても、世界に君臨する力を持つ。途上国は米国による一方的蹂躙をはね返す力をつけないかぎり、妥協するほかない。WTOよりももっと苛刻な条件を強要される自由貿易協定(FTA)で骨の髄まで搾り取られるよりはマシと諦めることになりそうだ。

 ついでに言えば、上限関税設定は免れる可能性が出てきた、ミニマム・アクセスの拡大もひょっとしたら回避できるかもしれないなどという希望的観測から、日本も合意案を飲んだ。だが、この希望的観測が実現するのは、上限関税やミニマム・アクセス拡大が義務付けられるかぎり、絶対に合意はしないという態度を貫く場合だけである。希望的観測を与える表現は、交渉決裂だけは避けたいということから出てきたものにすぎないからだ。上限関税設定についてはさらに「評価」するとされただけだ。合意案の「重要品目(sensitive products)」に関する項目は、これら品目にも「実質的改善の原則」が適用され、「実質的改善は、関税割当約束と各品目に適用する関税削減のコンビネーションを通じて達成される」とした上で、「ただし、交渉のバランスは、最終的交渉結果も関係品目の重要性を反映する場合にのみ見出される」と言うだけだ。「交渉のバランス」の確保の目的は、ただただ決裂回避にすぎない。だが、日本には、決裂は途上国以上に考えられないことだ。WTOを棄てたところで、後門ではFTAの虎が牙を剥いているのは途上国と同じことだ。

 従って、今回の合意のメリットは、少なくとも交渉が継続している間は、WTO以上に有害なFTAのための交渉がいくぶんかは停滞するかもしれないということだけだ。FTA設立のための二国間交渉は負担が大きく、双方が受け入れられる協定に達するためには多様で複雑な問題をこなす時間と人員を必要とする。しばらくは、FTA交渉に割く時間と人員の確保は窮屈になるだろう。